第86話 嫌な予感がする…
古文の授業って退屈だよなぁ。昔の文学を学ぶとかじゃなく、昔の言葉遣いを学ぶ授業って感じだし、実用性を感じない。
それを言ったら数学や物理だって実生活に活かせないという点では同じか。結局こういうのは学ぶこと自体に意味があるということだろう。
それにしたって自分の国の昔の言葉を学ぶより、現代社会のマナー全般の授業をしたほうがよっぽど役に立つと思うんだけどね。
社会に出たことのないガキが何を分かった風に言っているのかと一蹴される考えかな。
ありおりはべりいますがりってなんだよ。知らねえよそんな丁寧語。
「ん……?」
視界の端に何か違和感を覚える。ゆっくりと視線を動かすと、金髪がこちらを見ていた。
何見てんだよ、あっちいけ。授業に集中しろ。こっちみんな。
やめろ、謎の熱い視線を送ってくるな。やめろってば。おい、口パクで何を伝えようとしてるんだ。意味分からんぞ。
「……! …………っ!」
まぁいい。金髪のことなんて放っておいて、俺は真面目に授業を受けるとしよう。
どうせまたつまらんことで俺を呼び出そうとしてるんだろうけど、絶対に関わらんからな。
◆◆◆◆◆
「おい、なんで無視すんだよ。俺が呼びかけてたの気付いてたろ?」
「あ~悪い。全然わからんかった」
「嘘こけ。俺の方ちらっと見てたじゃん」
「偶然じゃないか? たまたま黒板見てた時に視線があっただけでしょ」
いやもちろん気付いてたけどね。でも授業中にコミュニケーション取るのは駄目だから仕方ないね。
というか何故俺が金髪と話さねばならん。ほとんど接点ゼロだろ。
こうやって二日連続で話すこと自体、異常事態といっていいのに。
「でさ、考えてくれた~? 昨日の話」
「はて、何のことやら。昨日? 知らんなぁ」
「とぼけんなって。ほら、体育祭で女装してチアに参加するって話だよ!」
「ああ思い出した。あまりに馬鹿げてて頭の中から吹き飛んでた」
どうやら冗談で言ったわけじゃないらしい。冗談のほうがまだマシだ。本気で言ってるなら笑えないって。
「あのさ……全校生徒の前で女装するってどういうことか分かってる? 俺普通に泣くよ? いじめか? いじめなのか? これが令和のいじめなの?」
「いや別にお前の名前出さなくていいからさ! 俺が個人的に見たいだけだからさ~!」
「尚更たち悪いわ! え、お前あれなの? ホ●なの? 言っとくけど高校生でそれはちょっとレベル高くない?」
「ちげぇよ。ただ好みの女が女装野郎だったってだけだ! なぁ頼むよ進藤~俺を助けるって思ってさ~!」
こいつ……開き直ってやがる!
駄目だ……早く何とかしないと……。
何が悲しくて同じクラスの男子のために、体育祭で女装しなきゃならんのか。
まるで意味が分からん。分かるように説明してほしい。
いや、やっぱり説明しなくていいわ。理解したくないし。
「あのさ、念の為に聞くけど……ユカのことはもういいのか?」
「朝倉さん? おいおい、無粋なこと聞くなよ。俺は一途なんだぜ~?」
「ヴォエ!」
き、気持ち悪い……! 生まれてはじめて味わう感覚だぜこれは。
こんなやばい怪物が同じクラスに潜んでいたとはな……。
いや、眠れる獅子を起こしたのは俺なのか? 俺の女装のせいで一人の男の性癖を捻じ曲げてしまったということか。
何と罪深いのだろうか。魔性の女になった気分だぜ。いやちっとも嬉しくないけど。
「あの……頼むから女装のことは忘れてくれないかな……。正直困るんだよ……色々と。それに俺みたいな陰キャなんかより、もっと可愛いやついるだろ」
「お前何勘違いしてんの? 俺が好きなのは女装したお前であって、普段のお前に興味なんて微塵もねーから」
「そ、そうか。そりゃよかった」
「ということでチアやってくれよぉ~!」
「だからやらねぇって!」
こいつもいい加減しつこいな。マジで厄介だ。どうにかこいつの誘いを振り切ることは出来ないだろうか。
つーかユカから離れてくれたのはありがたいけど、次の対象が俺って聞いてないぞ。
厄払いしたと思ったらこっちに取り憑いてくるとか、呪いのアイテムか何かか?
「第一、あの女装コスはもう手元にないからな。メイクだって人にしてもらったし、あんな丁寧な女装二度と出来ないよ」
「チア衣装は学校が用意するから大丈夫だって。お前はウィッグとメイクするだけでいいから」
「身長170超えてる男子が着れるような衣装、無いと思うけどな……」
「無いなら作ればいいんだよ! 俺が金だすから――」
「ちょっと直~? 何話してんの~?」
俺たちが会話している中に突然、見知らぬ女子が割って入ってきた。ゆるふわに巻かれた明るい茶髪が目立つ、化粧が強い女子だ。
見るからに気の強そうなギャル系女子だと分かる。こんなやつ金髪の取り巻きにいたっけ。
ギャル女子は俺など気にも留めず、金髪に話しかける。
「ねぇ、体育祭なんだけどぉ~直はどの競技に出るぅ?」
「おう楓、そういや今週末に競技決めなきゃいけなかったっけな。まだ決めてないな~」
ギャルは楓という名前らしい。というか金髪、お前直って名前だったんだな。
そういえば先生に氷川直樹とか呼ばれてたような……。まぁどうでもいいんだけど。
「うち、チアリーダーやってみようかなって思ってるんだけどぉ。直はうちのチア姿みたい?」
「いいんじゃねーの? 楓なら目立つだろうし」
「ふーん、じゃあやってみようかなぁ~。直もどの競技に出るか決まったら教えてねぇ」
「分かった分かった。じゃな~」
金髪がギャルとの会話を打ち切って、俺の肩を抱いて教室に戻ろうと歩き出す。
勝手に人の肩を借りるな。何友達風吹かせてるんだよ。というかさっきの女子誰だよ。
俺、完全に無視されてたんですけど。というか俺の存在に気付いてない感じだったんだけど。
「おい、さっきの女子って……」
「あいつ? 六組の松山楓ってやつ。夏休みに何回か遊んで仲良くなったんだよ」
「へぇ……」
この言い方だと一学期の時点じゃ、そんなに関わりがなかったって感じか。
そんなやつ相手でもすぐ仲良くなるって、金髪のやつマジでモテるんだな。
こりゃ学年トップカーストに立つわけですわ。俺なんて数ヶ月かけてようやく女子二人と仲良くなったレベルだからな。
なんとなく後ろを向くと、そこには金髪のことを見つめるギャルの姿があった。
「…………っ!」
気のせいでなければ、今一瞬目があったような。
まるで敵を見るような目つきで睨まれたけど、もしかして俺のことを知ってるのか?
六組……か。そういやユカと同じクラスだな。
面倒なことになりそうだ、と俺の中の直感が警笛を鳴らしていた。




