第85話 朝のため息と双子
「はぁ~……」
昨日は大変だった。金髪に訳の分からんことを言われて、キモかったから全力で拒否して逃げ出した。
結局金髪の誘いを断ってしまったわけだが、女装の件をバラされていないか今になって不安になる。
まぁ最悪バラされたって困りはしないんだが。だって現状ボッチだし。これ以上状況が悪くなるとしたら、いじめ被害にあうくらいだろう。
昨今はいじめに対して風当たりが強い世の中――というか普通そうであるべきなんだが――なので、下手にいじめをしても逆に加害者側が不利になる。
つまりぼっちの状態から更に悪くなる可能性は低い。うん。失うものがないって素晴らしい!
それはつまり、何も持ってないってことでもあるのだが。その事実から目をそらすのが陰キャスタイル。
あまり気にしないことにしようと前向きに考え直すことにした。思考放棄とも言える。
「朝からため息ばっかりしてると、運気が逃げてくよー」
耳元に息を吹きかけられるように、至近距離から声をかけられる。
「うわっ! な、なんだユカか……おはよう。ため息吐かなかったら運が良くなるなら、こんな面倒なことになってないよ」
俺の愚痴るようなつぶやきに、ミカがユカの背後からぴょこりと顔を出した。
「あれ……りょう君……なにか困ってる……の?」
「ミカもおはよう。なんか凄い眠そうだな、徹夜か?」
「うん……萌絵さんの動画見てたら……面白くってつい……。初心者でもできる……配信講座ってシリーズ……」
「ミカ、配信に興味あるのか?」
「そういうわけじゃ……ないけど。ただ……なんとなく……だよ」
「ふーん、そっか」
母さんの動画は編集が丁寧で見やすいからなぁ。興味のない分野でも動画を最後まで見てしまう。
ああいう構成力の高さは羨ましい。俺には物事を準備建ててやるなんて、向いていないからな。
まぁ編集がマジで大変らしいから、母さんもめったに動画は投稿せず、生配信を軸に活動しているわけだが。超ハイスペックのPCが泣いてるぞ。
「ところでりょう君……さっきの話なんだけど……」
「ああ、その……金髪のやつに面倒なことに巻き込まれそうというか何というか」
「えーあの人まだ何かやってるのー? も、もしかしてユカ絡み? ユカのせいでリョウ君に迷惑かけちゃってる?」
「いや、マジで個人的な話だから気にしないでくれ。それにたぶん、あいつがユカに絡んでくることはもう無いと思う……」
「そうなの? もし何かあったら、ユカたちに言ってね?」
そう言うとユカは俺の手を握り、心配そうな表情をして上目遣いに俺を見る。
血色の良い艶のある唇が、朝日を浴びて綺麗に輝く。
「うっ……」
いかん、こうしているとどうしても夏祭りのことを思い出してしまう。
意識しすぎだ俺の馬鹿! 脳内ピンク野郎が! 唇ごときに何を焦っているんだ!
あんなの皮膚同士の接触に過ぎないだろ。今こうして手を握られているのと何が違う!
「わ、分かった、分かったからユカ……落ち着いて。その、近いから」
「え……わ、わー! ご、ごめんごめん。心配で、つい……えへへへー」
この距離感の近さ、そして柔らかそうな唇……やはりあの時キスしてきたのはユカなのか?
確かあの時のキスの感触は……って何を思い出そうとしているんだ俺は。こういう犯人探しみたいな真似はやめたほうがいいって。
相手を意識しすぎると気不味くなるし、この関係が壊れてしまうかもしれない。
詮索しすぎないように注意しないとな。
「りょう君……もしかして、コスプレ写真……バレた……?」
「へぁ!? なぜ分か……じゃなくて、ぜぜぜ全然そんなこと無いですよ?」
「だって……りょう君がリア充に絡まれるなんて……それくらいしか無い……よね。タイミング的にも……ばっちりだし……」
「言ってることは正しいのに胸が痛くなるのは何故だろう」
いやミカの言う通りなんだよ。でもね、その言い方だとまるで俺が、普段は誰にも話しかけられない寂しいやつって聞こえるんですよミカさん。
あれ、完全に合ってるじゃんか。HAHAHA……はぁ。
「りょう君……もし女装ネタで脅されてるなら……会話録音してネットに上げよう……!」
「お前も同じこと考えてんのかよ! いや俺は脅されてはないけど!」
「女装バラすぞって言われたら……女装ユーチューバーとしてでびゅーして解決……!」
「いやしないよ!? 何いってんのミカ?」
心配してくれるのは嬉しいけど、その方向に吹っ切れる気はないかなぁ。
というか親子二代でユーチューバーになるのはどうなんだ。進藤家を配信者の血筋にする気かよ。
「りょう君……ユカちゃんも言ってたけど……困ったらすぐ相談して……ね?」
ミカは頼りなさそうな決め顔でそう言った。
この姉妹は心配になると、相手の顔に接近する癖でもあるんだろうか。
「……ってあれ? ミカ、もしかしてリップ変えたか?」
「ひゃう……! え、えっと……これはユカちゃんに借りて……! へ、変……かな」
「い、いやそんなことないけど。その、ミカにしては珍しいなって思って」
「うん……その、ミカも……変わらないとって……思ったんだ……」
どうして、とは聞かなかった。ミカが何を見て、何を思っておしゃれをしようと決心したのか。
俺が気軽に踏み込んでいい話題なのか分からないし。
ただ、ミカの唇はとても柔らかそうで……いや、意識しないようにしよう。
さっき意識しないようにと決めたのに、どんだけ脳内ピンクだっつー話だよ。




