第84話 金髪何いってんだお前
夏休みで鈍った体に六限授業は響くな。せめて今日くらいは午前授業がよかった。
でもあと3日学校に来れば土日が待っている。月曜スタートじゃないだけマシと思うのが正解か。
とは言っても来週から体育祭の練習も始まるから、あまりのんびり出来そうにない。
「うーん、だるすぎる。今日はこのまま帰って寝るか?」
久々の学校は体に悪い。放課後に寄り道する気力も失せてしまう。
このままさっさと直帰するのがいいかもしれん。やっぱり学校って苦手だ。いるだけで気力を削がれてしまうというか。
新学期早々楽しそうにしてるやつらが信じられない。こいつら人生楽しみ過ぎだろう。
たぶん仕事とかでもやりがい感じるタイプだな。俺は興味のないことには一切感情が動かないから、退屈で仕方ない。
「よぉ進藤」
机から立ち上がると、そこには鞄を持って俺の前に立つ金髪がいた。
こいつ、昼休みの件できっぱり断ったのにまだ俺に用があるのか?
「氷川……今度はなんだよ。写真の子のことならさっきも言ったとおり知らな……」
「まあいいから付き合えよ~。ここじゃなんだしさ」
「いや別に俺はこのまま帰りたいんだが……」
明日から秋アニメの放送が始まるのだ。今日は早いとこ寝て、明日徹夜できるように英気を養わなければいかんというのに。
こんな訳の分からん陽キャにかまっていられるか。俺は帰らせてもらうぞ。
金髪を無視して横切ろうとしたが、俺の腕をガシリと強く掴まれた。
「俺、知ってんだぜぇ~……。この子の正体」
「い、いい加減なこと言うなよ。そんな証拠どこにあるんだ」
「それ言っちゃっていいのか? クラスメイトが大勢いる、この教室で?」
金髪の物言いから、俺は金髪に女装のことがバレていると確信した。
どこから情報が漏れてしまったのか、もしかしたら昼休みの朝倉姉妹との会話を盗み聞きされていたのかも知れない。
だが原因なんてどうでもいいことだ。問題はこいつに女装の秘密を握られているということ。
ここは素直に金髪の言葉に従ったほうがいいかもしれない。
下駄箱からそろそろ買い替えどきかなと感じるくたびれたスニーカーを履いて、校門を通り抜けながら金髪の後ろについていく。
ミカとユカ以外のやつと共に下校するのは、なにげに初めてな気がする。いつも一人で帰るか、あの双子のどっちかと一緒に帰ってたからなぁ。
不思議な気分だ。何ていうか、端的に言うと慣れない。男子と一緒に帰るなんて何年ぶりだ?
「進藤さぁ、最初に確認しておきたいんだけど……この金髪の子、お前で合ってんだよな?」
いきなりど真ん中ストレートの質問、リア充というやつらは様子見という言葉を知らんのか。
アクセル全開フルスロットで詰め寄ってくるやつがあるか。コミュ力バグってるわ。
しかしだからこそ、金髪に誤魔化しは効かないだろう。ここでいくら俺が知らないと言っても、しつこく聞いてくるはずだ。
つまりこの状況になった段階で俺の敗北は決まっていたということだ。
やはりリア充というのは陰キャを陥れるのに長けているということか。陰キャは常に搾取される側だからな。
「なぁ、答える前に約束してくれ。絶対他言しないって」
「ん? なんだよ、俺が他のやつにバラすって思ってるわけ~? んなことしないって!」
「ぜんっぜん信用できない……。つっても答えないと帰らせてくれないだろうし……」
「頼む! 誰にも言わねぇしこれをダシにお前をいじったりしねぇから!」
「……絶対だぞ。今の録音したからな。嘘ついたら担任に突き出すぞ」
「怖えよ! お前何録音なんてしてんだよ! 進藤、いくらなんでもやりすぎだろぉ~!」
金髪は笑いながら受け流したけど、一応マジだからな。スマホの録音アプリは絶賛稼働中だ。
キモイと思うかも知れないが、これも陰キャが自分の身を守る術なのだ。
陰キャには生きづらいこの世の中、多少やりすぎなくらいに防衛手段を取る方がいい。
なんかこっちが悪い事してるみたいで、ちょっと罪悪感あるけど。
正直クラスメイトに女装をカミングアウトするのは死んでも嫌なのだが、もう疲れてさっさと帰りたいし金髪にバレたってどうでもいいやと思ってしまった。
「まぁ、その……お前の言う通りだよ。その写真に写ってるのは、俺なんだ」
「…………」
「あれだ、ほら。ミカとユカに誘われてつい、気の迷いっていうか。その……悪かったな、お目当ての女が女装野郎で」
金髪は喋らない。ただスマホの写真を眺めているだけだ。
俺は少し申し訳ないなと思いながらも、念押しのためにもう一度箝口令をしこうとした。
「もう一度言うけどマジで誰にも言わないでくれよ……?」
「…………う」
「ん? なんか言ったか」
「さいっっっっっっっっこうじゃん! お前すげぇな進藤ぉ!」
「え、何だよいきなり……」
急に大声出して、一体金髪の頭の中に何が起こったんだ?
「おし! 決めた! 進藤、お前体育祭でチアダンスやろうぜ!」
「……はい?」
やっぱり今日の運勢は最下位かもしれない。
なぜクラス一の陽キャに女装バレした結果、俺が体育祭でチアをしなきゃいけないんだろうか。
たぶんこの世界は俺に厳しい。それもとてつもなくベリーハードな難易度な気がする。




