第81話 花火と夜空と唇と
花火の時間も近づいてきた。俺たちは屋台の並ぶ通りを進むと河川敷に出た。
既に大勢の人が芝生にブルーシートを敷いたりして場所取りをしている。
俺たちもどこかに座ったほうがいいかもしれない。そろそろ歩き疲れてきたしな。
「いっぱい人がいるけど、俺たちもここで見るか?」
「ううん、ここでもいいけどもっと見やすい場所があるよ。人が少ない穴場なんだー」
「よかった……ここ、いっぱい人いるから……怖い……」
「というより単純に人酔いするよな。駄目だ、屋台の周辺はまだマシだったけどこの辺りはマジで人の洪水だわ……」
小さい頃父さんに野球観戦に連れて行かれたが、ドームまで続く道に人がいっぱい並んでいて気分が悪くなったのを思い出す。数千、数万人の観客が押し寄せてくるという点では今日の祭りも同じだ。
人がこんなに密集していたら陰キャの自意識過剰な部分が出てきて、人の視線を恐れてしまう。
誰も俺なんか見てないのにね、何でだろうな。
先頭を歩くユカは人の波を慣れた様子ですり抜けて行く。一方俺とミカは人混みに飲まれそうになる。
外出慣れしていない弊害がこんなところにも出てしまうとは悲しくて仕方がない。
ユカを見失わないように必死についていこうとするも、通行人にぶつかって上手く進めない。
「ちょっとユカ、待ってくれよ! このままじゃはぐれちゃうって!」
「あれリョウ君、ミカちゃん? どこー?」
「あぅ……みんなとばらばらになっちゃう……」
「やばいな。マジで迷子になりそうだぞこれ……」
ユカの声がかろうじて聞こえるくらいで、姿かたちは全く見えない。
ミカに至っては声すら聞こえない。ただなんとなくだが困った表情をしてそうなのは分かる。
しかし後ろを振り向いてみてもミカの姿は見えなかった。まだ近くにいるはずだ。探せば見つかるかも知れない。
でもそれをすれば今度はユカとはぐれてしまう。俺は一体、どっちを先に探せばいいんだ。
花火を見る場所を知っているのはユカだけだ。だからユカとはぐれたら合流することさえ出来やしない。
しかしミカとはぐれたら絶対探すのに苦労するだろう。何より寂しがってるだろうミカを放っておくことは出来ない。
①ユカと合流しミカを探す
②ミカを探した後ユカに連絡する
「いかん、緊迫しているからか脳内に選択肢が出てきた。ゲームのシナリオ分岐じゃないんだぞ……」
こういう妄想してるからオタクはどうのこうのって偏見を持たれるのだ。現実と妄想を区別しなくちゃ駄目なのに。
とはいえ悠長にしている暇なんかない。早くどっちか決めないと。
時間は待ってくれない。こうしているうちにミカもユカも、どんどん俺から離れていってしまう。
「……君っ」
「――ョウ君!」
「ミカ? ユカ? 今確かに二人の声が聞こえたんだけど……全然見つからない」
ええい、鬱陶しい人混みだ。こういう時無双ゲーみたいに辺り全員吹っ飛ばせれば人探しも楽になるというものを。
いやそんなこと言ってる場合か。ミカとユカは俺を探してくれているんだ。俺も全力で二人を見つけないと!
「――君……!」
「そこにいるのか? ほら、こっちに来い!」
大勢の人波の中から出ている、細くて小さい手のひらに手をのばす。しっかりと握りしめたその手を離さず、強引に引き寄せる。
するとミカが俺の胸元に飛び込んできたので、優しくキャッチしてみせる。
ミカは俺の顔を見ると安心したように、涙目だった表情を破顔させる。
「だ、大丈夫かミカ。ようやく見つけた……よかった~はぐれないで」
「にゅふふ……ごめんね心配させちゃって……。でもりょう君が見つけてくれて……ミカは……その……嬉しかった……です……えへへ」
「ぐ、偶然だよ偶然。なんとなくミカがそこにいそうな気がしたから。これで知らない人の手を握ってたらまた黒歴史が増えてるところだったわ」
「あはは……想像しただけでミカも恥ずかしくなる……。つ、次はユカちゃんも探さないと……」
「だな。集合場所知ってるのユカだけだし。さっきすぐそこから声が聞こえたんだけど……」
俺の気のせいでなければ先程ユカが俺を呼んでいた。ミカとは逆方向から、彼女の声が聞こえてきたのだ。
まだ近くにいるはず。そう思い俺はミカと手をつないでいるのも忘れて駆け足気味に走り出す。
少し進むと不自然に人だかりが出来ている場所があった。もしやと思い覗いてみると思ったとおりユカがそこにいた。
ユカは数人の男に囲まれている。もしかしてナンパというやつなのだろうか。
「ねぇ君高校生? かわいいねえ。一人とか大丈夫?」
「すみませんユカ大丈夫なんでー。友達探してるんでー」
「なら俺たちも手伝おうか? 一緒に探したほうが楽だよ~」
「いやホント大丈夫なんでいいでーす。ゴメンナサイ」
「うわ冷てー。ツレナイこと言わないでさぁ~」
大学生くらいの男がユカの手をつかもうと詰め寄る。ユカは警戒した顔をしているが、不安を隠せていないようだ。
同級生の男子ならともかく、何歳も年上の男……それも何人も相手に絡まれたら怖いのが当然だろう。
俺なんか小学生に話しかけられてもキョドる自信あるからな。いや自慢することじゃないが。
とかなんとか言ってるうちに大学生の男がユカの手をつかもうと手を伸ばす。
俺はこの時、反射的に体が動いてユカの前に飛び出した。たぶん無意識だったと思う。
男の手を払いのけてユカを背にして立つ俺。それを見て唖然とする男たち。
「あの、すみません。こいつ……俺の連れなんで」
「あ~なんだマジで彼氏と来てたんだ。ならよかったわ、じゃあね~」
「お兄ちゃんかっこいいねーヒュー!」
男たちは特に不機嫌になることもなく、素直にユカに『よかったね』と言ってその場を後にした。
「あ、あれ……? よく見る『何だてめぇ、この子とどういう関係だコラァ』って絡まれると思ったのに……。すんなり終わっちゃったぞ……?」
ユカもさっきの男たちに会釈をしてるし、もしかして俺早とちりしちゃった……?
「リョウ君、ミカちゃん! よかったー二人とも迷子になっちゃったと思ってたー! 大変だったんだよもう!」
「す、すまん……。ところでさっきの人たちって……」
「地元の大学生でお祭りのボランティアしてるんだってー。友達とはぐれたなら場内アナウンスを流そうかって言ってきて、そんな大事にしたら二人とも恥ずかしくて困っちゃうから一人で探しますって言ってたんだー」
「あ~……ああ~~……! ああぁぁぁぁぁぁ……!!」
さっきの会話ってそういうことか! あれってナンパじゃなくて本当に人探しを手伝おうと善意で言ってたのかよ!
大学生の人たちの口調がチャラいせいで完全にユカにナンパしてると勘違いしちゃったじゃないか!
あんなのボランティアって見抜けるわけないだろ! うわ~やっちまった~!
ああああぁぁぁぁ恥ずかしいぃぃぃぃ!!!!!!!!
「おえぇ……おげぇ……ぐううう……穴があったら入りたいぃぃぃぃ……!」
「りょう君……ミカでもボランティアの腕章気付いたのに……。りょう君の新しい黒歴史に……かんぱい……」
「やめてええぇぇ! これ以上俺の傷をえぐらないでええ! ぐああああ! 耐えられない、今すぐ河に飛び込みたいぃぃぃぃ!」
「アハハハー……まぁみんなはぐれなくてよかったから、結果オーライオーライだよ」
せめてもの救いはユカが笑ってくれていることだろうか。これでイジられたり、下手に気を使われていたら俺は来世に向けてダイヴしていたかもしれない。
◆◆◆◆◆
「どう? 少しは落ち着いたかな」
「ああ……まだ顔が焼けそうなくらい熱いけどな」
「ははは。でもね、ユカは嬉しかったよ。勘違いでもリョウ君がユカを助けようとしてくれたこと」
「勘違いならかっこ悪いだけだろうに」
「そんなことない。少なくともリョウ君がユカのこと大事に思ってくれてるんだなーって、その気持ちを感じ取れたもん」
「っ……」
ユカのやつ、恥ずかしいセリフをよくもこうスラスラと言えるな。
いや俺も似たようなものか。さっきだって俺の連れと言ってナンパから助けようとしたのだって、最高にくさいセリフだもんな。
「そ、そんな話は置いといてまだ着かないのか? そろそろ花火始まっちゃうぞ」
「もう少しだよー。ミカちゃんもほら、頑張って! あと少し歩けば着くから」
「あぅぅ……脚が痛い……もう疲れた……。スタミナ回復アイテムどこ……」
「ソシャゲじゃないんだからあるわけ無いだろ。頑張れミカ」
「りょう君……おんぶしてー……」
「無理無理、体がもたん」
ミカが重いって意味じゃなくて、俺が貧弱すぎるって意味で。
「ほら、ここだよ」
その後数分ほど歩くと、俺たちは高台に出ていた。
ここから祭り会場の明かりが見える。結構遠くまで歩いてきたらしい。
「あぅ~……づがれだよぉ~……。ミカ、ちょっと横になるね……」
「あーミカちゃん、こんなとこで寝ちゃ駄目だよー!」
流石に公園のベンチで寝るのはやめとけミカ。夏とはいえ色々と危険だぞ。
「にしても、綺麗な景色だな……」
高台から見下ろすと、街一体の夜景が視界に映る。屋台のライトやチョウチンの明かりがここからでも分かる。こういうのを見るとなんだか不思議と落ち着く。
当たり前だけど、たくさんの人、たくさんの建物がそこにはある。でもこうして自分の目で見てみると、まるで初めて見たかのような新鮮さがある。
去年までの俺だったら夜景なんかに感動はしなかっただろう。けれど、今こうして心の中に充実感と感動、そして高揚感を抱いている。
それが出来るのはきっと、二人のおかげだ。ミカとユカが俺にリアルの楽しさを教えてくれた。友達との日常を味あわせてくれた。
二人には感謝してもしきれない。
夏休みもじき終わる。俺も二人とだけじゃなくて、学校の中でも変わっていきたい。
もっとリアルと関わっていきたい。わずかだがそんな意欲が生まれていた。
いやリア充になりたいとかそういう意味じゃなくて。あくまで、もうちょっと自分の性格を顧みてもいいんじゃないかと、反省の意を示しているんであってだな。
――ヒュゥゥゥ~ン……ドォォーン
夜空を照らす色とりどりの光、そして一拍遅れて大きな音が鳴り響く。
花火の時間だ。
「うわ~すげーな。花火ってこんなにでかいのか」
花火大会なんて人生で数回しか行ってないから、規模の大きさは分からない。ただ、この花火のまばゆく美しい明かりと、遠くから体の中にまで響く音を体で感じていると、自分のちっぽけさになんだか笑えてくる。
そう、簡単に言うなら……俺は初めてまともに見る打ち上げ花火のスケールに感動していたのだ。
「うわ~! 確かにここ見晴らしがいいけど、逆に目がチカチカしそうだぜ! おい、ミカユカ見てるか? すごくねぇかこれ!」
振り向いて二人に話しかける。しかしベンチに二人の影はなかった。
びっくりして周囲を見渡すと、いつの間にか俺の横に人影が一つあった。
花火の光量が凄まじく、その人物が誰か俺にははっきりと分からない。
一瞬見えた横顔はミカのものか、それともユカだったのか。
「――君。今日は――当に、ありが――」
「え? 何聞こえない! 花火の音がすごくて何言ってるか全然分からん!」
「――カね、――君のこと――きだったんだよ」
「はい? 何だって? ごめん、マジで全然聞こえない!」
俺が必死にジェスチャーで『聞こえない、分からない』とアピールするも、横の彼女はクスクスと笑っている(ように見える気がする)だけで、お構いなしに話し続ける。
「――カちゃんには悪いけど――君への想い、我慢出来ないの」
「我慢? 出来ない? なに、トイレか? いいところだけどトイレならしょうがないな! ほら、花火が終わる前に行っとけ行っとけ!」
俺も花火の音で彼女に聞こえないのをいいことに好き放題言ってやろう。
女子に面と向かってトイレに行きたいなら行けば? とか普段は絶対言えないからな。
いやセクハラ発言をしたいわけじゃないですよ? オブラートに包まず直球で物を言ってるだけで。
「だからね、あっ」
花火が終わったのか、それとも次の玉に向けて少し時間が空いたのか。一瞬空を満たす光と音が途絶えた。
今、かすかに聞こえた声はミカか? それともユカか? 耳も大音量で麻痺しちゃったのか、いつものように二人の違いを見抜くことが出来ない。
「えっと、だから……」
彼女は急に静かになったのに戸惑ったのだろう、さっきまでと違って口数が減ってしまった。
「あ、あのさ。結局さっきなんて言ってたんだ? 全然聞こえなかったんだけど……ごめん」
「ふふ……」
俺が頭をかいて謝ると、彼女はクスクスと微笑んだ。
その時、空に一つの花火が打ち上げられる。先程までの物と違い、対空時間が長いことから締めの一発なんだろう。俺の視線は彼女の方から花火の方に移る。
――ドォォォォォン!
最後の花火が空いっぱいに華を咲かせる。それに見とれていると、横からちょんちょんと袖を引っ張られた。
なんだろうと横を向いた――その時。
俺の唇に、なにか柔らかいものが触れた。
「好きって、言ったの」
一瞬思考が停止した。何が起きたのか分からなかった。
花火の明かりが照らし出したのは、俺のほんの鼻の先で赤面している彼女の顔。
あまりに至近距離だったから心臓が止まりかけた。いや止まった。
だって今の柔らかい感触ってつまり、キス――?
髪型や浴衣でミカとユカの判別をしようとしても既に辺りは暗くなっていた。
そばにいたはずの彼女の姿もいつの間にか消えていた。
その後、ミカとユカがジュースを持って俺の元までやって来た。俺は二人に『さっきキスしたのってどっち?』と聞くわけにもいかず、終始黙り込んでいた。
そして帰り道、ユカとミカを家に送り届けた後、俺は一人悶々としたまま家に帰ったのだった。
俺にキスをしたのは……一体どっちなんだ?




