第77話 浴衣の双子がかわいい
『夕方5時半 駅前集合ねー』
ユカからメッセージが来たのは夏祭り前日の夜だった。このメッセージを見たときはしどろもどろになって返信も『了解』とそっけないものになってしまった。
自分から誘っておいて集合時間も決めず、相手に決めてもらうなんてかっこ悪すぎるだろ俺。
その日は緊張で眠れず、結局俺が寝付けたのは明け方になってからだった。
仕方ないじゃないか、女子と夏祭りに行くなんて初めてのことなんだから。何ならこれが男子相手でも夏祭りに行くこと自体が久々だから緊張してたと思う。
それくらい俺にとってお祭りに行くことは大事なのだ。
「あぁ~……意味もなく夜ふかししてしまった……。今何時だ……げっ!」
目を覚ますと時計は夕方4時をとっくに過ぎていた。駅前に行くにはバスに乗らなければならず、そのバスは一時間に2本しか出ていない。
俺は大慌てで顔を洗い、服を着替えて家を飛び出した。くそ、一昨日父さんが単身先に帰ってから気が緩んでるな。
やっぱり一人暮らしって自己管理出来るやつじゃないとしちゃ駄目だわ。そんなことを痛感してしまう。
近くのバス停に行くと何人かがバス停で待っていた。おそらくこの人たちも祭りに行くのだろう。
「よかった間に合った……! 自分から誘っておいて寝坊ですっぽかすとか洒落にならんから助かった!」
せっかくの夏祭り、こんなグダグダな出だしで大丈夫だろうか。若干の不安を抱きつつもバスに乗り込むのだった。
◆◆◆◆◆
「あーやっと来たー! おっそーい!」
「す、すまん! 時間ギリギリになっちゃった!」
「約束……忘れてるのかと……心配……しちゃった……」
「ユカはてっきり興奮して眠れなくて朝になってようやく寝たら時間ギリギリだったとか、そんなオチかと思ったよー」
「そ、そんなわけないだろははは……」
完璧に当たってる……! むしろ何でそこまでピンポイントに当ててくるんだよ。脳内を読めるのか?
一応弁明しておくけど時間ギリギリになったのは俺のせいじゃない。俺が乗ったバスは本来なら20分ほど前に到着していたはずなんだ。
でもいつもより乗客が多く、おまけに渋滞も重なってこんな時間になってしまったというわけだ。
夏祭りのせいで渋滞が起こることくらい予想していなかったからだろ? そもそも寝坊しそうになった俺が悪い? そうだね。
でも夏祭りに行ったのが何年も前なんでそんな考えは頭に思い浮かびもしなかったからなぁ。これも陰キャのサガか。
「駅も混んでるなぁ。祭りってこんなに大勢の人が来るんだな」
「花火大会もある大きなお祭りだしね。周辺の地域から大勢くるんだよー」
「うぅ……駅の人混み見ただけで……酔いそう」
「大丈夫かミカ。そういう時は無双ゲーの雑魚キャラだと思って脳内で□ボタン連打してるとストレス解消になっていいぞ」
「△ボタンでチャージ技使ってもいい……?」
「二人して物騒なこと言わないのー! そんなことよりリョウ君、ユカとミカちゃんを見て何か言うことは無いの~?」
「と言いますと……?」
質問に質問で返したからだろうか、ユカは『はぁ~』と深くため息をついた。
その時ユカが頭を下げたことでユカの後ろ髪が綺麗に結ってあることに気がついた。
それどころか二人の服装はいつもと全然違って、綺麗な浴衣姿であることにようやく気付いた俺。どんだけ節穴なんだよ。
だって遅刻しそうになってマジで慌ててたからね! 自分のことばっかりで視界が狭いのは陰キャ特有の性質だから勘弁してほしい。
ミカは髪を指でいじりながら恥ずかしそうに尋ねてくる。
「ど……どうかな……浴衣……変じゃない……?」
「変なわけないよー! ユカちゃん最高に可愛いよ! 似合ってる!」
「ユカちゃんに……聞いてない……。それ言われるの……もう10回目だもん……」
ミカは藤色の落ち着いた雰囲気の浴衣を着て、髪を二つ結びにしている。浴衣の模様には花や蔦が綺麗に施されていて、綺羅びやかな印象を受ける。
いつもとは違う髪型の二つ結びも似合っている。長髪の子が髪を結んで肩から前に髪を下ろしているのを見ると何故か心に来るものがある。
なんだろう、ミカは俺のフェチズムを的確に貫いてくるのが得意なのか?
一方ユカの方はというと、ピンクを基調とした明るい雰囲気の浴衣を着ている。ミカの着ている浴衣と同じような模様があるが、色のせいか受ける印象が真逆だ。だがその派手さもユカには丁度いいくらいで、むしろ本人のオーラのほうがまだ強いくらいだ。
髪も丁寧に編み込まれて、サイドから後ろにかけてねじりパンのような形になっている。駄目だ、俺の貧相なボキャブラリーではこの髪型の凄さを言葉で表現できない。
とにかくユカの髪型はまるでどこぞのお嬢様のような優雅さを感じさせる凄い髪型だってことだ。
こうしてみると二人ともとんでもない美少女だ。最近は毎日のように会ってたから慣れていたつもりだけど、こうしていつもと違う姿を見せられると美少女過ぎてビビる。
周りの人々もちらちらと二人のことを見ている。こんな美少女が二人も並んでいたら視線を奪われるのが当然だ。俺なんかが混じってて申し訳ないと思うくらいだ。
「二人ともまじ可愛いな……」
「ええっ!?」
「ひゃうっ!?」
「あ、違っ! 今のはつい口に出ちゃったっていうか……! でも可愛いって思ったのは本当ですはい! お願いだからドン引きしたりキモいとか思わないでください!」
「むぅぅぅぅ……! こんな不意打ち予想してないよー……!」
「あぅぅぅ……右ストレートでまっすぐぶっとばされちゃった……」
二人とも両手で顔を抱えて困惑している。そんな真面目に受け取られて恥ずかしがられても逆に辛いのだが! いっそのことキモいとか言ってくれたほうがマシだわ!
全員が照れちゃったせいで変な空気になっちゃったでしょうが! どうすんだよこの空気!
やっぱりこんなグダグダで大丈夫なんだろうかと不安に思ってしまう俺だった。
この夏祭り、絶対ろくでもないことが起きるわこれ、嫌な予感にだけは自信があるからな。




