第73話 双子とのコスプレ撮影を終えました
「いいわよ~! さあ次は三人で睨み合ってるカット撮るわね! おお、いい! ケンカップル感が出ていいわ~!」
カシャカシャとシャッターの音が部屋に鳴り響く。
母さんが凄い興奮して俺のスマホと自前のカメラで写真を撮っている。
一枚撮るごとにこうしてはしゃぐもんだから、こっちは気になってしょうがない。
「ミカちゃん、もうちょっと眉を釣り上げて! 亮ちゃんはニヤけてないで、平静を装うように! あ~ユカちゃんいいわね、その冷たい表情!」
「に、ニヤけてなんかないわっ!」
「眉を釣り上げる……ええと……むんっ……!」
「あははっミカちゃんが普段は絶対しない顔してるー! 怒った顔のミカちゃんもかわいいよ!」
「その感想を冷めた表情のまま言うユカは凄えな。さすが読モ……」
〆カノの作中で描かれている、『殺芽』のゴミを見るような目を完全再現しながらも口から出る言葉はいつもどおりのユカ。
そのギャップがすごすぎて脳内で処理出来なくてバグっちまいそうだ。こんな冷たい表情のままはしゃぐ人間がどこにいる。
撮影されなれているやつは違うなぁ。俺やミカは母さんから表情やポーズの指示を何度も出されているのに、ユカだけ褒められてばっかりだし。
「照明の位置を変えて……次はミカちゃんと亮ちゃん! 二人で両指を絡めて向かい合うポーズ!」
「え、ええ……? ちょ、ちょっと恥ずかしい……かも……」
「だ、だよな……」
女子と手を合わせて顔も向かい合うなんて、普通恋人同士でもしないぞ。
確かにアニメのピンナップで『可憐』と『狭霧』がこんなポーズしてたけどさ。作中だと絶対やらないよなこのポーズ。
俺とミカが渋っていると母さんがしびれを切らして早く早くと急かしてくる。
こうなったら恥ずかしいのを我慢するしかない。大丈夫、今の俺は『狭霧』なんだ。
『可憐』と『狭霧』という仲の悪い二人がお互いを見つめ合うなんて作中じゃ絶対ない。逆にてぇてぇと思うくらいだ。
この作品は男主人公と複数のヒロインとの恋愛を描く作品だが、ヒロインの魅力の高さと各ヒロイン同士が表面上は仲良くして裏ではバチバチし合ってるという特徴から、実は百合需要もある。
ヒロイン全員仲が悪いのに逆にそれが魅力的に見えるそうな。かくいう俺もヒロインたちが主人公のいないところで喧嘩してるのは見ていて楽しいと思ってる。
つまり俺とミカが至近距離で写真を撮ろうと、『可憐』と『狭霧』の絡みと思えば我慢できる。そう、これは百合だ。
自分で何いってんだこいつと思うけど、こうでも思わないと緊張してしまうからしかたないだろ!
「ほ、ほらミカ。母さんも待ってるし……ほら」
「う、うん……」
ミカの柔らかく温かい指が俺の指の隙間に入ってくる。その得も言えぬ感覚に浸りそうになってしまう。
「んふふ……なんか……恥ずかしいね」
「これは百合……これは百合……これは百合……!」
「りょう君……?」
煩悩滅却、煩悩滅却、煩悩滅却……!
「次はユカとのツーショットだねー! ねぇ、アニメ3話のあのシーンの写真撮ろうよー!」
「あのシーンってなんだ?」
「ほら、主人公に近寄ろうとするなって『殺芽』が『狭霧』を脅すシーン!」
ええと、確かユカがいうそのシーンって『殺芽』が『狭霧』の顎をクイって持ち上げてるシーンだっけ。
アニメだとやたら艶かしく描かれていて印象に残るシーンだったな。アニメ初心者のユカでさえ覚えているのがその証拠だ。
「アニメだと階段でやってたわよね。『殺芽』が上にいたはずだから、亮ちゃんは少し屈んで~」
「お、おう……」
膝を曲げてユカの方が上になるように姿勢を変える。そして目線を上げると、そこには怪しい笑みを浮かべたユカがこちらを見下ろしていた。
そしてその細い指を俺の顎に這わせて、クイと持ち上げた。
うわ……顔が近い……! ユカの顔は綺麗だって分かってたけど、メイクを丁寧にしているからだろうか。いつも以上にきめ細やかな肌が輝いて見える。
「…………っ」
ユカの瞳から発せられる怪しい光に――いつもと違う雰囲気のユカを見て、思わず唾を飲み込んでしまう。
俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。いや、命の危険を感じているわけじゃないから正しい例えじゃないんだが。
「えへへー……ありがとね、リョウ君」
「何だよ突然だな」
「だってりょう君がいなかったら、こんな楽しいことやれなかったもん。ユカ、なんとなく読モやってて、なんとなくそのままモデルになるのかなーって思ってたけど。リョウ君のおかげでも読モやっててよかったーって思ったんだー」
「大げさだなぁ。俺がいてもいなくてもユカは楽しくやれてたと思うよ?」
「そんなことないよ。リョウ君がいなかったらアニメなんて一生見なかっただろうし。ミカちゃんがアニメ好きなのは知ってたけど、何がそんなに面白いんだろうって思ってたけどこうしてアニメの面白さも知れたし」
「だからって俺のおかげというのもどうかと思うけどなぁ。俺何にもしてないし」
女装だけはしっかりやってるけどな、HAHAHA。
「もう……でもしょうがないか。そういうところがリョウ君のリョウ君らしいところだもんねー」
「はぁ……?」
なんかよく分からんが少なくともユカは今回のことを俺に感謝しているみたいだ。
でもそれを言うなら俺だって同じだ。
「こっちこそありがとな。ユカが誘ってくれなかったらこういうことをやろうとも思わなかったし、きっといつもの夏休みと同じでつまんない毎日を過ごしていたと思う」
ユカのような行動力の化身がいてくれたから、俺も色々なことを体験できた。
自分から写真撮影をしようなんて絶対言わないし、コスプレなんてやる気も起きなかっただろう。
「だから、ありがとう」
ユカには感謝してもしきれない。陰キャの俺に誰かと遊ぶ楽しさを教えてくれたから。
その気持を伝えた後、ユカは照れくさそうに笑った。
「えへへー……そう言われちゃうとユカも照れちゃうよー……」
そう言いながら視線を少し彷徨わせたあと、照れ隠しからか俺に向かって言う。
「これで女装してなかったらいいこと言ってる感じだったのにねー」
「だから! それを! 言うなって!」
「あーいいわねその怒った顔! 『狭霧』っぽいわ~!」
こういう時までカメラを回すんじゃないよ母よ。
まったく、せっかく人が素直にお礼を言ってるのに茶化しやがって。
でもいいか。ユカの言うようにそういうのが俺らしいってことだろう。
その後も何枚か写真を取り、ユカのスマホで自撮りもした。一体何枚の写真を撮ったのか分からないが、少なくとも三桁はいってそうなくらいにはたくさん撮影をしたのは間違いない。
母さんのカメラで撮った写真のデータから編集ソフトで背景を合成して写真を仕上げる予定だったのだが、時間も差し迫っていたため今日は撮影のみで終えることとなった。
たくさん撮った写真の中からいい感じのものを厳選し、母さんが編集と仕上げまでやってくれるとのことで、俺達は着替えをして衣装の返却に行くのだった。
こうして人生初のコスプレ撮影会は無事終わったのだった。
だがこの時はまだ知らなかった。このコスプレ写真を引き金に、俺の学校生活に新たな火種を抱えることになろうとはこの時は思いもしなかったのだ。




