第7話 美人の双子から昼飯に誘われた
午前の授業が終わり、ようやく昼飯の時間だ。
今日も鞄から冷めたコンビニ弁当だ。たまにはまともな昼飯が食いたい。
「進藤君いるー?」
俺が鞄から弁当を取り出そうとすると、突然ユカが教室にやってきた。
俺の名前を大声で呼ばないでくれ。教室がざわついているじゃないか。
ユカは軽快な足取りで俺の机までやって来た。もうすっかり机の位置を覚えられてしまった。
「朝倉さんどうしたの」
「えへへ。友達に会いに来るのに理由がいるの?」
笑顔でそんなことを言われたら、顔を見てすぐどうしたなんて聞いたのは悪かったかも……と思ってしまう。
「ごめん、邪険にするつもりじゃなかった」
「ちょ、真面目に受け取らないでよー! 進藤君をお昼に誘おうと思って来たの」
何となく謝っただけなのだが、マジレス扱いされてしまった。本気で謝罪したわけじゃないし、俺もそこまで深く受け取ったわけじゃないんだが……。
ううん、やはり陰キャだから距離感の測り方がおかしいのだろうか。自分では普通って思ってるんだけどなぁ。コミュニケーションって難しい。
「……ってお昼!? お、俺と?」
「そうだよー♪ まだお昼食べてないよね?」
「あ、ああ。そりゃチャイム鳴ったばっかりだし」
「じゃあ問題なし! さぁ、行こう行こうー」
「ちょ、問題ありまくりなんだけど!?」
主に周りの視線とか! 俺を見るクラスメイトの顔、理解できない光景を目の前にしているって感じだ。金髪に至っては口開けてぽかんとしている。そら驚くよな、クラスの目立たないやつが学校一の美少女に昼飯誘われてるんだから。俺だってびっくりだ。
「はっ!? さては朝倉さん、俺を男避けとして使ってる?」
「そんなことないよー。それはそれでありがたいけどねー」
「俺は全然ありがたくない……」
ユカに手を引っ張られて連れ来られた先は中庭だった。そういえば今まで中庭って来たこと無いな。図書室の外から見てたけど、カップルか女子しかいないイメージ。
「こ……こんにちは……」
「や、やあミカ……。こ、この前は、その……」
俺がつい了承してしまったアニメ鑑賞会の約束、あれ本当にやるの? と聞きたいけど、空気が悪くなりそうで聞けない。
そんなに仲良くないやつに『今度遊びに行こうぜ』と言われて、後日その話を振ると『え、マジで行く気だったん?』って言われる感じ。いわゆる社交辞令的なやつじゃないかと身構えてしまう。
「ほらほら、なに突っ立ってるのー。座った座ったー!」
ユカに促されるままにベンチに座る俺。恥ずかしいのでミカと距離を開いて座っていると、横からユカが詰め寄ってきた。そのせいでミカと俺の肩がふれあう。
「す、すまん」
「き……気にしない……から」
ミカに気を使わせてしまった。俺とこんなに密着して座るなんて嫌だよな。
ユカ、お前が俺の左に座るからこんなことになったんだぞ。姉妹なんだから隣同士で座りなさいよ。間に俺を挟むな、恥ずかしさで死ぬぞ。
というか気付けば朝倉姉妹に挟まれているじゃないか。
美少女サンドイッチ……! しかし間に挟まっている具は陰キャ。いらんわこんなサンドイッチ。
ああ、今すぐにでも脱出したい。美人姉妹に挟まれるなんて、嬉しさより緊張が勝る。陰キャは安心を求める生き物なんだ。こんなドキドキは刺激が強すぎる。
コンビニ弁当を口に運ぶが、味が分からん……。
「進藤君っていっつもコンビニ弁なの?」
「うん、俺一人暮らししてるから」
「えー!? 高校生なのに一人で生活してるの? すごー!」
「別にすごかないけど……」
まぁ珍しいかもしれないが……。親の都合だし、仕方ないんだけどね。
「じゃあ毎食自分で用意しなきゃいけないんだ-。大変だねー」
「父さんに生活費は貰ってるから、コンビニやスーパーでどうにかやってるよ」
「ふーん。ってことは手作り弁当に飢えてるってことですなー?」
ニヤリと笑うユカ。またよからぬことを考えていそうだ。
それにしても手作り弁当か。まぁスーパーの弁当も広義の意味では手作りと言えなくもないんじゃないだろうか。“あたたかみ”というのは感じないが。弁当冷めてるし。
「チャンスだよミカちゃん!」
「ふぇ!? ユカちゃん……何言ってるの……!」
「ねぇ進藤君、ミカちゃんが作ったお弁当食べてみたい?」
急になんだ。そりゃ女子の手作り弁当ってある種男子の理想だし、食べてみたいけど。
「あ……あの……どう……ですか?」
ミカが消え入りそうな声で尋ねてくる。
そんな不安そうな顔で聞いてくるなんて卑怯だ。これじゃあ断ることも出来ないじゃないか。
「う、うん。ミカの作った弁当、食べてみたい……かも」
言ってしまった……! がっついている様に見えないか、大丈夫なのかこれは!?
「そ……そっか……わ、わかった……がんばり……ましゅ!」
気まずい、何故かは分からんが非常に気まずいぞこの状況。むずがゆいというか、甘酸っぱい感じ。俺の苦手な雰囲気だ。
「うんうん、青春だね-。あ、そうだ! この前の約束のこともあるし、みんなで連絡先交換しようよ」
LIME!? LIMEの交換か!? 最後にID交換したの一年以上前だから、操作方法を忘れてしまったあれをやるのか?
「ほら進藤君、スマホ出してー」
俺はあたふたしながらも、ミカとユカの連絡先を交換した。まさか二人のLIMEを教えてもらうなんて、想像もしなかった。他の男子に知られたら恨まれそうだ。
ミカのアイコンは見覚えのあるアニメのキャラだった。ちなみにユカは自撮り画像だ。二人の性格の差がこんなところにも出ている。
「それじゃあミカ、アニメ鑑賞のことだけど日程決まったら教えてくれ」
「う……うん」
「はぁー……」
ユカが深く溜め息を吐く。何だよ、文句あるのか。
「そこは男子から誘わないとダメな場面だよー」
「そうなのか……?」
しかしユカ、俺に男の甲斐性的なものを求めるのは間違ってるぞ。いや文句を言える立場じゃ無いか。確かに今のは俺が情けなかったよな。ここは素直にユカの言葉に従おう。
「ミカ、予定が分かったら……俺から連絡するから」
「は……はい。……にゅふふ」
ミカは嬉しそうにニッコリと笑った。その笑顔に、胸の鼓動が一段と高鳴る。
勘違いするなよ俺……。これはきっと、友達と遊ぶ約束をして舞い上がっているだけだ。陰キャの勘違いはやめろ。自意識過剰は悪い癖だぞ……!
ミカから視線を外し、隣のユカに話を振ろう。そうだ、これは戦略的撤退。断じて恥ずかしさから逃げたわけじゃ無い。
「朝倉さん、色々と世話焼いてもらって悪いね」
「…………」
あれ? どうしたユカ、珍しく黙り込んじゃったりして。
「……ユカって」
「え?」
「ユカって呼んで」
どうしたんだいきなり? 何故このタイミングで名前のことを言い出したんだ。
「ほ、ほらミカちゃんだけ名前で呼ばれてるのに、ユカだけ朝倉さんって他人行儀じゃん! 友達なんだからユカのこともユカって呼んで欲しいなーって。あ、あくまで友達としてね!」
何だびっくりした。そうだよな、自分だけ名字で呼ばれてたら距離感じるよな。これは気が利いていなかったな。それならしかたない、うん。
「わ、わかった。これからはそう呼ぶよ」
「う、うん。ユカも……名前で呼んで、いいかな。ミ、ミカちゃんと一緒にさ」
「お、おう。構わないけど……」
しばらくすると予鈴が鳴り始めた。そろそろ教室に戻らないと。
「じゃあなミカ。それとゆ……ユカ」
「はぅ!」
俺が別れを言うと、なぜかユカが変な声を出して悶えていた。眼にゴミでも入ったんだろうか。