第6話 双子の妹の髪を触った
月曜日、それは忌まわしい曜日だ。
陰キャにとって何よりも苦痛なのは、登校時間である。今週も退屈で孤独な時間をやり過ごさなければいけないと思うと、朝から溜息が出る。
だが、最近は月曜日も嫌いじゃない。何故かは分からないが、学校に行くのも少し楽しみになったのだ。
理由は思い当たるけど、それを意識してしまえば俺の脳内があの姉妹のことで埋め尽くされそうだからやめておこう。
学校に近付いてくると、生徒の数も増えてくる。月曜日ということもあって、何人かはだらけきった様子だ。
特に俺の前を歩いている女子なんて、髪の毛が爆発しているではないか。
女子としてどうなんだ……それは。髪くらいセットしてから家を出ろよ、と心の中で説教をする。
「あぅ~……」
あれ? 今、目の前のピョンピョン寝癖の目立つ女子から、聞き覚えのある声が聞こえたような。
土曜日のこともあって、俺は無駄に警戒した。まさか、ミカなのか……?
いや、別にミカと会って何かまずいことがあるのかというと、何もないのだが。
陰キャは無駄に警戒心が強いからな。……自分で言ってて悲しくなってくる。
「もう最悪……なんで寝癖治んないかなー」
「ユカの方かよっ!?」
あぅ~とか言ってるから、てっきりミカかと思ったのに違うのかよ。
というか、その口癖はもしかして姉妹共通なのか? 変なところが共通してるな、朝倉姉妹。
「あれー進藤君じゃん……おはよー……」
「テンション低いな朝倉さん」
「まぁねー……そりゃこの髪だもん、気分も下がりますよー……」
ユカは手ぐしで髪を整えようとするも、すぐピョンと跳ねて元に戻ってしまう。
まるで形状記憶合金みたいだ……。
「なんか、すごいことになってるな……」
「いつもはミカちゃんがお手入れしてくれるんだけどねー……。なんかミカちゃん、一昨日からずっと上の空なんだよねー……」
「髪の手入れをしないだけでこんなに変わるのか」
「いいや、お手入れしてもらったからこうなったの」
「どんな手入れだよ!? っていうか、やってる途中で気付け!」
寝癖ならまだ分かるけど、手入れしてそうはならんだろ。どんだけ雑なやり方だったんだ?
「あのねー、こうなったのは進藤君にも責任があるんだからねー」
「はぁ? 俺が何したって言うんだよ」
俺がユカに髪が爆発する呪いでもかけたというのか。どんな呪いだよそれ。たとえ超能力が欲しくてもいらんわ。
「早いとこミカちゃんと遊んでくれないと困るよー。ミカちゃん期待しちゃっててかわいそー」
「なっ、あの約束は事故というか何というか……。っていうか、それと髪の毛にどんな関係があるんだよ」
「えー、これだけヒント言って気付かないのー? はぁー……これはミカちゃんも大変そうですなぁ」
「…………?」
ユカは一体何を言っているんだろう。俺がミカと遊ぶ約束をしたら、なんでユカの髪が爆発するんだ。まさかミカが俺との約束を待ち望んでて、それで上の空になってるわけじゃあるまいし。
しかし納得は出来ないが、俺のせいと言われると少し罪悪感を覚える。土曜日のこともあったしな。
「朝倉さんってくせ毛なの?」
「わからないよー……」
「わからんってお前……」
それ程難しい質問だったか? 自分の髪が直毛かくせ毛かくらい、簡単に判別出来ないだろうか。
「だ、だっていつもミカちゃんがやってくれてるんだもんー!」
「それなら仕方ない……のか? というかミカってそういうの出来たのが意外だ」
「ミカちゃんは意外と器用だよー。本人が苦手意識持ってるだけでね♪」
「バスケも最初はぎこちなかったけど、普通にパス出せてたな」
「そうそう! ミカちゃんは最初のうちに失敗しちゃうのを引きずっちゃうんだよ。ユカと何も変わらないのにねー」
どこか寂しそうな表情に、俺はユカとミカの関係性の一端を見た気がした。
何でも出来る人気者の妹と、色んなことに臆病な姉。でもそれは順序が逆で、最初は二人とも同じだったのかもしれない。
ミカが失敗を恐れているうちに、ユカだけ先に進んでしまったのかもしれない。
そんな風に考えてしまった。
おいおい、しっかりしろ俺。何勝手に他人の人生を推察してるんだ。
お前はそんなことを想像出来るほど、二人と仲が良いのか。妄想は陰キャの悪い癖だ。
これ以上勝手に二人のことを勘ぐるのはやめよう。友達に対して失礼だ。
「進藤君、どうかしたの?」
心配そうな顔でこっちを見てくるユカに、悟られないように振る舞う。
「何でもない。ユカの髪質ってどんな感じだろうなって思っただけ」
「えー気になる? それじゃあ触って確かめてみなよ」
はい、と言って背を向けるユカ。
え? これ触って良い流れなのか? 別にそんなつもりは無かったんだけど……。
もし触ったら訴えられたりしないだろうか。『冗談のつもりだったのに』とか言われたら泣くぞ。
「ほら、どうしたのー。早くしなよー」
「あの、いくらですか?」
「何言ってるの進藤君」
いや、ネットで『1時間一万円のキャバクラでサービス料で4万上乗せされた』とかいうの見たことあるし……。
もし触った後に金額要求されたら嫌だなぁって……。
「ほーら、ユカがくせ毛かどうか確かめたいんでしょー」
「別にそこまでは言ってないが……。じゃあ……遠慮無く」
ユカの爆発した髪に指を絡める。手を動かすと髪が指をすり抜けていく。
柔らかい感触はまるで上品なシルクのようだ。そんなもん触ったことないけど。
「あ、あれ……? なんか急に恥ずかしくなってきちゃった……!」
「お、おい! さっきまで気にしてない感じだったのにズルいぞ! そんなこと言われたら余計気まずいわ」
「あー! 気まずいって言ったー! ユカの髪触りたいとか自分から言っておいて、気まずいって言ったー!」
「やめろ! 周りに人がいるんだぞ、俺を社会的に抹殺する気か!?」
同じ学校の生徒も何人かいるのに、そんなこと大声で言われたらやばい。
学校一可愛い女子によからぬことをした罪で村八分決定だ。いや、現状ボッチに近いからあまり変わらないかもしれんな。
それなら気にせず、ユカの髪の毛の感触を堪能してやろうではないか。
でもそれはそれで気持ち悪いな。女子の髪の毛触って喜ぶ陰キャって、もう完全にヤバイやつだ。
「ど、どう?」
「ん……すごい綺麗な髪だと思う」
「はぅ……! そ、そういうとこだよ進藤君っ……。ミカちゃんだって、進藤君のそういう言葉に……」
「え、何だって? ミカがどうかした?」
「い、いや……何でもないけど……。ごめん、ミカちゃん……!」
なぜミカに謝るんだろう。姉妹というのはよく分からない。
その後、ユカは口数が減ってあまり喋らなくなってしまった。
校門まで行くと、いつの間にかユカの寝癖は治っていた。先程まで爆発していたのに、どんな仕組みだ。
ミカのセットはある意味神がかってるんじゃないだろうかと思うばかりだ。
「学校についたか。それじゃあ朝倉さん、また」
「…………うん」
髪も戻ったというのに、ユカの顔にはいつものような明るさは無かった。
やはり髪を触って嫌われてしまったのか……当然と言えば当然か。女子との距離感の測り方は難しい、反省しなくては。