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第54話 「ユカを見て?」

「ねぇこの服どう? ユカに似合ってるー?」


「う、うん。普段もオシャレだけど大人っぽい感じの服装だな」


「えへへー。これついこの前、撮影で使ったんだよー。いつものユカと雰囲気違っていいでしょー」


 俺とユカは地元の駅から電車に乗り、例のアニメショップもある街に来ていた。

 ここにはアニメ系の店だけではなく、様々な店が揃っている。とはいっても俺はアニメショップにしか行ったことはないのだが。


 現在俺達がいる店はいかにも高そうな服しか置いてなさそうなアパレルショップ。

 陰キャオタクの俺がいるにしては、凄くアウェイ感のある店だ。

 だがユカがこの店に入りたいと言うので従うしかない。


「おー。このシャツよくない? さっきのスカートにメチャクチャ合いそうだよー!」


「そうなのか? 服のことは詳しくないから正直よく分からん……」


「もぅ、ダメだよリョウ君! わかんないからって思考放棄してたら、いつまで経ってもわかんないままなんだからー」


「そ、それもそうだな。俺も新しいゲームを始める時、システムとか覚えるの面倒だけどやっていく内に覚えたりするもんな。それと同じようなもんか」


「例えはよくわかんないけど、まずは興味を持つことから始めなきゃねー。ねえねえ、このキャップ可愛くない? 夏のイメージにぴったり!」


「おお……形は普通の帽子なのに素材が麦わら帽子みたいになってる! なんか面白いなこういうの」


「でしょでしょー! ほら、こっちにも色々あるよー!」


「ちょ、手を引っ張るなよ! 別に逃げたりしないって!」


 慣れない店内の雰囲気に挙動不審になりながらもユカの服選びを眺めているのは、正直楽しかった。

 ソシャゲでキャラの衣装に課金する気分とでも言おうか、元がいいからどんな衣装を着せても新鮮な気分で見ることが出来る。

 なるほどこの時期になるとどのソシャゲでも水着ガチャが一斉に始まるわけだ。

 いや、ユカとゲームのキャラを比較するのも変な話ではあるんだけどね。



 その後一時間にも及びユカの服選びは続いた。女の買い物は長いって言うけど、たしかにその通りなのかも知れない。

 これに付き合っている世の中のリア充男性諸兄には尊敬の念を抱くわ。

 でも俺も掘り出し物の同人誌を探したりする時は時間かかるし、似たようなものか? 服と同人誌じゃ比べるべくもないが。


「うーん、やっぱりこれ買っちゃおっと」


「最初に見た服じゃないか。この一時間色々と見て回ったのに、そんなのでいいのか?」


「いいのー。だってユカが納得してるんだもん。それにやっぱり、撮影で使った時からずっと気になってたしねー」


「まぁ、ユカが納得してるんならそれで良いのか……?」


 これでようやく店を見て回るのも終わるのなら、もう何でもいいや。

 さて、ユカが会計を済ませるまで適当にスマホでも見て時間をつぶすか。


「じゃあ次はリョウ君の服を見てみよっかー!」


「……へ?」


 あれ、これまだ続く感じですか?




「じゃーん! ちょいワルコーデ!」


「似合ってないだろこれ……。服の威圧感に俺本体が追いついてないし」


「あはは。確かにー! リョウ君にはちょっと合わなかったかもねー」


 そもそもこの店の服はどれも俺に合いそうにないのだが。

 俺なんて大量生産されてる安物ブランドの服くらいで十分だ。

 陰キャがおしゃれして外面を良くしても、中身の性質までは変えられないからな。


「じゃあ次はこれ着てみてよ! ユカカーテンの外で待ってるからさー」


「ったく……こっちの要望も聞かずに次から次へと……」


 俺は今着ている服を脱いでユカに手渡された服に着替える。

 着る際にちらりと見えた値札に、俺が普段着ている服の数倍の値段が書かれていたが見なかったことにしたい。


「ほら、着たぞ」


「おおー真面目系のコーデ似合うじゃん! 全然リョウ君っぽくない、頭良さそー!」


「それは暗に俺を馬鹿にしてるのかなユカさんや」


 つーか何だよこの服。なんでシャツ? ブラウス? の左右で色が違うんだ。

 右側が濃い青で左側が水色になってる理由が分からん。

 しかもチノパンなんて動きにくくて嫌いだ。俺はジャージかスウェット派なんだよ。

 まあどっちも夏には向いてないから、夏用のパンツが欲しいところではある。

 でもチノは駄目だ。なんかオシャレ上級者じゃないと着こなせない感じがする。


「というわけでこれも却下だ」


「えー。もうしょうがないなぁ……。じゃあ最後にこれ着てみてよ」


「はぁ……分かった。これで最後だからな」


 カーテンを閉めて渡された服に着替える。どうせ今度の服も俺には合わないんだろうな。と思っていたが、これが思いの外しっくり来てしまった。


「ど、どうだユカ……。個人的にこれが一番着やすいかなって思ったんだけど……」


「うん! よく似合ってるよー! 夏っぽい青と白のツートンシャツと黒のジョガーパンツがいい感じ! 背伸びしてない程々のオシャレだねー」


「ほ、褒めてくれてるのか……それ?」


「リョウ君にぴったりでユカは好きだなー」


「そ、そっか。あとこれジョガーパンツっていうのか。スウェットみたいでなんか履きやすいし、いいなこれ」


「うんうん、気に入ったみたいだしそれにしちゃおっか。店員さーん、今着てる服一式くださーい!」


「ちょ、待った! 俺手持ちの金そんなに無いぞ!?」


 一応諭吉さんを何枚かは入れてるが、この服を買ってしまったらそれだけで半分以上の諭吉さんが消えてしまう。

 服にそれだけお金を使うのは、オタク的にはちょっと抵抗がある。どうでもいいアニメグッズには大枚はたくのにね。


「だいじょーぶ! ここはユカに任せなさーい♪」


「ええ……?」




 結果から言うと、ユカにおごってもらった。

 同級生の女子に諭吉二人分くらいの額をおごってもらうなんて、流石にどうかと思ったのだが、ユカが強引に支払いを済ませてしまい後に引けなくなった。


 ユカも自分が選んだ服を試着室で着て、そのまま買い取った。二人で一体いくら使ったのか考えただけで恐ろしい。

 高校生が一回の買い物に使うにしてはかなりの額だ。アニメのブルーレイボックスを買える値段を超えてるんじゃないか?



 支払いを終えた後、店員はにこりと笑ってユカと俺に向かい笑顔で話してきた。


「お二人共よくお似合いですよ。素敵なカップルさんですね」


「そ、そうですかー? ユカたちそう見えちゃいますっ!?」


「カ、カップルじゃないです!」


「リョウ君照れなくてもいいじゃんー。別に大声で否定しなくてもさー」


「だ、だって俺とユカがカップルだなんて思われたら……なんかアレじゃん!」


「まったく……リョウ君は真面目だなー」



 俺たちのやり取りを見てニヤニヤとした店員の顔に若干の不満を覚えつつも、店を後にした。


「でも本当によかったのか? これめっちゃ高かったぞ……。支払いさせちゃったけど、値段分の金は返しておく」


「ホントに気にしなくていいって。実はねぇ……えっへへー♪ 撮影代が入ったから豪遊出来るのでした~!」


「ああなるほど、それでか……って! だからってこんな高いの奢ってもらうには悪いって! ちゃんと代金返すから受け取ってくれよ」


 金のやり取りは信頼のやり取りだって父さんが言っていた。

 知り合い、特に親しい人との金銭のやり取りは真面目にやらないといつか関係が壊れてしまうと。

 ユカに奢られて俺が何もしないってのは、一方的すぎるだろう。


 だがユカは決して首を縦に振らず、諭吉を受け取ろうとしなかったのだった。


「いいのいいのー。これはユカからのプレゼントだと思ってね」


「プレゼントって、別に俺誕生日とかじゃないんだけど……」


「だから、ほら」


 ユカは俺の耳元に口を寄せて、ささやきながら告げる。


「初デート記念のプレゼント♪」


「っ……! お、お前あの言葉マジなのか? きょ、今日のこれがその……デートだって」


「信じてなかったのー? ユカショックだなー。でもまぁ、いっか。リョウ君とリンクコーデ出来たし」


「りんくこーで……?」


 聞き慣れない言葉が俺の耳に入る。おそらくファッションに関する用語なんだろうけど、意味を知らないのでスマホでググってみる。

 どうやらリンクコーデというのはペアルックと似たような意味の言葉らしい。

 ペアルックは完全にお揃いの服で統一するのに対して、リンクコーデは部分だけ揃えたり色だけ同じにしたりすることらしい。

 要するにペアルックだとバカップルみたいで恥ずかしいけど、少しでも服装にお揃い感を出したいための苦肉の策というわけか。


「ほら、気付かない? ユカの服と、リョウ君の服」


「んん~? あ、服に使われている色が同じだ! なるほど、たしかにぱっと見だと気づきにくいけど、揃えてる感じはするな」


 濃い青と白、そして黒という三色がお互いの服に盛り込まれていることに今更ながらに気付くオシャレ弱者の俺。

 そう言えばユカがおすすめしてきた服はどれもこの三色が使われていたな。

 つまりユカは狙ってこの服を俺に着せたというのか? 自分とおそろい感を出すために?


「ねー? ユカたち、めっちゃお揃いでしょー」


「そ、それでも普通に見てる分には気付かないよ。別にペアルックってわけでもないし、同じ色の服着てるだけだろ?」


「そうかなー。ユカは嬉しいけどなぁ」


 そう言って、ユカは上目遣いで俺の目を真っ直ぐに見てくる。

 ガラスより、水晶より、いやダイヤよりも綺麗で透明なその瞳の輝きに俺は言葉を失ってしまう。


「リョウ君と共通のことが増えていって、少なくともユカは嬉しいよ」


 その言葉にはどのような意味が込められているのか。

 もしかしたら俺とミカの間には共通の趣味があったが、ユカとの間にはあまり共通の話題が無かったことを言っているのだろうか。

 俺とミカが楽しそうにアニメ鑑賞をやっている間、自分が仲間外れにされたような疎外感を感じていたのだろうか。


 それとも――ユカは一体どんな気持ちを込めて、こんなことを言ったのだろう。



 ユカは鼻歌を歌いながら街並みを行く。俺はその横に並んで歩いていく。

 これからどこに行くのだろう。ユカがデートに誘おうと思った理由って、何なんだろう。

 分からないことだらけの中、ユカはただ一言俺に言った。


「リョウ君、今日は色々付き合わせちゃうと思うからさきに謝っとくね」


 でも、と付け加えてユカは続けた。


「今日はユカのことを……ユカを見てて?」

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