第47話 終業式、厄介な連中からユカを救い出した
体育館で校長の長話を聞きながら、あと数時間で夏休みが始まることへの高揚感を抑えきれずにいた。
夏といえば海、夏祭り、花火というイベントが盛り沢山……というわけでもなく、俺は家でどう過ごそうか、消化すべきアニメやゲームはどれにしようか……なんて寂しいことを考えていた。
ミカとお泊りアニメ鑑賞会の約束をしたが具体的な日時は決めていないし、ユカにも夏休みは一緒に遊ぼうねと言われたがこれもちゃんとした計画を立てたわけじゃない。
ひょっとしたら去年までと変わらず、一人寂しい夏休みを過ごす可能性もあるだろう。
そんな事を考えているあたり、薄情というか人間不信極まりないなと自分で思う。
終業式も終わり、担任から通知表を受け取り、夏休みの諸注意が書かれたプリントや宿題なんかを配られた。
そしてホームルームを終えた瞬間、教室の中が一斉ににぎやかになった。
「ねぇ夏休みどこいく~?」
「私東京に行くんだー。渋谷で買い物して、それからー」
「氷川、海行こうぜ海! お前なら六組の女子誘えるだろ? 朝倉さんも誘ってみてくれよ」
「そうだな。六組のやつに声かけとくわ。夏の間にぜってー朝倉さんと付き合うわ」
「ひゅー! かっこいいー! もし付き合えたら俺らにも女子紹介してくれよな!」
全員揃いも揃って楽しそうにはしゃいで羨ましいこって。
陰キャにとって夏休みってのは遊べる時間が増えることより、学校に行かなくていいことのほうがよっぽど嬉しいのだ。
リア充のようにイベント盛りだくさんとはいかないが、一人で気兼ねなく過ごせる時間というのもいいものだ。
まぁ、これは友達がいない側の人間の言い訳のようなものだが。
そんなにぎやかな雰囲気の教室をするりと抜けて廊下へ出ると、ミカと鉢合わせた。
「はは、やっぱ考えることは同じか」
「ミカ……教室の盛り上がってる空気に耐えられないから……一刻も早く抜け出しちゃった……りょう君も、おんなじ?」
「悲しいことにね。夏休み自体は嬉しいけど、この空気に何故か切なさを感じるのは陰キャのサガか」
「みんなが楽しそうにしてると……肩身が狭くなるよね……」
夜行性の動物が急に眩しいライトを当てられてびっくりするようなもんだ。
終業式は陽キャのテンションが爆上がりするが、それに当てられた陰キャは『みんな楽しそうだな……俺なんて……』とテンションが下がってしまう。
「立ち話も何だしどっか寄るか? ついでに昼飯食っていこうぜ」
「うん……! あ、でもユカちゃんがいない……」
「ユカはなぁ。あいつ絶対、今頃大勢のクラスメイトに囲まれてるだろうな。男子も女子も、ユカの予定を聞いて意地でもスケジュールを確保しようとするだろうさ」
「うわぁ……想像しただけで大変そう……。ミカ、そんな大勢に囲まれたら……気分悪くなりそう……」
大勢に質問攻めに会うなんて経験、俺もミカも味わったことないだろうしな。
もし自分がそんな場面にあってしまったら、しどろもどろになってしまうだろう。
そう言えばうちのクラスのやつらも、ユカを海に誘うとか言ってたな。
「心配だし様子見に行くか」
「う、うん……!」
六組の教室に行くと案の定、ユカは十人以上の男女に囲まれてしまっていた。
「朝倉さん、夏休み開いてる日ある? 友達の高校に、朝倉さんのこと興味あるって男子がいるんだけど」
「朝倉さん! 俺らと女子で海行くんだけど、朝倉さんも来るよね? 開いてる日ある? 予定教えてよ!」
「来月のお祭り一緒に行ってくれるでしょ? 私たち友達でしょ?」
「あ、親戚の別荘借りれるからみんなでキャンプ行かない?」
うわぁ……記者会見見てるみたいだ……。
ユカが一言発したらそれに対して周りの人間が二言三言返して、ユカがリアクションする暇も与えない。
あのユカが完全に気圧されている。あんな姿を見るのは初めてだ。
「みんなごめんねー! ユカ、夏休みは読モの撮影多めに入れちゃってて予定がいっぱいなのー。みんなが誘ってくれるのは嬉しいけど、難しいかもー」
「それでも一日くらい空いてる日あるでしょ? 教えてよ!」
「私お祭り行きたいって前から言ってたじゃん!」
「撮影もいいけど、海は夏にしか行けないっしょー! 朝倉さんの都合があった日でいいから俺らと海行かない?」
ユカが遠回しに断りの返事を入れるも、それでも食い下がる周りの連中。
こりゃユカがイエスと言うまで引き下がらないだろうな。厄介な奴らだなぁ。
ユカの気持ちよりも自分たちの都合を押し付けようとしている連中ばかりだ。ああいうのを見てるとイライラしてくる。
「ねぇ朝倉さん、最近つき合い悪くない? うちら友達でしょ?」
「それはホントごめんてばー。ユカ、別にみんなのこと悪く思ってるとかじゃないの。ただ本当に都合が悪くって……」
ユカも徐々に周りの圧に押され始めてきた。このままだと無理やり約束を取り付けられるだろう。
折角の夏休みなのにユカが嫌々友達の都合に付き合うなんて、バカみたいじゃないか。
そんなことを考えている内に、俺はいつの間にか六組の教室に足を踏み入れていた。
「なあ、ユカは忙しいって言ってるんだぞ。それなのに駄々こねて、ガキかよお前ら」
「は? 誰あんた」
「俺ら朝倉さんと話してるんだけど」
「その割にはユカの言い分なんて全然聞いてないじゃねーか」
「ユカちゃんは……ユカちゃんの夏休みがあります……。毎日遊んで過ごす人もいれば……忙しく過ごす人も……いる。それに文句を言うのは……おかしい……!」
気付けばミカも俺の横に並んで、リア充を相手に自分の考えをぶつけていた。
ミカがこんな風に誰かに向かっていくなんて、思いもしなかった。
「……ほらユカ、こんなやつら放って置いて行くぞ」
「あ、うん……」
周りの人間を押しのけてユカの手を握り教室を出ていく。
後ろから大勢の視線を感じたけど、ユカが困っているのを放って置けるか。
◆◆◆◆◆
「やっちまったぁ~……」
リア充どもに向かって啖呵を切るなんて、俺は何をしているんだ……。
せっかく最近はユカと俺の噂も廃れ始めたところなのに、こんなことしたらまた疑われるじゃないか。
あの時はユカを助けたい一心で体が勝手に動いたけど、今更になって後悔してきた。
しかもあの場には金髪のグループもいたよな。二学期になったらクラスでの俺の立ち位置がどうなってしまうのか、今から恐怖しかない。
「リョウ君食べないのー? ここのカレー美味しいんだよー♪」
「ミカは奮発して……カツカレー……! 刻みキャベツと特製ソースが乗った……パワフルな味つけ……最高……!」
「逆にお前らは何でそんなに元気なのよ……。ユカなんてさっきは凄い困った顔してたくせにさ」
ユカはカレーを口に運び、美味しそうによく噛んでから飲み込み、上ずった声で言う。
「だってリョウ君が助けてくれたんだもん、そりゃ上機嫌にもなるよー♪ ミカちゃんもありがとね! ユカのためにあんなこと言ってくれて、すっごく嬉しかったよー」
「ミカは……ユカちゃんのお姉ちゃんだから……。いっつも迷惑かけてばかりだけど……たまにはお姉ちゃんっぽいことしなきゃ……」
確かにミカが姉らしい姿を見せたのは珍しい。どちらかと言うと妹ポジションだもんな。
「でも……りょう君が出ていかなかったら……ミカ、あんなこと言えなかったと思う……。りょう君を見て、ミカも頑張ろうってなった……だからりょう君のおかげ……んふふ♪」
「そうそう! リョウ君はもうちょっと自分のやったことを誇って良いんだよー。実際ユカ、すごく助かっちゃったし」
「まぁ……そう言われると、少しは報われるかな……」
二人のその言葉で自分の行いに少しだけ自信を持てた気がした。
友達のためにやったことだ、別に間違ったことをやったわけじゃない。
そう思うと、先程までの羞恥心と後悔が徐々に薄まってきた。
「あ、そう言えばリョウ君明日開いてる?」
「明日と言わず8月末までフリーだが」
「じゃあユカたちとカラオケ行かない? 朝からフリータイムで!」
「カラオケ……ミカ、アニソンしか持ち歌ない……。でもミカちゃんとりょう君なら……気にしなくてもいいよね……!」
「ちょ、ちょっと待て! お前さっき読モの撮影で忙しいって……!」
そのせいでクラスの連中の誘いを断ったんじゃなかったのか?
「撮影を多めに入れたのは本当だよー? でも流石に遊ぶ時間が無いってほどじゃないよー」
「そりゃそうかもしれんが……」
「だってみんなユカのこと絶対変な目的で誘ってたもん。他校の男子と合コンするために呼ばれるとか、ユカ目当ての男子と海行くとか絶対ユカ嫌だからー!」
見事に全員露骨な感じだったもんな。そりゃ確かにスケジュールに余裕があったとしても断るわ。
「というわけで明日10時、駅前のカラオケ店だからねー☆」
「ま、待てよ! 俺人前で歌ったことなんて無いぞ!?」
「点数が一番低い人がジュースおごりだからー!」
「むむぅ……実質りょう君とミカの一騎打ち……ミカ、負けない……よ?」
陰キャぼっちとして寂しく過ごすはずだった今年の夏休み。
そんな俺の考えとは裏腹に、初日から美少女双子姉妹と遊ぶ約束をしてしまったのだった。
とりあえず家に帰ったら歌えるアニソンのリストアップと、最低限歌の練習をしなきゃな……。




