第46話 ママ友なんてろくなもんじゃない
喫茶店へ向かう途中も母同士でたくさん話しをしていて、母さんと朝倉母(名前は美優さんというらしい)はすっかり打ち解けてしまっていた。
ミカとユカが俺の母さんのことを名前呼びするもんだから、朝倉母から自分のことも名前で呼んでほしいと直々にお許しを頂いた。
ミユさんは困ったことに凄くいい人で、俺みたいな陰キャの会話も笑顔で聞いてくれる包容力を持った人だった。
そのせいでこっそり抜け出そうと思っていたはずが、いつの間にか喫茶店の席に座ってしまっていた。
ミカたちの母親だけあって、相手を自分のペースに巻き込む力はミカたち以上のようだ。恐ろしい親子だぜ……。
「そうなんですかぁ。亮君もアニメが好きなんですねぇ、うちのミカも小さい頃からゲームやアニメばっかりで」
「もう誰に似たんだか、一日中ゲームやアニメばっかりしてるらしいんですよこの子。でも最近は学校も楽しくなってみたいで安心しました。これもミカちゃんとユカちゃんのおかげですね」
「それを言ったらうちの子こそ亮君のおかげで元気になったんですよ? ミカは以前は学校に行きたがらなかったのに、最近は嬉しそうに家を出ていくんです。ユカも今まで以上におしゃれに気を配ったり、家事をやり始めたりして母親としては嬉しい限りなんです」
ここは地獄か。
喫茶店で進藤家と朝倉家が向かい合って座り、親から最近の俺達のプライベートをバラされる。
こんなことがあっていいのか。つーか母よ、あんたどこから俺の情報を仕入れたんだ。
父さんか? あのアイドルオタクのおっさん、俺の事を逐一母さんに報告してるな。いや離れて暮らす家族としては当然の行為ではあるんだが。
「萌絵さんと……お母さん……二人とも全然アラフォーに見えない……すごい」
「萌絵さんとママの気が合ってよかったねーリョウ君」
「全然良くない……何でユカは喜んでるんだ?」
「それは、ほらっ! お互いの親が仲いいと子供にとっても都合いいじゃない?」
「まぁ遊びに行く時とか話しを通しやすくはなるか? 相手の親と知った仲なら心配事も減るだろうし」
いわゆるママ友ってやつだ。親同士のネットワークを通じて色々と情報交換する恐ろしいシステムにうちの母親が加わってしまったのである。
これは由々しき事態だ。なにせこんな人だ、ユカたちの母親についうっかり変なことを言い出したりするかもしれない。
「ところでミカちゃんとユカちゃん、どっちがお嫁に来てくれます~?」
「ブゥー!!!!」
言ったそばから何いってんだこの若作りアラフォー子持ちユーチューバーおばさん!
いきなり相手の娘を嫁に要求するやつがいるか! バカじゃねえの!?
思わず飲んでたコーヒー吹いたわ! こういうこと言うから油断ならねえんだよな……。
「私としてはミカちゃんのような可愛くて保護欲が湧く子もいいけど、ユカちゃんみたいに明るくてしっかり者な子も娘に欲しいわぁ!」
「かわいいだなんて……にゅふふ……照れます……」
「ええっ!? ユ、ユカがリョウ君のお、おお、お嫁さんって……!!」
「母さん……! 変なこと言うなよ! あの、違いますからねミユさん! 俺とミカやユカは別にそんな関係じゃないですから! この人の話を真に受けないでくださいね?」
ミカは照れてるしユカは顔真っ赤にして慌てているけど、決してマジで受け取ってないと信じたい。
これはあれだ、美人な人に向かって『うちの息子の嫁に来てほしいわぁ』っていうおばさんトークなんだよきっと。
ミユさんもきっとそれを分かってくれるはず。そうに違いない……!
「ミカはお嫁に出すには女子力がちょっと足りないですねぇ。今のままだと亮君に家事を押し付けちゃいそうで心配だわぁ」
「ミカ……最近お手伝い頑張ってる……よ!」
「そうね、ミカは好きな人のためなら苦手なことも克服出来るような子よ」
「にゅふふ……ミカ褒められた……」
ミユさんが優しい手付きでミカの頭を撫でる。それに反応して、ミカはとても幸せそうに笑っていた。
いつかミカが俺にやったナデナデは、もしかするとミカなりにミユさんの真似をしていたのかもしれない。
「ユカは器用な子で家事も一通り出来ます。がんばり屋さんだし、亮君のために色々してやれるんじゃないかしら。でもこの子、器量が良すぎて相手が萎縮しちゃうかもしれないから、相手との相性は大事ですね」
「ママ! ユカ、リョウ君との相性バッチリだと思うよー! この前占いで相性99%って出たし!」
「占い? ユカ、その相性ってもしかして俺との相性……?」
「わ、わー! 今のは聞かなかったことにしてー! リョウ君忘れてー!」
「こんな風に一人で突っ走っちゃうところがある子なんです。でもどちらも亮君と上手くやれると思いますよ」
ミユさんは俺の顔を見て微笑み、断言する。
「この短い時間お話しただけで、亮君が思いやりのあるいい子だって分かりました。うちの子たちとも分け隔てなく仲良くしてくれているし、どちらとくっつくとしても幸せにしてくれると思っています」
「良かったわね亮ちゃん! ミユちゃんからお墨付きが出たわよ!」
母さんは嬉しそうに俺の肩をバシバシと叩いてくる。見た目は若いのにこういうところがババ臭いんだよなぁ。
配信でよくボロを出さずに済んでるなと逆に感心するわ。
というか、なんかいい感じの雰囲気になってるけど、一つだけ言いたいことがある。
「だから俺と二人の間に男女のあれこれとかないっつーの! 人を恋愛目当ての種馬扱いしやがって! あれか? 男女の間に友情は成立しませーんってか? 美少女に近づく野郎は全員、下心アリアリのアリって言いたいんですか? んなわけあるかー! 俺は正真正銘陰キャオタクでぼっちで童貞のチキン野郎だっつーの!」
はぁ……はぁ……言いたいこと全部吐き出してやったぜ。
息継ぎなしで叫んだせいで呼吸が乱れて苦しい……。早口でまくしたてるオタクの悪い癖が出てしまった。
最近事あるごとに悪癖が漏れ出してるけど、逆に陰キャオタクには良い癖ってあるのだろうか。
しかしこれだけ言ってやったのだ。母連中の勘違いも訂正出来ただろう。
「こんな風に照れ隠しでムキになっちゃう子ですけど、よろしくおねがいしまーす♪」
「あらあら、思春期の男の子って感じですねぇ。夫の若い頃を思い出しますぅ♪」
全然誤解とけてないし!?
「りょう君……ミカもりょう君のこと大好き……です。これからもみんな、仲良くやっていこうね……」
「男女の間に友情は成立するのか……かぁ。ユカにとっては凄く難しい問題かも……」
「うう……母親連中がこんな調子の中、二人だけが俺の味方だよ……」
涙目になってコーヒーを啜る俺を、ミカとユカがそれぞれ片手で頭を撫でてくれた。
傷んだ心が癒やされていって嬉しいんだけれど、母親たちがニヤニヤしてるのがムカつくので止めて欲しい。
はぁ……やっぱり保護者同士が知り合うのなんてろくなことがない。




