第41話 ユカと電話越しのペアカップ
『あははー大変だったねー』
「笑い事じゃないんだぞ。お前んちの母さん娘に何作らせてるんだ」
『ママも若い頃、パパを落とすのに必死だったらしいしねー。結婚したのも、パパの胃袋を掴んだのが決め手になったみたい』
やはり朝倉家の料理の上手さは母親譲りだったのか。
ユカの母親だけあって、家事全般が得意だったりするんだろうな。
「ミカの料理の腕前は確かに上がってたよ。でもニンニクとすっぽんのせいでやばいことになったから、作る品目には気をつけてほしい……いや美味しかったんだよ?」
『ふーん。ねぇリョウ君、ユカが作ったオムライスとミカちゃんのお弁当、どっちが美味しかった?』
「ええっ!?」
何その地獄のような質問。ユカに質問されている以上、ユカのオムライスの方が美味かったとしか答えようがないじゃないか。
しかしそれだとミカの弁当を貶めるみたいで何か悪いし、どっちも美味しかったって答えるのは駄目か?
ユカのやつ、どういう意図でこんな質問をしてきたんだ。姉の料理とどっちが上かなんて聞いてくるなよ……!
『ユカが心を込めて作ったふわふわオムライス、美味しかった?』
「ああもちろん……! 店で食べるような味だったよ……」
『じゃあミカちゃんが作ったお弁当はどうだったかなー?』
「濃い味付けで米が進んで美味しかったですけど……!」
『じゃあ、どっちがリョウ君好み?』
ひぃぃい!! 電話の向こうから威圧感を感じるのは俺の気のせいですか~!?
答えなきゃ駄目か。駄目なんだろうな。駄目ですねこりゃ。
このまま話題を逸らしたって、ユカのことだから追求してくるだろう。
「ユカの……オムライス、かなぁ……?」
『…………』
「あ、ミカのは弁当だし冷めてたからね!? どっちも美味しかったんだよマジで! あえて言うならユカの方かなってだけで!」
あかん、口から言い訳しか出てこない……!
というかミカにフォロー入れてるつもりが、これじゃあどっちつかずのクズ野郎みたいじゃないか。
でもどちらか一方を上げて、もう一方を下げるなんてやりたくないんだ。分かってくれユカ!
『そっかー! やったー、ママの料理に勝ったー!』
「……ん?」
『ミカちゃんから聞いてると思うけど、あのお弁当ってほとんどママが作ってるの。もちろんミカちゃんもいっぱい頑張ったけどね』
「お、おお……本人も言ってたなそんなこと」
『ママって料理上手だから、ユカも負けたくない~! って思っててさー。そっかーユカのオムライスの方が美味しかったかーえへへっ!』
な、なーんだ……。怖い質問してくるなと思ってたけど、ユカが母の味を超えたいって思ってただけか。
よかった、これで姉妹仲が険悪になったりしたらどうしようかとヒヤヒヤしたわ。
とりあえずコーヒーでも飲んで一安心。
「ズズズ……」
『あれ、リョウ君今飲み物飲んでる?』
「悪い、聞こえちゃったか」
『ねぇ、ひょっとしてあのマグカップ使ってるの?』
「うん。二人の誕生日に贈ったペアマグの片割れ。ミカのマグとセットになってた紺色のやつ使ってるよ」
二人の誕生日に贈ったペアのマグカップ(つまり合計4つ)の内、ユカのセットに入っていた水色は朝倉家に、ミカのセットに入っていた紺色のマグは俺の家に置くこととなったのだ。
それからというもの、俺はこの紺色のマグを愛用している。
誕生日プレゼントとして選んだだけあって、中々使い勝手が良くて気に入っている。
『コーヒーかぁ……ちょっと待っててね!』
スマホがテーブルに置かれる音が聞こえたまま、無音の時間が続く。
ユカも飲み物が欲しくなったのかな? 結構長い時間通話してるもんな、そりゃ喉も渇くか。
『おまたせー♪ ユカもコーヒー入れてきたよー』
「どうせミルクと砂糖入れてるんだろ? 通はブラックで飲むもんだぜ」
この苦味を平気な顔して飲むことで、自分が他人より大人な感じがするのだ。
どう見ても完全に厨二病ですありがとうございます。
……いやいいんだよ、好きで飲んでるんだから。
別に漫画のキャラに影響されたとかじゃないからな!
『リョウ君知ってるー? 海外だと砂糖を入れててもブラックコーヒー扱いなんだよー。むしろ何も入れずにそのまま飲むのって珍しいんだってー』
「へ、へーそうなんだ」
マジか、今度から砂糖を入れて飲むことにするか……。
『ユカもコーヒーの準備出来たし、かんぱーい!』
「いや乾杯て。リモート飲み会かよ」
『まぁまぁ、そう言わずにキューっと行っちゃってくださいよー』
「どんなノリなの? 飲み会の幹事なの? やりたくもないのに押し付けられた新入社員なの?」
『意味分からないボケはいいから、せーので飲もうよー』
ボケじゃなくてツッコミのつもりだったのだが……。
いや確かに分かりにくいというか、大して上手くもなかったけどさ。
俺はそれ以上ツッコまず、とりあえずユカの言葉に従うことにした。
『それじゃあいくよー。……せーのっ』
「ズズズ……」
『んっ』
電話越しに聞こえてくるユカの息遣いに、耳の奥がくすぐられるような感覚になる。
コーヒーを飲むだけでも俺とは大違いだ。品があるというか、色気のある飲み方なのが音だけでも分かる。
「ズズ……あの~ユカさん。くっそ地味でシュールな絵面になってると思うんですけど、何なんですかねこれ」
『んーん。なんでもない! ただユカがやってみたかっただけーえへへー♪』
「はぁ……」
ユカは飲み会に憧れでも抱いてるのだろうか。
あんなもの会社の外でまで気を使って、酒の勢いで悪ノリして絡んでくるやつもいてロクなもんじゃないぞ。
全部父さんからの受け売りだけど。俺は間違いなく馴染めないだろうな。
『あのね、リョウ君』
「あん? 今度は何だ」
『今ユカが使ってるの、リョウ君から貰ったカップだよ』
「お、早速使ってくれてるのか。嬉しいよ」
『ペアカップだね』
そりゃ元々二つセットの商品だからな。
『同じマグカップを使って、同じタイミングで同じ飲み物を飲んで……なんか、ドキドキするね』
「っ……。そ、そう……かな?」
『うん。ユカはこうしてると、リョウ君と一緒にいるみたいでドキドキしてる……』
そんな事を言われてしまうと、今俺が使っているこのカップと同じものを、電話の向こうでユカが使っている姿を想像してしまう。
ペアのマグカップで同じものを飲んでいる俺とユカ。確かに同じ生活空間にいるかのような、不思議な感覚を味わってしまう。
「そ、それじゃあまだ試験勉強もあるし電話切るぞっ!」
『あ、待ってリョウ君。……おやすみ、勉強頑張ってね』
「う、うん。ユカも無理しないようにな。あとその……おやすみ」
通話が切れた後も俺はLIMEのユカの名前をしばらく見つめていた。
そしてマグカップに入ったコーヒーを飲み干し、気合を入れ直して机に向かうのだった。




