第30話 双子の誕生日、プレゼントを贈った
ミカとユカのお姉ちゃんごっこのせいでその後の授業に全く集中できなかった。
気付けば放課後になっており、俺はぼーっと校門の外に立っていた。
あの二人にはきっと時間をふっとばす特殊能力でもあるに違いない。
「リョウ君おまたせー。いやーうちのクラス、ホームルームが長くて嫌になっちゃうよねー。先生の話がすっごく長いの」
「ご、ごめんね……ミカのクラスも……終わるの遅くなっちゃった……」
ユカが不満そうに頬を膨らませている。その後ろにミカが申し訳無さそうな顔をして謝ってきた。
別に何時間も待たされたわけではない。気にする程の事じゃないだろう。
「あのね……ユカちゃん……クラスの友達にいっぱいお祝いされてたの……。ユカちゃん……やっぱり人気者……ミカ、嬉しい……」
「へぇ、やっぱり学校一の人気者なだけはあるなぁ。ミカも誰かにおめでとうって言われたりしたか?」
「あぅ……ミカは……誰にも誕生日って……気付かれなかった……」
「そ、そうか……なんかごめん」
良くないこと聞いてしまったか。しかし落ち込むことはないぞミカ。少なくとも俺はミカの誕生日を祝ってるからな。
俺なんかに祝福されても嬉しくないだろうけどさ。
「まぁ、ミカの誕生日を俺が独り占め出来るって考えたら悪い気しないな」
「おぉ……逆転の発想……! そう思ったら……ミカ寂しくない……にゅふふ……」
「俺だけじゃない、ユカだっているしな。まだまだ誕生日は終わってないぜ、これから盛り上がろう!」
「うん……! 今夜はパーリィーナイト……!」
「流石に明日も学校あるし、オールは無理だけどね」
明日が休みだったら夜通し盛り上がったかもしれんが、俺たち高校生だしな。
そもそも男子と夜まで遊ぶなんて二人の親が許さないだろう。俺自身は至って無害だと自負しているけど。
「ミカちゃんーリョウ君ー! おいてっちゃうよー!」
「ああ、今行くよ。さ、行こうぜミカ」
「うん……!」
先に行ってるユカを俺とミカは追いかけた。
さていよいよ本番だ。プレゼントを渡すタイミングは慎重に考えないとな。
◆◆◆◆◆
「ハッピーバースデーミカちゃーん! そしてユカもー! いえーい♪」
俺の部屋にクラッカーのパンという乾いた音が響く。
クラッカーって一瞬でごみになるから片付けるのが面倒なんだけど、今日くらいはいいだろう。
実際いかにもパーティらしい雰囲気になっていいと思う。まあ百均で買った安物なんだけどね。
「改めておめでとう二人とも。ほらさっき駅前で買ってきたケーキ、好きなの食べていいぞ」
「チョコにモンブランにティラミスタルト……リョウ君の趣味全開って感じだねー」
「いちごのショートケーキ……ないの?」
「こ、細かいとこツッコむなよ! 別にいいだろ誕生日にいちごのショートが無くたって!」
二人を驚かせようとケーキを買ってきたはいいものの、そう言えば二人の好みを聞くの忘れてた……とは言えない。
こういう段取りの下手さが陰キャなんだよなぁ。だが俺にしては頑張ったのだよこれでも。
それにいちごのショートケーキが一番好きなんてやつ、そんなにいないだろ。あれってプレーンな味でつまらないじゃないか。
完全に偏見だけどね。というか言い訳だな、うん。
「それじゃあミカ……モンブランがいい……」
「あっ俺が食べようとしてたやつ」
「ええっと……りょう君……食べる?」
「いやいいよ、今日は二人が主役なんだから好きなの選んでくれ」
「にゅふふ……それじゃあ……これ、貰うね……。実はモンブラン……大好き……です」
うう、一番高いケーキを取られてしまった。いや文句は言うまい、ミカが美味しそうに食べてくれれば俺も本望だ。
しかしミカもモンブランが好きなのか。とことん俺と好みが合致するな。もっとも、この三つのケーキはどれも俺の大好物なのだが。
「それじゃあユカはティラミスタルトー! えへへーおいしそー☆」
「おわっ次に狙ってたやつ取られた!」
「ふふーん、リョウ君が好きそうなの選んじゃったー。ユカの予感的中って感じだねー」
「こいつ俺の脳内を勝手に……!?」
まさかユカのやつ読心術を身に着けたというのか。いやそんなわけあるかい。
しかし俺の好みを予想して見事当てるとは、ユカの洞察力は鋭いな。
どうでもいいけど俺が食べることになったチョコケーキは一番安かったやつだ。
これも十分高いけど、二人が選んだケーキに比べると少しだけ安い。
まぁ値段で味が決まるわけじゃないから気にしない。チョコケーキだって俺の好物だし嬉しいさ。
くぅ……目の前のケーキに思わずヨダレが出てきそうだ。そんなアニメみたいな分かりやすいリアクションしないけどね。
ケーキを皿に取り分けてローソクを刺す。ホールのケーキじゃないから見栄えは微妙だが、これも悪くない。
店員に『あの、友達の誕生日なんで……ローソク二本ください』って言うのが恥ずかしかったのは俺だけの秘密だ。
「ほい、ローソクに火つけるぞ」
ローソクに明かりが灯り、部屋の電気を消す。すると、一気に誕生日ですという雰囲気になる。
こんな風に誰かの誕生日を祝うのは初めてだ。なんかテンション上がってきたぞ。
「ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデートゥーミー♪ ハッピバースデーディアミカちゃんとユカー♪」
「ハッピバースデー……トゥー……ユカちゃん……♪」
え、これ俺も歌ったほうがいい感じ?
女子の前で歌うのって恥ずかしいな、でもここで歌わなかったら余計駄目な気がする。
ええい、死なばもろとも! 歌ってやらァ!
「は、ハッピバースデーミカユカぁ~♪」
「「「ハッピバースデートゥーユー♪」」」
「ふぅー!」
「ひゅぅ~……ううぅぅぅ……! ふゅ~……ぅぅぅぅ……!」
二人がローソクの火に息を吹きかける。ユカは一瞬で火を吹き消したが、ミカの方は数秒かかった。
こんなところで二人の肺活量の差を目の当たりにするのとは……。
それにしてもミカよ、ローソクに苦戦するのは流石にどうかと思うぞ。
部屋の電気を点けると二人は満面の笑みを浮かべていた。
「えへへ……」
「にゅふふ……」
「どうしたんだ……? 二人して黙り込んじゃったりして……」
はっ……もしや俺の歌がそんなにおかしかったのか!? 確かに歌に自信はないが目の前で苦笑されたら流石に傷つくぞ……?
しかしそんな俺の考えは見当外れだと二人の笑顔を見て気付く。
ミカもユカもとても柔らかい笑みを浮かべている。心から喜んでそうな表情だと分かる。
「ミカね……こんな風にりょう君からお祝いされて……とっても嬉しい……。りょう君と……友達になれて……本当によかったって……思います……」
「ユカもおんなじ気持ちだよ。リョウ君、ユカたちのために色々準備してくれたんだよね。こんなにユカたちのこと大事にしてくれてるんだなって思ったら、なんだか嬉しくてつい笑っちゃったー……」
「ま、まあ俺も二人には世話になってるからな。これくらいするのが当然だろ。そ、そんなことよりケーキ食べなよ」
「うん、じゃあいただきまーす! んんっ!」
「あまい……おいひい……」
ほっ。よかった、二人の口に合うみたいだな。これで微妙な反応だったら階段から転げ落ちるところだぜ。
俺がチョコケーキを口に運び一安心していると、ミカが俺の方をじっと見つめてきた。
食ってるところを見られると気が散るのだが……一体どうしたミカ。
「りょう君……モンブラン……好きなんだよね……。はい、あーん……」
「っ!?!?」
なん……だと……?
これはまさか伝説の『美少女からあーんされる』じゃないか。実在していたのか。
いや落ち着け、クールになれ俺。こんなオタクの夢みたいなシチュエーションが俺に訪れるはずがない。
きっと夢に違いない。目を閉じて心を落ち着かせよう。次に目を開けた時は夢から覚めているはずだ。
ほら……!
「りょう君……あーん……?」
やっぱり夢じゃなかった!?
「むぅ……りょう君……モンブラン好きじゃないの……? 美味しいから……一口わけてあげようと……思ったのに……」
「い、いや大好きだよ。一番好きって言っても過言じゃないくらいっ!」
「じゃあ……んっ」
ミカは俺がモンブランを一口食べるまで譲らないといった様子だ。
これはもう覚悟を決めるしか無いのか。全国の陰キャ同士よ、すまん……!
「あむ……!」
「んふふ……美味しい……でしょ?」
「あ、ああ……めっちゃ甘い」
正直味なんてわからない。ただ俺の心が物凄く甘酸っぱい状態になっているのは確かだ。
どうしてだろう、俺の脳裏に青春という二文字が浮かぶ。いやこんな青春甘すぎて胃もたれするわ。
アニメだと割とよく見る光景だけどあいつらおかしいわ。こんなの恥ずかしくて逃げ出したくなるもの。
「…………」
「ん、どうしたユカ」
「ね、ねえリョウ君っ。ユカのタルトも一口食べてみる?」
「いや別にいいよ」
今ろくに味わかんないし、これ以上俺の脳に負荷をかけないでくれ。
「えぇー! なんでー! ミカちゃんはオッケーだったのにユカはダメなのー!?」
「いやそういうんじゃなくてだな……」
「じゃあユカのも食べてよー! はい、あーん!」
「うぐ……」
ミカの天然そうな『あーん』も凄かったが、ユカの照れた表情から繰り出される『あーん』もまた破壊力が高い。
照れてるならやらなくていいんじゃないかと言いたいけど、ユカも結構頑固だからな。言っても聞かないかもしれん。
それにユカほどの美少女から『あーん』される経験など今後二度と無いかもしれない。そう考えると自然と体が動いていた。
「あむ……う、うん……こっちも美味しい……」
「えへへ……あーんしちゃった……!」
「ん? なんでユカが喜んでるんだ?」
「べ、別になんでもないよ! あーケーキおいしいねーミカちゃん」
「…………?」
よく分からないけどユカが喜んでるならいいか。俺もこうしてパーティを開いた甲斐があるというものだ。
「ふぅ……おいしかった……ミカ……満足……」
「ねー。リョウ君のチョコケーキも甘さ控えめでよかったー」
「おのれ……二人で俺のケーキ半分以上食いやがって。っと、いけないいけない。ケーキ食い終わった後に二人に渡すものがあるんだった」
俺は梱包された二つの箱を取り出し、二人に手渡す。
「その、俺からの誕生日プレゼント的なやつ……。気に入るか分かんないけどさ……」
「わぁ……」
「ありがとー! ねっ、開けてみていい?」
「お、おお……あんまり期待するなよ」
二人は丁寧に包装を剥がしていき、箱の中身を取り出した。
「これは……」
「ペアのマグカップ……?」
「この前ショッピングモール行っただろ? その時に見つけていいなって思ったんだ。ユカは可愛くて明るいピンクのイメージにぴったりだし、ミカは落ち着いてキレイな薄紫な感じが嵌ってるかなって」
「か、可愛いだなんてそんな……えへへ」
「ミカが……き、きれい……? えっと……あぅぅ……!」
一応弁明しておくけど色の話だからな……?
俺が本人を目の前にしてド直球に可愛いとか綺麗とか言えるわけ無いだろ。陰キャオタクやぞこっちは。
「でもリョウ君、このもう一個のマグカップはなにー? ユカにもミカちゃんにも青のマグカップがセットになってるよー」
「それはだな……まぁぶっちゃけると、単品で売ってなかったからセットで買わざるを得なかったと言うか……。本当は一個ずつ贈りたかったんだけどなぁ」
ユカのピンクのマグカップには水色の物が、ミカの薄紫のマグカップには紺色の物がセットとなっている。
店員に聞いてみたらどうもメーカーにも単品での注文は出来ないらしく、どうしてもセットで買うしかなかったのだ。
箱から取り出してそれぞれ一個ずつ手渡そうとも考えたが、それだとお古をあげるみたいで格好がつかないしな。
「最後の最後ですまん……! その二つは二人の両親にでも使ってもらえれば……」
「うーん、この水色……リョウ君にぴったりな気がする」
「んん?」
ユカさん何を言い出すのかな? 俺がそんな爽やかな水色、似合うわけないじゃないですか。
パステルカラーなんて俺のイメージとは程遠い。俺には明度の低い茶色とか灰色とかがお似合いだ。
「うん……この紺色も……りょう君って感じが……する……」
「んんん?」
ミカさんよ、お前まで何言ってるの?
俺に紺色なんて渋くてかっこいい色は合わないって。
いや好きだけどね紺色。小学校の裁縫箱とか紺色のドラゴンのやつ買ったしさ。
俺の困惑など他所に二人は顔を見合わせて首肯する。おい双子特有の意思疎通やめろ。
俺はエスパーじゃないんだぞ、二人の考えなんて分からないんだ。勝手に納得するな。
「こっちの水色のマグカップはユカたちの家に置いて」
「紺色のマグカップは……りょう君の家に……」
「ど、どゆこと?」
え、返却されるんです? クーリングオフです? 誕生日プレゼントを返却されるってかなり悲しくないか。
「ユカたちの家にリョウ君用のマグカップとしてこれを使おうってこと!」
「それで……こっちのマグカップは……りょう君がお家で使って……。これで……ミカたちとりょう君の……ペアマグカップに……なるよね……」
なるほど。二人にそれぞれ渡したペアのマグを両方俺用にすることで、ミカと俺、ユカと俺のペアになるということか。
ははは、こりゃ一本取られたな。二人とも頭やわらけー。
……ってちょっと待て!
「二人の家に俺のマグ置くってことは、その……」
「うん、今度うちに遊びに来てね!」
「いつもはりょう君のお家で遊ぶから……今度はミカたちが……おもてなし……!」
「えーと、考えておきます……」
学校一の美少女のお宅訪問なんて、他の男子に殺されやしないだろうか。
というか二人の父親にも殺されそうな気がする。こんな陰キャが娘に近づくなど許さん! って殴られそう。
近いうちに遺書でも書いておこう。
こんな感じで二人の誕生日は無事(?)幕を閉じるのだった。
ミカとユカの二人に出会ってから一ヶ月以上が経ち、少しだけ二人との距離が縮まったと感じることが実感出来た。
これからも二人と仲良く、そして楽しい日々を送っていければいいな。そう思う俺なのであった。




