第25話 双子の姉と映画デートした
映画館の前で俺は自分の服装がおかしくないか、不自然なくらいチェックしていた。
ダサくないよな、大丈夫だよな? 寝癖も直したし、変に思われないよな?
なぜ俺がこんなに情緒不安定な子供のようにソワソワしているのかと言うと、今日はミカと映画を見ることになっているのだ。
話は昨夜に遡る。
俺がアニメを見ていると、ミカからメッセージが届いた。
あいつから送ってくるなんて珍しいなと思いつつLIMEを開くと、その内容に思わずお茶を吹きこぼした。
『明日、映画見に行きませんか?』
「こ、これってまさかデートの誘いじゃ……いや自意識過剰だな。きっとユカと見に行きたかったけど、急遽ユカの予定が変わったとかに違いない。代役に俺を誘ってるだけさ」
震える手でコップを持っていると、ミカのメッセージの続きが送られる。
『“萌えない彼女の愛し方”ってアニメなんだけど、りょう君知ってるかな』
「あ、俺の好きなアニメじゃないか。オタク男子と美少女のラブコメアニメ! 同じオタクとして憧れるような内容だったなぁ」
数年前にアニメ二期を放送して、今年ついに完結編を映画でやるんだったか。
そうか、ついに明日公開されるのか。気付いたら、猛烈に見に行きたくなってきたぞ。
「えっと……『あれ好きだったよ。割引されるんなら、行こうかな』っと。送信っ」
俺の肯定的な返事に、ミカは嬉しそうにしていた。
絵文字やスタンプをたくさん使い、喜びの舞を踊っている。
この『わーい!』って台詞、本人は絶対言わないよな。
『明日午後二時に映画館前、待ってます』
ミカの言葉に、俺は親指を立てている漫画キャラのスタンプで答えた。
その後、映画館のサイトを調べてみると、大きな文字で『明日はカップル割引!』と書かれているのを見て、再びお茶を吹きこぼしたのだった。
そして今に至る。
ミカはそのつもりは無いかもしれないが、俺は変に意識してしまう。
だってカップル割引だぞ。それはつまり、俺とミカは恋人ですと公言するようなものじゃないか。
いや分かってるさ。カップル割なんて、男女のペアだと安くなるというだけだろう。
だが陰キャの俺には、その言葉はあまりにも毒だ。
カップルなんていうのは妬みの対象でしかなくて、自分がそのカテゴリに含まれることなんて考えたこともなかったからだ。
要するにまぁ、陰キャオタクの自意識過剰キモってことだ。
「りょう君……なにしてるの……?」
「うわっ! ミ、ミカ……いつからそこに!?」
「今……来た……。ごめんね……ドキドキして……あまり寝られなくて……寝坊、しちゃった……」
「い、いや大丈夫だって。俺もその、さっき来たばっかりだしさ」
嘘である。本当は30分前には到着していた。
でもアニメとかでこういう待ち合わせのシーンってあるじゃん。そういう時、待ってた側は決まってこんな事言うだろ?
俺もつい無意識にアニメみたいな台詞を言ってしまったわけだ。
実際、相手に気を使わせないためにもこの台詞が正しい気がする。
「それじゃあ、行くか」
「うん……にゅふふ……とっても楽しみ……」
駅前の映画館は最近改装したらしく、チケットの購入方法が券売機に変わっていた。
これはオタク的には嬉しい。口にするには恥ずかしいタイトルのアニメも多いからな。
それを店員に言わなくて済むっていうのは、かなりの改善だ。
「前は……チケット買うのも……怖かったけど……楽ちん……!」
ミカはチケットを握って、口角を上げる。
最近ミカの表情が豊かになっている気がするが、俺の気のせいだろうか。
それとも、ミカのことを知っていくことで、僅かな表情の違いを感じ取るようになったのか。
「もう入場できるみたいだな。早速行くか」
「うん……!」
◆◆◆◆◆
『俺は、お前じゃないと駄目なんだよ!』
『もう、どこにも行かないでね』
最高だ……! テレビでは結ばれなかった二人が、ついにカップルになった!
しかも最高の作画で、最高の音楽が流れながら、最高の演技で告白した。完璧すぎるぜ。
ああ、俺もこんな風に可愛くて優しい美少女と恋がしたいな――なんて柄にもなく考えてしまう。
まぁ現実的に考えてあり得ないけどな。オタクと美少女のラブコメなんて所詮フィクションだ。
このアニメの主人公はオタクだけど、顔は整ってるし行動力もある。そりゃ美少女とくっつくだろうさ。
普通に考えたら、陰キャと美少女じゃ接点が無さ過ぎて、恋に落ちるわけないもんなぁ。
劇場を出ると、隣からすんすんと鼻をすする音が聞こえた。
「うゆぅ……よかったね……よかったね……」
「ミカ、めっちゃ泣いてるし……」
「だって……5年かけて……ようやく結ばれたんだもん……」
「それはアニメ一期から劇場版までの現実の時間だろ。作中だと一年も経ってないって」
作中時間がビックリするほど遅い作品ってあるよね。
数十巻もある漫画が、実はほんの三ヶ月程度のお話だったりするし。
そんな短期間で劇的に成長した主人公たちを見ると、何の変化も無い自分が悲しくなる。
やっぱり、変わろうとして変われるから主人公に選ばれたんだろうな。
特別な人間じゃなければ、そもそも画面に映りもしないだろうし。そう考えると、俺は完全にモブだな。
「あの主人公、かっこよかったな」
「うん……」
オタクだけど、やりたいことに向かって頑張るようなキャラだった。ああいう眩しさは俺には無い物だ。
「あのキャラ……りょう君みたいだった……」
「え……」
ミカが不思議なことを口にした。
俺が主人公に似てる? どこがだよ。陽のオタクと陰のオタクで真逆だぞ。
「女の子に……優しいところとか……アニメの話、いっぱいしてくれるところ……」
「それ割とクソ男じゃない?」
アニメ好きで女には甘いって、典型的なキモオタじゃん。いや否定しないけどさ。褒められているんだろうか。
「少なくとも……ミカは好き」
「お、おう……」
「あぅっ……! しゅ、主人公が……だよ!? キャラ的に……好きってだけで……!」
「分かってるって。別に勘違いとかしてないから」
「そ、そう……」
何故そこでしゅんとなっちゃうのだろう。まるで勘違いして欲しかったみたいじゃないか。
しかしミカの趣味も中々変わってるなぁ。オタク男子に嫌悪感抱かないなんて、聖女か何かか。
そのおかげで俺もミカと友達になれたんだし、ある意味ミカの趣味に感謝だな。
「好き……だよ……」
ミカはもう一度そう言った。本当に主人公のことを気に入ってるんだな。
俺たちはその後、映画の感想を語り合った。
俺の言葉に頷きながら、ミカは嬉しそうに笑う。
実を言うと、その姿が映画よりも印象に残ったのだが……これは語らないでおこう。




