第113話 嗚呼逃避行~ミカと街から飛び出してみた~
私は気付いてしまいました。
大好きな妹に抱いているのは劣等感だと。
私は願ってしまいました。
一つくらい完璧な妹に勝てるものが欲しいと。
私は抱いてしまいました。
好きという感情を。
もしこの気持ちを利用して妹に勝てたらと。
私は理解ってしまいました。
自分がどうしようもないほど醜い人間なんだと。
◆◆◆◆◆
「ミカのやつ、平日の午前中にこんなところで何してんだよ……」
駅についてから俺はミカの姿を探した。
さっきの電話からすると、駅のホームにいるはずだ。
もしあれから動いていないのなら、きっとこの駅のどこかにいる。
が、俺は滅多に電車なんて乗らないので3番のホームくらいしか使ったことがない。
しょうがないじゃない。数ヶ月に一度、アニメショップに行くくらいしかこの街を出ないんだもの。
毎日電車通勤をしていらっしゃる社会人の皆様には頭が下がるばかりだぜ。
俺も数年後にはあんな社会の歯車になってしまうのだろうか。いやむしろ規格外として検品段階(就活)で弾かれそうだわ。
しかし今は将来のことに不安になる場合じゃない。ミカを探し出さなくちゃいけないんだ。
俺は切符を買って改札口を通ると、一旦いつ使っている3番ホームに降りてみた。
そこから周りを見ると、遠くのホームにベンチに座っているミカの姿を発見した。
「あ、いた! よかった見つかった! これで電車に乗ってどっか行ってたら諦めてたところだったぞ」
俺は階段をダッシュしてミカのいるホームまで駆け込む。
帰宅部にこんな重労働させやがって。もう足がパンパンやぞ。明日筋肉痛確定だわ。
体育祭の疲れも先週やっと無くなったばかりだというのに、また筋肉痛に悩まされるのは勘弁だって。
俺は脚がバキバキになるのなんて望んでないし。
あ、最近の二次元美少女の太ももムチムチブームは最高だと思います。
「ミカ、探したぞ」
「りょう君……遅かったね……」
「これでも飛ばしてきたんだけどな」
主にバスが。
俺は駅に入ってからしか走ってないのは秘密だ。
「お前、こんなところでサボって何してんだ? 逃避行でもしたくいなったのかよ」
「逃避行……いいね……それ」
「いやいや冗談だぞ? 別に本気で逃げ出そうだなんて思ってないだろ。たかがキスの件を誤魔化したのがばれたくらいでさ」
「それくらい……りょう君にとってキスって……“それくらい”で済むようなもの……だったんだ」
「そ、それは言葉の綾というか。つーか真面目に聞いてるんだから答えてくれよ。俺の揚げ足取りなんてしてないでさ」
「そうだ……ね。ちょっといじわるしちゃった……。だってりょう君、ユカちゃんにキスのこと話したんだもん……それってずるいよ……。言わないでって……言ったのに……」
ミカは責めるような眼差しで俺を見る。
いつもは見せない攻撃的な(それでも弱々しいが)視線に俺は一歩後ずさる。
確かに友達から秘密の約束をされたのにそれを破ってしまった俺は酷いやつなんだろう。
でもそれを言うならそもそもミカが嘘をついたのが原因なのだ。バレるのが嫌ならもうちょっと用意周到にやるべきだったな。
逆転〇判をやった俺にはミカの杜撰な計画なんてまるっとお見通しなのだよ!
「ミカ……ユカに話したことは謝るよ。自分に内緒で妹にデリケートな話題を振ったのはちょっと駄目だったかなって思う。でもそれはミカが俺に嘘をついたからだ」
「………………」
「別に隠し事の一つや二つ、友達同士ならするだろうけどさ。ミカがついた嘘は俺には全然理解できないんだ。なんであんなことを言ったのか、ちっとも分からないよ」
「そっか……りょう君には……わかんないか……」
ミカはどこか寂しそうに笑うと、ベンチから立ち上がり白線の手前まで歩いていく。
駅のホームには電車の到着を知らせるアナウンスが鳴っていた。
「どこに行くんだ?」
「さぁ……? 知りたい?」
いや別に興味はないが。ただ迷子にならないか心配だなーと。
だってミカのことだし知らない電車に乗って知らないところに行っちゃいそうだし。
「知りたいなら……嘘の理由を知りたいなら……この電車に乗ってくれたら教えてあげる……。乗っちゃったら今日中には……帰ってこれないかもね……」
「マジで言ってるのか……。明日は小テストがあるし、そろそろ中間テストが近づいてるんだぞ。二日連続でサボりなんてかなり痛いって」
「じゃあ……りょう君には教えてあげない。りょう君はやっぱり……ミカと同じだね。あと一歩が踏み出せない……そんな人」
まるで知っているかのような口ぶりで俺の内面を語るミカ。
悔しいけど図星だった。俺は未だに人間関係に及び腰だ。
ミカに告白されたのにもう二週間近く返事を保留している。
だからだろう。事実を指摘されてムキになる煽り耐性ゼロの陰キャ気質が発揮してしまった。
「え……」
ミカはぽかんと口を開けて俺を見る。
駅のホームから、電車の中の俺を見ていた。
「ほら、電車に乗ったら教えてくれるんだろ。ミカだけ乗らないなんてのは無しだからな」
「バカじゃ……ないの……。普通……こんな誘いに乗らない……よ」
「馬鹿だよ……くっそー明日の小テストは予習しっかりしてたのに……。授業も二日連続サボっちゃうことになるし、ノート見せてくれるやついるかな……」
「そんな心配するなら……どうして……」
「馬鹿だからな。学校とかテストなんかより、ミカのことが気になるんだよ。ほら、早く乗らなきゃ」
「う、うん……」
発車のメロディが鳴り始め、ミカは電車の中に駆け込んできた。
おいおい駆け込み乗車は駄目って書いてあるだろ。駅員さんに見られてたら注意されてたぞ。
幸い平日の日中ということもあって空いているのが救いか。通勤時に駆け込み乗車したらマジ絶許案件だ。
まぁ俺が遅刻しそうな場合は駆け込み乗車するけどね!
俺が先に乗ってる時に後ろからタックルされるのは絶対許さんけどな!
適当な座席に腰を下ろしてミカの顔を覗いてみる。
俺はてっきり困惑してるものかと思っていたが、意外にもその表情はスッキリとしたものだった。
どこか吹っ切れたような、そんな感情が覗き見えた。
「言っとくけどミカじゃなかったらこんな馬鹿な真似しないからな。本当何やってんだろ俺、笑えてくるわ……」
今更になって学校のことが不安になってくる。
さっきまでの勢いはどうした俺、めっちゃ後悔してるじゃないか。
「ほんと……笑っちゃうね……。だってりょう君……荷物も持たずにここまで来たんだもん……明日使う教科書とか……手持ちで持っていかなきゃね……」
「げっ、そうだった。鞄とか全部学校に置きっぱなしじゃねぇか。あー……もう知るか! ミカ、こうなったらちゃんと全部話してもらうぞ! 話を聞く権利が俺にはあるはずだ!」
「わかった……話すね」
ミカは窓の外を見ながら、ため息をついた。
それはまるで嫌な予定が迫っている時の子供のようだった。
注射の順番が自分に回ってきたみたいな、避けようのないことに対する諦めだ。
「でももうちょっと待ってて……着いたら話すから……」
「……そういえばどこに向かってるんだ? この電車」
「原点……かな」
「原点? 何の?」
俺が不思議に思い聞くと、ミカはまた切なそうに笑った。
「ミカが……ユカちゃんのこと……大好きになって……大嫌いになった場所……だよ」




