第108話 ユカに呼び止められました
「リョウ君……こっちこっち」
移動教室の途中、ふいに物陰から俺を呼ぶ声がした。
一瞬ホラー展開かと身構えたが、よく見ると物陰にいたのはユカだった。
なんだよびっくりさせやがって。てっきり見えてはいけない系の怪異かと思ったじゃねぇか。
「そんなとこでなにやってんの……?」
「いいからこっち来て……! 誰にも見つからないようにね」
「はぁ……」
よく分からないがユカの言うとおりにしよう。
こいつがこんな事をするって事は、よっぽど重要な話でもあるに違いない。
いやいつもこんな感じかもしれん。自信が無いし断言出来ん。
「で? なんだよこんな狭いところに呼び出して。はっ! まさかちょっと肌色成分多めのハプニング展開が……!?」
「そんなわけないでしょー! えっちな漫画の読み過ぎだよー!」
「いやだってこういう時ってあれじゃん? 隠れようとしてお互い密着しちゃうパターンじゃん? むしろそれ以外でこんな場所に来ないだろ」
「来るよ!? 内緒話とかするために普通に来るよ! もう、リョウ君のせいで話が進まないじゃない」
「すんません……」
でもこんな狭くて暗い場所に呼び出すユカも悪いところがあると思うの。
普通美少女とふたりっきりで閉所&暗所に隠れると、変なこと考えるのが普通じゃないか?
いや期待してるわけじゃ無いんだけどね。ユカの言うとおり漫画の見過ぎかもしれん。
ユカは周りに人がいないことを確認すると、小さく絞った声で話し始める。
「あのね、最近ミカちゃんの様子が変なの」
「ミカが……?」
「うん。前より暗くなったって言うか……前に戻ったって感じかなー」
「それっていつ頃から?」
「えっと……先週の土曜くらいだから……体育祭が終わった後かな」
それは紛れもなくミカが俺に告白した時だ。
それにしてはユカの言っていることはおかしい。だって俺が知る限りミカにそんな変化はなかった。
「俺と遊んだ時はそんなに変わった風には見えなかったけどな。ユカの気のせいじゃないか?」
「そんなことないもんっ! ユカはミカちゃんのこと生まれた時から見てきたんだよー? ちょっとの違いでもユカからすればすぐ分かるよ。絶対何かあったんだよ!」
「そ、それは……」
何かあった、というのは正解だ。ユカの知らないところで俺はミカから告白されている。
そのせいでミカの精神に変化があったのなら頷ける話だ。
しかし前に戻ったっていうのはどういうことだろう……?
「リョウ君と出会う前……ユカ以外に仲のいい子がいなかった頃みたいになっちゃったんだぁ。ユカがいっぱい話しかけてもなんだか反応が薄いし……ミカちゃんどうしちゃったんだろう」
「俺とで会う前……ミカって俺と知り合ってそんなに変わったのか?」
「大違いっ! 前は学校のことをパパやママに話したがらなかったけど、最近は毎日学校の出来事を話してたんだよー。まぁどこかの誰かさんの話題ばっかりだったけどぉ?」
ユカは含んだような言い方で俺を見る。
そのどこかの誰かさんはさぞ幸せ者なんだろうな。
ミカが楽しそうに話題に出すんだから。よっぽどイケメンで性格もよくてウィットに長けた人間に違いない。
はいはい冗談ですよ。どうせ俺のことなんだろイケメンじゃ無くて悪かったな!
「とにかくミカの様子が変ってのは間違いないんだな? この前話した時も俺には普通に見えたんだけど、ユカがそこまで言うなら信じてみるよ」
「ありがと……リョウ君に相談してよかったよー。やっぱりこういう時はユカ以外にミカちゃんのことをよく知ってる友達がいてよかったって思うねー♪」
「俺がミカのことをよく知ってる……ね」
「……? どしたのリョウ君、珍しく真面目な顔して」
「珍しくは余計だ、このやろ」
俺はミカのことをまだ知らない。そりゃこの学校の中ではユカの次にミカを知る人間かもしれない。
だけどそれは相対評価。絶対評価で言うと俺はまだただの友達にすぎない。
だからこそ告白の返事を先延ばしにしているわけだが……。
「じゃあ俺もそれとなくミカの様子を探ってみるよ。何か分かったら連絡するから」
「よろしくね。ミカちゃんの元気がないとユカも悲しくなっちゃうよー……。早く元気になって欲しいなぁ」
「そうだな。じゃあ俺は教室を移動しなきゃいけないから、もう行くな」
俺は物陰から体を出すと、そこに横から他の生徒が歩いてきた。
あぶねぇ! と反射的に体を捻ってそれを避けるも、そのままバランスを崩してしまう。
「おわっ……!」
「ちょっリョウ君大丈夫……きゃっ!」
俺を支えようと伸ばされたユカの手、それを掴むも体重差で逆にユカを引っ張ってしまう。
悲しいかな男女の体格の差。俺はそのままユカを巻き込んでその場に倒れてしまう。
やっぱりこういうシチュエーションだと何かしらトラブルが起きるんだなあ。
なんてクソどうでも良いことに感心してしまう。
「いつつ……すまんユカ。怪我はないか……はっ!?」
「う、うん平気……リョウ君こそどこかぶつけてない……っ!」
目を開くと、そこには超至近距離にユカの目があった。
鼻と鼻がくっつくくらいの距離に思わず心臓が破裂した。いやしてないけど、それくらい驚いた。
ユカの驚いた吐息が俺の鼻先に当たってくすぐったい。俺は自分の口臭を気にして無意識に息を止めていた。
いや口内環境はばっちしだけどさ。女子に息をふきかけるって何か嫌じゃん?
目を見開いたユカはまるで猫のように飛び退いた。
「あ、あははー……び、びっくりしたね……。まさかリョウ君の言ってたことが本当に起きちゃうなんてさー。あ、もしかして狙ってやったなー?」
「いやわざとじゃねぇよ!? わざとだとしたら体張りすぎだろ! スタントマンじゃねえんだぞ! 体壊すわ!」
「冗談だよ冗談っ。ほら、休み時間終わっちゃうよ? 早く次の教室行くんでしょ」
「そ、そうだった! じゃあなユカ! また昼休みにっ」
「またねー♪」
くそ、俺としたことがこんなラッキースケベ的イベントを起こしてしまうなんて。
ラブコメ主人公じゃねえんだぞ! 現代日本でラッキースケベなんて起こしたら即逮捕だわ!
これからは気をつけないとな。俺の経歴に傷が付いてしまう。
それにしてもさっきのユカ……超近かったなぁ。
なんか前にもあんなことがあったような……。
あれ、そういえばここ最近忙しくて忘れてたけど……夏祭りのあれって……結局どっちなんだ?
「そっか……もしかして俺がミカの告白に返事しなかったのって……」




