究極の雨男
私は俗に言う「雨男」だ。
運動会、各種イベントと、ありとあらゆるアウトドア関係で雨に降られている。
社会人になってからもその傾向は消えなかった。
「お前は式典には来なくていい」
高層ビル建築のプロジェクトを任され、成功させた時に上司に言われた言葉だ。
悲し過ぎて涙も出なかった。
しかし、仕方ないのだ。
私が参加する式典で雨になる確率は100パーセントなのだから。
参加しない方が、式典の進行に都合がいい。
今に始まった事ではない。
そう自分に言い聞かせた。
そんなある日、私は海外担当本部長に呼び出された。
何の用だろう?
全く面識がない人からの呼び出しに戸惑いながら、私はドアをノックした。
「入りなさい」
本部長の声に応じて、私はドアノブを回して中に入った。
「?」
そこには、恐らくアフリカの方と思われる外国人が本部長と相対してソファに座っていた。
本部長は私を見ると、満面の笑みで、
「君か、わが社期待の雨男は?」
「は?」
私は本部長の意味不明な言葉に一瞬唖然とした。
「こちらはアフリカのある国の政府高官の方だ」
「はい」
私は型どおりの挨拶をして、本部長の隣に座った。
「その国では、雨が長い間降らず、非常にお困りなのだ」
「え?」
まさか? 嫌な予感がする。
「そこでだ、君に行ってもらって、恵みの雨を降らせてもらいたいのだ」
そのまさかだった。
「わが社で進行しているダム建設計画のためにも、是非行って欲しい」
本部長は何を考えているんだ?
「雨男」の力は、そんな凄いものではない。
「そ、それは・・・」
私が断ろうとすると、アフリカの方がそれを察したのか、片言の日本語で喋りだした。
「オネガイデス、タスケテクダサイ。オネガイシマス」
その目は真剣そのもので、私は断わる気持ちを喪失してしまった。
「わかりました」
私の返事を聞き、その政府高官は躍り上がって喜んだ。
「出発は1週間後。期待しているぞ」
「はい」
気乗りしない私を他所に、本部長とアフリカの方は大盛り上がりしていた。
そして1週間後。
私は成田空港の出発ロビーにいた。
私の直接の上司である営業課長と本部長は仏頂面をして私を見ていた。
「誰がここに台風を呼べと言った!?」
本部長は怒鳴り散らした。
外は突如進路を変えた台風による大雨と暴風で、旅客機のフライトができない状態になっていた。
「いや、そうおっしゃいましても・・・」
私に責任があるというのか?
まあ、あるのかも知れないが。
「とにかく、先方には予定を変更してくれるように連絡しておく。出直すしかない」
本部長も私に当たっても仕方ないと思ったのか、そう言うと歩き出した。
「私にあまり恥をかかせないでくれ」
課長は、自分で勝手に私の事を本部長に報告したくせに、今になってこれだ。
酷い人である。
私は小さく溜息を吐き、課長の後に続いた。
本部長は一計を案じ、成田ではなく関西国際空港から出発する事を提案した。
しかし甘かった。
天気予報で台風は完全に東の海上にそれるというのを確認し、大阪に向かった。
羽田も大雨でフライトの見通しが立たず、新幹線で移動になったが、その間中大雨に追いかけられた。
関西国際空港に到着すると、一瞬晴れ間が見えたのだが、東にそれたはずの台風が大阪に向かい始めたという情報が入った。
またフライトは中止。いつ飛べるかわからないと言われた。
その後、何度も私達は挑戦したのだが、全く無駄だった。
しかも私が空港を後にするとたちまち晴れるのだ。
これには本部長も完全に呆れてしまった。
「確かに君は雨男だな」
嫌味とも賞賛ともとれる言葉を残して、本部長は立ち去った。
そしてある日の午後。
また私は本部長に呼び出された。
「悪いな、呼び立てて。例の国から連絡があった」
「はい」
私はあの人が私を殺しに来るのかも知れないと思い、目を瞑った。
「干ばつのせいで暴動が起こり、大統領が追放されたそうだ」
「え?」
話の方向が違う。どういうことだ?
「すると不思議な事に雨が降り始めたそうだ。国民は歓喜しているとのことだ」
「?」
私は一瞬どういうことなのか考えた。
そうか、そういうことか。
大統領が晴れ男だったのだ。
それも究極の。
ふと思った。
私とその元大統領が同じ場所にいたら、天候はどうなるのだろうと。
どうでもいいか。
私は何故か、嬉しくなっている自分に気づき、苦笑いした。