一人のロボット
今、世界では過去最大とも言える戦争が起きていた。きっかけは数年前から続いていた不平等な貿易が原因であり、不平等な貿易をされていたS国はその貿易の相手国だったN国に攻撃を仕掛けたのだ。S国とN国は巨大な国だった、また互いが味方の国を増やしさらに勢力を高めようとしたため、周りの国にまでも戦争の火種が飛んだ。そして、博士の住んでいる国も同じ様な理由で、戦争に加担されていた。
博士は悩んでいた。悩んでいるとはいっても、今の世界情勢に悩んでいる訳ではなかった。それよりも、この戦争の被害を科学の力でなんとかしようと思っている輩が多いことに、博士は憤りを感じているようだった。そして今日も、そのような輩が博士の研究室に入ってきたのだ。
「お願いだ!俺を機械人間にしてくれ!」
開口一番、男はそう言った。博士はうんざりしながらこう答えた。
「帰って下さい、ここは人々の願いを叶える場所じゃありません。ましてや機械人間に成りたいなどの夢を言うところでもないです、分かったら帰って下さい。」
「ま…待ってくれ!話だけでも聞いてくれ!こ、この服を見ればわかるだろ?」
男は兵士らしく、血が染みた軍服はぼろぼろになっていた。
「それがどうしました?一生血が流れない体にでもしてほしいのでしょうか?そうだとしたら無理な話ですが…」
博士が話している最中だったが、男はこう話し出した。
「違う…!実は、俺は戦場から逃げてきたんだよ。それも、人を殺したくないからって言う理由でさ。」
男は神に懺悔するかのように話し出した。
「だから、俺も機械みたいに感情もなく命令を遂行できる人間に成りたいんだよ。なあ、頼む!この通りだ!」
男は土下座をしていた、博士は面倒なことになったと思いながらも男に一つ提案をした。
「分かりました、貴方を感情無きロボットにしてあげます。しかし感情を無くすには相応の覚悟を決めなければなりません、もう笑えもしなければ泣けもしないのです、それで良いんですね?」
「どうせ戦場で死ぬ身さ。」
男は覚悟を決めているようだった。博士は、男を奥の部屋に連れていった。そして数時間後、男は前よりかは兵士らしい顔付きになって部屋から出てきた。
「ありがとう、博士。私は戦場に行ってきます」
男は口調もいくらか変わっているようだった。博士は男の言葉に対して会釈程度の礼をするだけだった。
男が戦場に出てからの活躍は凄まじいものだった。冷酷に、気の迷いもなく人を撃つ様は、敵を恐怖の渦に陥らせた。しかし、そんな男の快進撃も終わることとなった。男は3人の敵兵にそれぞれ右肩、腹、左足を撃たれてしまい、歩くことや銃を持つ事すらままならない状態になってしまった。しかし男は、何を思ったかほぼ動かない足を動かし這いつくばりながら博士の研究所に向かった。そして男はようやく博士の研究所に着く事が出来た。すると、まるで待っていたかのように博士が研究所から出てきてこう言った。
「どうも、大分見た目が変わりましたね。実験の成果はどうでした?」
博士の問いに男は激昂しながら言った。
「失敗だ!この実験は失敗だ!畜生…!俺は…あの後確かに感情を無くした…だが今!俺は死にかけだ!死にかけでもなにも感じないはずなのに…!畜生…!なんでこんなに泣いちまうんだ!なんでこんなに怖いんだ!おい!どういうことだよこの野郎!」
男は博士の足の裾を引っ張りながら叫んだ。その叫び声は怒りや憎悪や悲哀の混じった狂気の声だった。しかし、それに怯えず博士は男にこう言いはなった。
「冥土の土産に教えておきましょう。私は貴方になにもしていません。麻酔をかけ放置しただけですよ。」
「…は?…」
男は博士が何を言っているのか理解できなかった。しかし博士はそのまま話を続けた。
「自己暗示って知ってますか?自分に暗示をかけて意識や人格を変えること。貴方にはそれをしてもらいました、いや、ちょうど良い実験台がいてよかったですよ。感情を制御し過ぎるとそうなるんですねえ勉強になりました。」
博士は嘲笑するかの様に男を見た。
「畜生畜生畜生!なんでこうなるんだ!俺が何を…!…ははっ、そうか使い捨てか…ははっ…ははっ…はぁ…。」
男は正気を保っておらず、その状態を事細かに博士は書き記していた。そして博士の書き記しが終わった頃には男はもう冷たくなっていた。そして博士は足を掴んだままの男の死体を蹴り飛ばしこう言った。
「人の心や、人格は案外脆い物です。誰かの言葉で鬼にもなり、誰かの言葉で悪魔にも機械にも成れる、その事に貴方は何故気付かないのでしょう?」