1.2 膳立①
『大戦』
世界を荒廃させた大戦争であり、撒呪大戦と呼ばれることもある。大陸の殆どは『儡鎧殻』のばら撒いた呪いによって汚染され、人が住める地ではなくなった。
突然だが、自己紹介をさせて貰う。俺の名前はホムラ、ジブラルタルを拠点に活動する『ユニオン・ブラックバード』に所属するスカベンジャーの一人だ。年齢は今年で19歳……今はまだ18歳だ。
だけど、俺はもう子供じゃない。一人で立派にスカベンジャーとして食い扶持を稼いでるし、酒もタバコもイケる。ちゃんと大人をやってるんだぞ。
さて、ここまでスカベンジャーだのジブラルタルだのとよく分からん単語が行き交って混乱してるかもしれないんで、少し補足説明させて貰う。
まず俺が今いるこの街、ジブラルタルについてだ。ここは最初のスカベンジャーと讃えられるジャック・ストレイタスという男によって作られた街だ。
広大な大陸の北東部、そこに位置する遺跡都市『バニンガム』。ジブラルタルはその近郊にある巨大な岩山……の中にある。
ここは元々、旧世代の軍事施設があったんだとさ。そこをスカベンジャーたちが改修して、居住区やら鍛治工房なんかを押し込めるように作りまくって、一つの街になったんだ。
岩山の空洞ってだけで儡鎧殻たちには見つかりにくいし、軍事施設に残されていた資源は大いに役立つ。拠点とするには、もってこいの場所だったんだろうな。
ジャック・ストレイタスはここジブラルタルを拠点にして活動していたわけだが、やがて彼と同じような志を持つ人々が沢山集まったんだと。そして、彼をリーダーとした組織『ユニオン・ブラックバード』が出来上がったわけだ。
ああ、そうそう。スカベンジャーって名称も、いまいちピンと来てないんじゃないか?
スカベンジャーってのは、一応俗称みたいなものでな。元々は腐肉食の動物たちなんかを指す言葉だったらしい。ま、旧世代の遺物を探して遺跡都市を這いずり回る俺たちには、ぴったりな名前だ。
俺たちスカベンジャーの主な仕事は、遺跡都市などから資源や旧世代の遺物を回収すること。簡単に言えば、俗称通りのゴミ漁りがメインだな。
百年以上前にゴミ箱に捨てられたようなもんでも、今じゃ役に立つものだってある。特に、かつての火の国の技術が用いられた遺物はかなり貴重で、率先して回収するよう徹底されてる。
そうやって回収した物をここジブラルタルまで持ち帰れば、その価値に応じた報酬と交換してくれる。ただまあ、よほどの大物を持ち帰らないと、正直報酬は渋い。
「こうやって一夜の飲み代で無くなったまうぐらいだからな」
「……誰に向かって話してんだ、旦那?」
「気にすんな、ただの独り言だよ」
薄暗いバーのカウンターに座っていた俺は、隣で訝しげな表情をしている無精髭の男に生返事しながら、グラスに注がれた安っぽい酒を一気にあおる──が、それが喉元を通り過ぎる瞬間に思わずむせてしまう。
「ぅぶっ! げほっげほっ……何見てんだ、アウリー。ちょっとむせただけだろ」
「いや、旦那にはまだ酒は早いんじゃないかと思うんだが……ああ、何でもないぜ。何でもないからそう睨むなって」
呆れたように肩をすくめる隣に座る無精髭の男、アウリー。ヨレヨレのシャツにボロボロのコートを羽織ったこいつは、言わば俺の仕事仲間だ。
格好から見ても分かると思うが、色々とだらしのない野郎でな。もう三十路を超えるというのに、大人っていう風格はカケラもない。
「うるせっ。まだガキの歳した旦那には言われたくねーし、服装は似たようなもんだろ」
「服には触れるな。だが、現に年下のガキに頭が上がらないのだから、十分に情けないだろ」
「そこには触れんでくれ、旦那」
基本的にスカベンジャーは、仕事のパートナーとして『運び屋』と呼ばれる連中と手を組む事が多い。スカベンジャーが物資を集めて、運び屋が持ち帰る。そして、報酬を山分けする。実に単純な協力関係だ。
アウリーもその運び屋の一人で、報酬は俺の方が多く貰うという条件付きで手を組んでる。そこに至る経緯には色々とあって、年下の俺を旦那と呼んでいる事にも関係してるが……ま、色々とあったのさ。
アウリーは金に汚いショボくれたおっさんだが、運び屋としての腕は確かだし、仕事中に助けられたこともある。だからこうやって、バーで飲むくらいには気心は知れてる。
「んで? 今度の旦那はどんな厄介ごとを抱えてるんだ? さっきまで家の方でバタバタしてたみてーだけど、引っ越しでもするのか?」
「引越しかぁ、悪くないな。もっと静かで過ごしやすいとこに行きたいね」
「現実逃避するほど面倒なことなのかい」
「あぁ、聞いたらたまげるぞ……昨日、バニンガムで行方不明になったスカベンジャーたちの捜索に行ったろ。そこで、俺たちは一人の獣人族の女の子を助けた」
「おお、ありゃ肝のすわった娘だぜ。ナイフ一本であんな化け物に喧嘩売るんだからな」
「彼女はシュウカさんの病院に連れられて治療を受けててな。さっき、コルヴォさんと様子を見てきたんだけど……」
「コルヴォさんと? 何でわざわざあの人が?」
アウリーがそう疑問に思うのも無理はない。コルヴォさんはブラックバードの長、このジブラルタルを指揮するリーダーだ。わざわざ一人の少女のために、病院にまで赴くのは不思議なことかもしれない。
しかし、それもスカベンジャーを束ねる立場にある彼の重要な仕事なのだ。それは、新しいスカベンジャーたる人材の選定。スカベンジャーになることを望むあの少女が、それに相応しいか否かを見極めることだ。
コルヴォさんは彼女の身に流れる獣人族の血、その獣の本能的な力でも感じ取ったのか。まさかあんなあっさりと見習いとして受け入れるとは思わなかった。
「なるほど、あの娘はスカベンジャーになりたかったのか……いいじゃねぇか、コルヴォさんが見習いとして認めたんだろ?」
「そうだな、数少ない仲間がこれで増える。やったぜ! ──ってならないから、こうして頭を抱えてんだ俺は」
「はぁ? そりゃどういう意味だ」
「押しつけられちまったんだ……その……見習いの教育係を、さ」
「あー……」
見習いの教育係を押し付けられた。それを聞いたアウリーは、ようやく俺の抱えた厄介ごとがどれだけ厄介かを理解したようだ。
彼女がどんなに素質があろうと、見習いは見習いだ。一瞬の油断が死を招くようなバニンガムで、そんな足手まといを連れて満足に仕事ができようか? 否、全くもって否だ。
もちろん、そういうところはコルヴォさんたちも考慮してくれるだろうが、効率の低下は報酬が完全なる歩合制のこの仕事において致命的な問題である。しかし、だ──
「だがな、一番の問題はそこじゃないんだ」
「報酬が減る以外にマズイことがあんのかよ」
「……シュウカさんの提案でな? 何でも彼女には住む場所もないからって……俺の家で引き取る形になっちまった」
「引き取る? お前の家に?」
「年頃の女の子を路上に放り出す気か、って言われてさ……」
「……」
しばらく話の内容について行けずにぽかんとして固まるアウリーだったが、ようやく整理できたのか、一転して意地悪い笑みを浮かべてくる。
「へへっ、そうかそうか。遂に女っ気のない旦那にもなー、良かったじゃんかよ」
「あぁ? 他人事だと思って適当なこと言いやがって……」
「あの娘、歳は幾つくらいだ? 旦那とそう変わらないか? だったら、お似合いじゃねーの。それにあの娘は旦那に恩もある、少し頼めば夜の相手だって……」
「お前は本っっ当に下半身と脳味噌が直結してるな。あの娘の面倒を見るなんてやってらんねぇけどな、だからって手を出すわけないだろうが」
「おっ、じゃあ俺が代わりに預かってやろうか?」
「馬鹿言え、お前みたいな野獣にあんな年端もいかない少女を預けられるかっ」
「なら、旦那がやるしかなぁ。こんな時代なんだ、女の子との出会いは大切にしろよ」
へらへらと笑うアウリーに、つい俺は盛大にため息をついてしまう。こいつに預けるよりはマシかもしれんが、俺だって別に甲斐甲斐しく世話する気なんてない。
「あの娘、いきなり俺みたいな見ず知らずの男の家に寝泊りしろなんて言われたってのに、ちっとも気にする素振りがなかったんだ。それはそれでどうなのさ」
「見習いとはいえスカベンジャーになれたのが嬉しくて頭が回ってなかったんじゃねぇか? ま、旦那ならなんとかするだろ」
「何を根拠に言ってるのやら……」
「ふっ、旦那は毎朝決まった時間に登る太陽の様に真っ直ぐな男だぜ。だから俺も旦那と手を組もうと思ったし、周りの皆も旦那を信頼してんのさ」
「そりゃどーも」
ぶっきらぼうにアウリーに返事してから、俺はグラスに残った酒を飲み干すと、カウンターにお代を置いて席を立つ。その際、また咳き込みそうになったが、今度はちゃんと我慢した。
まったく、アウリーたちみたいな大人はみんな、この何で作られたのかも分からないようなアルコールの塊を美味そうに飲んでいる。俺にはまったくその味が理解できない。
あ、決して俺の舌がお子様ってわけじゃないからな? ただ、好みの味じゃないってだけだからな? 勘違いすんなよ!
「もう行くぞ。まだ鎧殻の整備をしなきゃならんし、おっさんはシエルにメシを食わせるんだろ」
「おう、そうだな。最近、シエルの奴の食う量が目に見えて増えてんだぜ。また成長期か?」
「機嫌を損ねるとアンタが食われかねないんだ、ちゃんと腹一杯食わせてやれよ」
分厚い木の扉を押し開けてバーの外に出れば、生臭い空気とオイルの匂いが頬を撫で、ランタンに照らされた薄暗い路地が俺たちを迎えてくれる。
継ぎ接ぎの鉄板で作られた道は歩くたびに軋むし、辺り一面に張り巡らされたパイプからは汚水が流れる音が止めどなく響く。このジブラルタルは一番安全なコミュニティなんて言われるが、その実態がこれだ。
(……また外から流入してきた人が増えたかな?)
元々ここジブラルタルは、岩山内にある巨大な縦穴の空洞に幾つかの建造物があるだけの場所だった。そこから更に、岩壁に坑道を掘り、圧縮するように通路とパイプ張り巡らせ、建物を作りまくったのだ。
そのせいでここはダンジョンのような迷宮と化している。正直、圧迫感が凄いし、パイプから漏れるガスや汚水の悪臭も酷いし、日夜問わず騒音に満ちている。
それに路上には、バニンガムに来たものの住む場所がなくて道端で寝泊りする人たちが沢山いた。こんな所で寝転がってたら、すぐにでも病気になりそうだ。
(もっと居住区を拡張できればいいんだが……そう簡単な話ではないからなぁ。外よりは安全かもしれんが)
確かに酷い環境ではあるが、ここは野晒しでテントを貼るよりはずっとマシだ。金が有れば飯も食えるし、屋根のあるところで眠れる。それ以上は贅沢ってもんだ。
「あぁ〜……仕事すんなら酒はやめときゃ良かったなぁ」
「いつも酔っ払ってるようなもんだろう、おっさんは」
「そんなことないぜ。マジめにやる時ぁ素面で行くに決まってるだろ……女を口説く時とかな。ま、俺は酔っててもモテるんだが」
「自分に酔ってるの間違いだったか……」
アウリーと下らないやり取りをしながら、俺は頭の中でこれからの予定を確認する。今後の活動は、見習いであるあの娘を中心にしなきゃならないのだ。
シュウカさんによればあの娘、猫の獣人族のマオは明日にも病院を退院できるらしい。儡鎧殻と相対したのだから少なからず呪われてるだろうに、流石は新世代の子供と言っておくべきか。
(生まれつき呪われた新世代の子供たち、か。ふん、スカベンジャーになるのを運命付けられてるみたいだな)
俺はそっと左目に手をやると、指先は瞳ではなく眼帯代わりに覆っている包帯に触れる。彼女がそうであるように、俺もまた生まれつき呪われている。
俺は左目が呪われて視力がない、光が見えるのは右目だけだ。ただし、呪いは今も俺の眼を蝕んでいて、いつか右目も見えなくなってしまうかもしれないらしい。
けど、呪われてる俺を疎ましく思う奴らはいたが、俺自身は呪われてることをラッキーだと思ってる。何故なら、それはスカベンジャーとして必要な素質の一つだからだ。
生まれつき呪われてる子供たちは、それ故に呪いに対する一定の耐性が備わっている。呪いから身を守る力があるということは、非常に大きなアドバンテージだ。
だから、俺はこの呪いに左目の視力を奪われたことに恨み言なんて一つもない。寧ろこういう風に生まれてきたことに感謝すらしている。
呪われてるお陰で、俺はスカベンジャーになれた。こんなスリリングでワクワクできる仕事は他にない。もちろん、その過程で誰かの力になれたり助けになれたなら、尚良しだ。
(まあ、あの娘が何を思ってスカベンジャーになることを志してるのか知らんが、そこは俺が関与すべきじゃない。ただ自分の持ってるスカベンジャーとしての知識を教えてやればいい)
何はともあれだ。教育係を引き受けてしまったのだから、あの娘が一端のスカベンジャーになれるまで面倒を見るとしよう。かつて、俺がそうしてもらったのと同じように、だ。
『旧世代』
撒呪大戦によって世界が荒廃する前の時代を指す。かつて大陸は『火の国』と『法の国』によって統治されていた。