ある狼族の手紙
(父の最後の手紙)
愛する家族へ。私はやはり呪いに打ち勝てなかったらしい。忌々しいことこの上ないが、もう衝動を抑えられそうにもない。もうじき私はずるがしこい獣になって、窓の外へ飛び出すだろう。今は必死の想いでこれを書き上げている。約束を守れなくて済まない。ずっとずっと愛し続けている。
(残された子供の手紙)
父さん。あなたが書置きを残して消えたのは、僕が7歳の時だったね。
あの時、書置きを発見したのは姉さんと兄さん。朝ご飯だよって呼びに行ったんだ。
姉さんはたしか悲鳴を上げたと思う。たいていの事では驚かない姉さんが大声出したのに驚いたことを覚えてる。あとは、悲鳴を聞いて駆け付けた僕と母さんを、青ざめた顔でゆっくり見つめた兄さんの顔。駆けつけたときは心配そうだったのに、机の上にあった書置きを見た途端、スッと表情が消えた母さん。日が差し込んでる窓と風に揺れてるカーテン。乱暴に置かれた筆記用具と床に転がってる父さんの服。
僕は何が起きていたのか、まるでわからなかった。僕たち狼族にかけられた呪いを知るにはまだ幼かったから。みんな黙ったままだったから、何で父さんがいないのか、さっぱり見当がつかなかったけれど、何かが起きたんだなってことはボンヤリと分かった。
一番先に動き出したのは兄さんだった。母さんと姉さんの肩をポンってたたいた。それだけで二人とも崩れ落ちるにようにして床に座り込んだ。次の瞬間、泣き出しちゃって、そんなに痛かったのかな?なんて呑気にも僕は思っていた。
事実を知ったのは、それから七日後。森の中、獣姿で、撃たれて腐りかけている父さんの遺体を見つけたとき。驚いたなんてものじゃない。大混乱でぐしゃぐしゃの顔をして家に帰ってきた僕に、母さんたちが聞かせてくれたこと。『他種族の娘と番うと、いずれ発狂して番の種族を襲う』なんて、いったいどんな悲劇?
狼族が番以外を愛せないように強制しておいてそんな呪いをかけるなんて、神様は狂ってる。番に出会っておきながら一生独りか、発狂して死ぬか。どっちにしろクレイジーだ。そんな二択を迫られるくらいなら、僕は絶対に番と出会わないでいようと思ったね、あの時は。
ねえ父さん、あなたは僕にとってトラウマなんて生ぬるいものじゃない。恐怖そのものだったんだよ。何度、あなたの遺体を夢に見たか。正直、なんで僕を産んだんだって父さんと母さんを恨んで、憎んでいた。
だけど、今なら父さんの気持ちもわかるよ。僕も会ったんだ、番に。僕が狼だと知って、それでもいいから、発狂したら私が殺してあげるから、いの一番に襲ってこいって、逃げるなって叱ってくれた彼女と、僕は結婚する。
さよなら、父さん。僕も人間の娘と番になるけど、父さんと同じ轍は踏まないよ。
ギリギリまで生きて最期に彼女に殺してもらったら、父さんに土産話をたっぷりしてあげる。楽しみに待っててよ。