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躑躅高校の生徒たち  作者: アンソニー 計画
菫たちの花開く変化
9/23

side イチジク

長めです

きっかけはその一言だった。


「きっとあなたは宝物なんだね」


接骨木 菫がそう言った時から俺は彼女に囚われている。


*


父は快楽主義的な人間で特に性欲が強かった。母がまだ年端もいかない少女だった時に手を出して俺を妊娠させ結婚することにしたらしい。

そんな父が浮気をしないはずがなく、母が妊娠している時からもうずっと浮気を繰り返していたらしい。

まだ若い母は大学を中退し友人とも疎遠になり、未婚のうちに妊娠したことで親戚から疎まれ、頼るべきは父しかいなかったというのに。母は心を病んだ。

母の救いはイエス・キリストのみだったが……結局神は母を救わなかった。

俺を産んですぐ自室の浴室で手首を切って自殺した。まだ20だった。

俺の名前は母が付けたらしい。勝手に出生届を出されたのだと父が言っていた。

キリストが呪いの言葉をかけた木の名前。

きっと俺が憎かった。俺のことを母は命をかけて呪ったのだろう。


俺の容姿は日に日に母に似ていった。

美人だった母に似ていくのだ。俺は運の良いことに所謂美形の部類になった。

そのことを父はうまく利用していた。俺と一緒にいると女性の警戒心が薄くなるというわけだ。

結局、母の自殺は父になんの影響ももたらすことはない。母の命は俺を呪っただけだ。


そんな父が再婚するというのだからどんな頭の悪い女かと思ったが、向こうも俺と同じ年の、しかも同じ学校の娘がいた。

娘は、凌霄花はいかにもなスポーツ少女で、そしてひどく思い詰めた顔をしていた。

俺と同じ、親に呪われた子供。

だが性根は前向きなのかマゾなのか、母親のめちゃくちゃぶりに振り回されているというのに学校でも色々なことを抱えてこんでいた。

忙しいのが好きなのだろう。変わった奴だ。


菫と出会ったのは入学して間もない頃だった。

俺の名前をからかう奴には片っ端から力でねじ伏せていた時。

菫と偶々保健室で出会った。

彼女はちょっとした怪我をしたらしく絆創膏だけもらいに来ていた。


「ここに利用者の名前書くんだって。ついでに書いておく? 」


明らかに喧嘩してきたというナリだったが、彼女は気後れすることなく俺に話しかけてきた。俺はそうしてくれと頼む。


「あ、ごめん。名前は? 」


「楡」


「下の名前は? 」


「…………無花果」


名前を言うと笑われたり、驚かれたりするから嫌だった。案の定彼女も不思議そうな顔で俺を見つめる。


「イチジク? 」


「悪いかよ」


「う、ううん! あんまり聞かないから」


そりゃそうだろうよ。

俺はそっぽを向いた。

自分で書くべきだったと後悔する。なんで人に頼んだんだ……。


「イチジク……」


「んだよ」


「かっこいい名前だね。私は菫っていうんだけど……ちょっと地味だし、古臭い名前だなって思ってたから。今時じゃないっていうか……確か凌霄花って名前の子いたよね。あの子もかっこよくて羨ましいなあ……」


「……そんなことねえだろ。菫って良い名前なんじゃねえの? 」


少なくとも呪いはかけられてなさそうだ。


「え? そうかな。ありがとう。でも楡くん、も良い名前じゃない? 」


「はあ? どこがだよ」


馬鹿にしてるのか、と菫を睨むが名前を書くのに集中していた彼女はそれに気付かず微笑みを浮かべた。


「確か花言葉は子宝に恵まれるとか、実りある恋とか……。子宝だって思われてたんだからきっとあなたは宝物だね」


ああ。

もしその言葉をもう少し早く別の人に言われていたなら。

父や、母に言われていたなら。

俺はここまで捻れることはなかったのだろう。


「……イチジクは欲望、不毛、死を意味する。花言葉はあなたを憎みます、だそうだ」


「え……? 」


「親父がそう言っていた。あんたのその花言葉は知らなかった」


都合の良い解釈をしても良いだろうか。

母は俺を呪ったんじゃなくて、子宝だと思ってくれていたと。


「そう。お父さんってあんまり花言葉詳しくないのかな? 花言葉っていくつもあって悪い意味も良い意味もあるから……でも私はそんな、悪い意味の言葉じゃないと思うなあ」


「根拠は」


「無いけど……でも、子供の名前だから。きっと良い言葉を付けるよ」


彼女は知らないのだ。世の中には子供を道具や邪魔者だとしか思わない親がいることを。

親に呪われた子供たちがどれだけいるかを。

俺は猛烈に彼女が欲しくなった。彼女のように、汚れのない、何も知らない無垢な人間になりたかった。


俺は彼女に囚われた。

*


菫に囚われた俺は彼女の全てを知り尽くしたくなった。住所、家族構成、中学校、小学校、幼稚園、その時の友人達、全て調べた。調べれば調べるほど彼女は幸せそうで、更に深みにハマっていく。

彼女が欲しい。彼女の全てが欲しい。

その切望はいつしか欲望が混じったらしい。

彼女に対する感情は恋と呼ぶには重く愛と呼ぶには独り善がりなもので……それでもやはり、恋なのだろうか。


「私のところも再婚することになって……」


従姉妹がそう言った。奇しくも同じ学校に通う彼女もまた、母親に振り回されていた。

どうやら俺の父の血族……楡一族というのは揃ってロクデナシらしい。父、叔母、祖父は同じように何度も再婚や浮気を繰り返し、逆に大叔母、従兄弟は一人の人間に固執してストーカー規制法で捕まっている。

どうしようもない一族だ。

だが俺にはこの血が流れていて、だからこんなにも菫に固執するのだろう。

この気持ちはやはり単なる執着に過ぎないのだろうか。


*


「……というのが言い訳? 」


菫はフローリングに正座し、憤然とした面持ちで俺を睨む。怒った顔も可愛いね、などと言えば怒りが爆発するのは目に見えていたので俺は黙った。

部屋に入れても平気だと思っていた。完璧に菫コレクションは隠せていたしわざわざ俺の部屋など漁らないだろうと……。

何故ベッドの下を見てしまったのか。それを問い詰める権利は俺にはもう無く、ただ見つけた盗撮アルバムを菫は震えながら掴んでいた。


「酷いよ楡くん……! この写真の私半目だし! これなんかよだれ垂らしてる! 」


「寝てる姿も可愛い」


「そんなこと言ったって誤魔化されないよ。せめて言ってくれれば……」


「いいの? 」


俺が携帯のカメラを構えると菫はその携帯を取り上げた。待ち受けはもちろん彼女だ。

この間なぜかベネディクト・カンバーバッチになっていたがすぐに戻した。


「……全然気が付かなかった……」


「無音カメラ使ってるから」


「悪びれも無く……! あの、こんなことはもう二度としないで。いい? 」


「えー……」


「お願いだから! ああもう……頭が混乱してめちゃくちゃだよ……」


彼女は可愛くセットしてあった髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

顔は赤く目は潤み、かなり照れているようだが眉根を寄せている。


「あの、まさかと思うけど下着とか、盗んでないよね……? 」


「まさか」


盗んではいない。確認したら同じものを買ってはいるが。


「だよね。良かった……のかな」


菫は落ち着かない様子で俺のことを見たり部屋を見渡したりしている。

コレクションが見つかった以上隠してもしょうがないと全て話したのだが、やはりもう少し距離を詰めてから告白したかった。

彼女が逃れられないようにしてから……。

焦っていたのだ。どんどん可愛くなっていく菫に、最近はクラスの馬鹿共が騒ぎ出してあわよくば付き合いたいなどと言い出した。

そいつらをボコボコにして二度と彼女に近づけないようにしたはいいが、結局彼女をイメチェンさせた思いびとが誰なのかはわかっていない。

誰なんだ。菫は俺の物になるのだ。俺以外の奴が、菫の心を捕えるだなんて絶対に許さない。もしそうなったら俺は彼女を閉じ込めて離さないつもりだ。凌霄花があれこれ言いそうだが。


「菫……」


「うひゃあ! な、名前呼び……は、ちょっと……だめ……」


顔を赤くして震える彼女に嗜虐心が刺激される。


「どうして? 菫。可愛い名前だ。下の名前で呼びたい」


「ひえ!? いや、あの、その……」


「赤くなって可愛いな。そういうところも好きだよ、菫。

全部全部好き……なあ、菫は誰が好きなんだ? 」


「へっ!?!? 」


「痩せたし、もっと綺麗になった。服もこだわるようになったよなあ? メイクだってして……」


俺の手が菫の唇に伸びる。そっと彼女の色付いたそこを人差し指で撫でた。

彼女の肩が震えた。


「や、それは……」


「誰なんだ? 」


誰の名前を言おうと、答えれば彼女はこの部屋から出られない。

その男を半殺しにして菫にその姿を見せよう。そうすれば彼女も自分がどうするべきか分かるはずだ。


「おねがい……触んないで……」


菫は目を固く閉じて体を震わせて俺を拒絶した。

頭の芯が熱くなっていく。

拒絶された。そんなのは嫌だ。俺は、彼女は—。

そう思ったら俺は彼女を床に押し倒していた。


「ぎゃあ!! に、に、に、楡くん……!? 」


「自分のこと好きだって言ってる男の部屋にいるってわかったらその時点で逃げるべきかもな……いや、そもそも男の部屋になんか行くもんじゃない。何されるかわかんねえからなあ? 」


「そ、そんなことないと思うけど」


俺は菫の顎を軽く掴んだ。


「それで? 好きな人の名前は? 」


「うひゃあ……い、色気の暴力……」


「誰なんだ」


「に、楡くん」


「なに? 」


菫が潤んだ瞳で俺を見る。


「私の好きな人、楡くんなの……」


あまりの衝撃的な言葉に俺はフリーズした。

それから徐々に脳が動き出す。

菫が、俺を好き?


「趣味が悪い」


「本人にまで言われるとは……」


「本当に俺のことが好き? 逃げる為に適当に言ってる? 」


「ち、違うよ! 本当に……。楡くんが、石原さとみが好きって言うから頑張って近付こうとしたの……。でも石原さとみ好きじゃなかったんだよね……」


「……可愛いと思うのは石原さとみだけど好きなのはどっちかっていうと里見浩太朗だから……」


「うえ!? おじさまじゃない……むつかしいなあ。まずタイに行って性転換して……」


「いや、目指さなくて良いから。俺は菫が好きなんだよ」


そう言うと菫は顔を赤くした。そろそろと身を起こし俺から離れようとするので慌ててその腕を掴む。


「逃げるなよ」


「に、逃げてないよ……? ただちょっと、諸事情あって一度家に……」


「何言ってるんだ。もう離さない。式場を決めよう。

神のもとで愛を誓おう。ウェディングドレスも絶対似合うよ」


「うん? 話が飛んだね」


「お墓も決めておく? 少し気が早いけど、死んだとしてもずっと一緒だから必要だろ? 」


「ストレートに頭がおかしい……」


菫が慄いた表情をして座ったまま壁の方へとにじり寄る。ここで逃げられては困るので俺は腕を掴んだまま彼女を壁に押し付けた。


「子供は何人欲しい? マンションと一軒家どっちが良いと思う? ファミリー向けじゃないとだな。お金はまだ買えるほどは無いけど国立大入っていいとこに就職するから安心して。絶対菫を養うから、菫は好きなことをしてて良い。子供が何人できても良いくらい頑張るよ」


「は!? へ!? こ、こども!? 」


「うん。何人欲しい? 」


「ふ、2人……? 」


「菫も一人っ子だもんな。俺も妹ができたとき嬉しかったし、やっぱりきょうだいが良いか。

良い名前を付けてあげよう。綺麗で、どこも悪い所のない、祝福された名前を」


菫の顔を覗き込むと、彼女は顔を更に赤くしていたが微かに頷いた。

彼女の頬に触れ顔を上げさせる。

それから顔を近づけ—


「天誅! 」


後頭部に衝撃が走った。

痛い。今度は何で殴られたのか。

確認しようと思ったが目の前に菫がいるのでそのまま彼女にもたれることにした。


「楡くん!? だ、大丈夫!? 」


菫が心配そうに俺の頭に触れる。今殴られたところだから痛くてたまらないが菫のあの手に触られてるのだと思うと瞬間痛みが引いていった。


「菫! 離れて! こんなことで楡は倒れたりしない! いつも殴っているから慣れてるはずだ! 」


……凌霄花は、自分の行動に疑問を覚えないのだろうか……。

立ち上がろうとする菫の腰を抱き、後ろを振り返ると般若の形相をした妹が立っていた。


「落ち着けよ。無粋だなお前は。出て行け」


菫の体からは良い匂いがするし、こうやって少し触れただけでも彼女の柔らかな感触が伝わってきて、頭が痛くなければ最高だった。


「そんなわけいくか! お前ついに洗脳しやがったな……! 」


「してねえよ」


してないのに、彼女は俺の腕から逃げようとしない。まさに奇跡だ。少し抱く力を強める。


玄関からドタバタと慌てたような音とおじゃまします! という礼儀正しい声が聞こえてきた。あれは青桐か。


「赤松さん……足早い……」


ヘロヘロになった青桐が俺の部屋に入ってくる。

菫以外立ち入り禁止なのに。


「うわ、これは大事件だ」


菫に抱き着く俺を見て青桐は顔をしかめた。


「どうしよう、青桐。これあれだよ。ロボトミーだよ」


「え……? 現代日本でそんなことが行われてたなんて。

接骨木さんちょっと顔見せて。目頭にアイスピック突き刺されてない? 」


「近寄るな」


青桐がズカズカとこちらに近付いてきたので慌てて彼女を抱き寄せる。

さっきからどうも抵抗しないな、と思って菫の顔を見ると顔を真っ赤にして虚ろな目になっていた。


「……菫? いつのまにロボトミーを? 」


「ち、ちが、キャパシティオーバーなだけ……。くっつかれると……ドキドキしすぎて……」


そういうことか。それなら遠慮なくくっ付いていよう。


「ロボトミーは行われてないみたいだね」


「なら催眠術? 」


「違うって! 自分の意思……なんだけど」


菫が急に声のトーンを落とした。


「楡くん」


「はい」


「ひとまず、私の写真は全部捨ててね」


「えっ!? 」


何を言ってるんだろう。俺が驚いたまま菫を見つめると困ったように眉を下げた。


「なんでそんな意外、みたいな反応? 嫌だよあんな半目の写真……」


「そんな……」


「私も手伝うよ」


「僕も」


なぜか意気揚々と背後の2人が手を挙げる。ふざけるな。 菫の写真に触らせてなるものか。


「あのね楡くん。この部屋の家具の配置も、ベッドカバーもシーツも私と同じにしてるのは分かってる。あとシャンプーとボディソープも同じみたいだね。でももうそれは良いよ……買っちゃったものだし。

でも盗撮はやめようか」


「なんで!? 」


「どこがなんで、なんだよこの変態」


「っていうかベッドカバーもシャンプーも同じなのは良いの? 」


菫の全てを手に入れたいのに。写真は、彼女を収める簡単な方法だ。

携帯のフォルダもパソコンのフォルダも菫でいっぱいだ。現像してアルバムもいっぱいになっている。


「楡くん……ここに私がいるんだよ? 写真はいらないんじゃないかな……」


菫の手が俺の手を握る。

暖かい。


「付き合うことにしたんだね……」


「良いのかな。性犯罪者予備軍なのに」


「うるせえよ。お前らもう出て行け」


菫が俺のことを好きだと言ってくれた記念すべき日なのに邪魔が多すぎる。

凌霄花と青桐に出口を示すと、納得いかないという顔になった。


「ダメだよ。2人きりにしたらロクでもないことし始めるでしょ」


「さすがに妹とその恋人がいるのにセッ」


「わあ! 青桐くんたち付き合うの? 」


菫が嬉しそうに微笑んだ。

2人は照れ臭そうに笑う。


「エヘヘ……なんか、色々相談に乗ってもらって、ありがとうね」


「ううん! 青桐くんの力になれたのなら嬉しいよ」


「照れくさいねこういうの」


見つめ合う2人。俺は菫の目を覆った。


「とにかく、出て行け」


「うーむ。仕方ない。菫、これ」


凌霄花は青いプラスチック製の丸いものを差し出した。長いストラップが付いている。

防犯ブザーだ。


「えっと……? 」


「何かあったらすぐその紐引いてね」


「う、うん? 」


「じゃあ……部屋のドア開けておくから……なんかあったらすぐ駆け付けるね……」


凌霄花は青桐の腕を引いて出て行った。部屋のドアを全開にして。


菫が気まずそうに黙る。だが俺は気にせず彼女の肩を掴んだ。


「ちょっと邪魔が入ったな。まあ良い。

菫、顔を上げて」


「何事も無かったかのように戻れるの凄いと思うけど……ちょっと待って」


「何」


「あの、その、き、き、きす、するんだよね? 」


「うん」


当たり前だろ、と彼女を見ると真っ赤になって首を振っていた。


「その……キスするの、楡くんが私のアルバム全部捨ててからにしようか」


「えっ!? 」


なんでそんな酷いことが思いつくんだ!?

キスか、アルバムか。

そりゃキスはしたい。めちゃくちゃしたい。

だけどアルバムは俺にとって宝物なのだ。それを捨てるだなんて……。


「そんな顔しないでよ……。キス、を、し、したくないなら、いい……」


「したいけど」


「そ、そう。

……あの、アルバム作るなってことじゃなくて……盗撮しないでくれれば良いの。

あれは一回捨てて、新しいの作ろう? 」


彼女は俺の手に指を絡めて微笑む。

そんな風に見つめられたら、はい以外言えないだろ。


「わかった……」


「よ、良かった。

……じゃあ早速、捨てようか」


「えっ!? 今!? 」


もう少し堪能してから……と思ったが彼女は有無を言わさず俺の部屋のアルバムを全て見つけ出してしまった。

泣く泣く俺はそれを紐でくくる。


「これはゴミの日まで赤松さんに預けておこう」


「うう……いや、でも、俺が……」


「ダメだよ……。なんなら私が燃やしておくけど」


段ボール箱5つ分はあるだろうアルバムを持って帰らせるのは酷だろう。仕方ないので凌霄花にアルバムを預けることにした。

妹はアルバムを捨てると言うと嬉しそうに笑ったが「ん? 黒いやつは? 捨てないの? 」と言ってきた。


「黒いやつ? 」


「なんのことだかさっぱり」


「楡くん。約束は守ろうね」


「いや、本当に分からない。お前の勘違いだろ」


そもそもあれは菫のアルバムじゃない。菫の家族や近隣住民の調査をしていた時の写真だ。お陰で菫の家の近くにいた頭のおかしい奴を排除することが出来た。

今頃は精神病棟に入れられていることだろう。


「そうだっけ……まあいい」


このまあいい、は諦めたのではなく後で処理すると言う意味だろう。恐ろしい女である。


部屋に戻ると、そこはスッキリしていた。

菫の写真が無い……それだけでこんなにも寂しくなるのか。

感傷に浸りながらベッドに座ると、菫がその横に腰掛けた。

俺の腕を掴む。


「ありがとう。捨ててくれて」


「うん……」


寂しいけど、今はこうして、本物の彼女がいるから……。

菫の小指を握る。彼女はそれを見てふ、と笑うと顔を近づけて、そして。


「約束だから」


菫の唇は柔らかかった。

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