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躑躅高校の生徒たち  作者: アンソニー 計画
菫たちの花開く変化
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side ノウゼンカズラ

始まりはその一言だった。


「お母さん、再婚するから」


娘の入学式で言うか、それ。


再婚する相手も母と同じように子供がいるという。コブ付き同士の結婚というわけだ。


しかし、相手の子供の名前を聞いた時とても他人とは思えなかった。

きっと彼も同じだ。


*


居間でテレビを見ていると奴が帰って来た。


「……お帰り……」


「赤松、帰ってたのか。ただいま」


「あのさ、今日あんたのお弁当箱が私のところに入ってたんだけど」


「間違えんなよ」


「いやそっちでしょ」


楡 無花果は薄く笑うとどうせ食べないから分からないと言った。

母のお手製弁当を捨てているからだ。

だが私は何も言わない。

はっきり言って、母の料理は最悪だ。ほぼ消し炭なのだ。自分で作った方が遥かに良い。

それでも作るのはひとえに新たなる父に己が良いお母さんであることをアピールするためだ。

巻き込まれたこっちは堪ったもんじゃない。


「なあ、お前は何もなくても化粧とかするか? 」


「しない。どうせ部活で落ちるし。

接骨木さんはどうか分かんない。もしかしたら好きな人のためかもね」


楡は、兄は、膝から崩れ落ちた。

最近一層情緒が不安定になって怖い。


「好きな奴って誰なんだ……クソ……片っ端から消していけばいいのか……」


「絶対やめて」


「最近更に可愛くなってるのって絶対ソイツの為だよな。どいつか分かり次第再起不能にしてその隙に……」


「暴力反対! 」


私はテレビのリモコンで兄の横っ面を殴った。

目の前で犯罪計画を企てるとはなんて奴なんだ。


「お前、言動の矛盾が凄まじいぞ」


「あっ、つい体が勝手に」


「脳筋め……。

菫だってお前のような義妹欲しくないだろうよ」


「どういう意味だよ」


「俺と菫が結婚したらお前は義妹だろ。菫の誕生日が4月7日で、お前が8月か9月だったような」


「8月8日ね。

いや、ていうか何? 付き合ってもないのに結婚まで考えてるの? 」


そもそもこいつ、接骨木さんとロクに話もしていないし。


「何があろうと絶対誰にも渡すつもりはない」


「キショイ……」


自分の兄になる人がこんな気持ち悪い奴だと知っていれば、どんな手段を使ってでも私は母の再婚を止めたのに……。


*


楡と顔を合わせたのは再婚すると宣言された入学式から2週間後のことだった。

彼のことはよく知らない。ただクラスが違っていてもやたら顔の良い男がいるということは噂になっていた。

まさかその楡の親と私の親が再婚するだなんて。

はっきり言って私の親は頭が空っぽの快楽主義者だ。そして彼の親も年の割にやはり頭が空っぽだった。

美人で年下の嫁が出来ること、そのことに頭がいっぱいでコブ付きでもなんでも構わない様子であった。母も同じだったが。


私の楡に対する第一印象は、こんな情けない親からこんな男が産まれるのか、ということのみだった。

彼はその場で私の誕生日を聞いてきた。

その後に「俺の方が誕生日が早い。お前が妹だな」と言っていたので親の再婚について口出しするどころか認めているのだなと思った。

恐らくどうでも良かったに違いない。

親の再婚も、きょうだいがなんでも。


私はそういう無関心で無愛想な人が兄というのは気が楽で良いな、などと思っていた。

愚かである。できることならあの時再起不能にしておけば良かったのだ。


私が兄の異変に気がついたのは偶然のことだった。

家族になって一緒に暮らすようになって1ヶ月経った日のこと。

部屋に入るなとは再三言われていたが、私の洗濯物が紛れ込んでいると聞いて居ても立っても居られないいられなくなった。

大事な試合前は赤パンツって決めてるのに……! そして入った奴の部屋に私の赤パンツと、それから、接骨木さんの写真が大量にあった。

アルバムに整理しているらしく、既に3冊もある。


それを見たときは、まだ私は彼女のことを知らず最初は友達の写真か何かだと思った。

だがどれも同じ人物、それからどれもこちらを見ていない……ということからこの写真が盗撮写真であることがわかった。

ゾッとなって、だが確かめたくもなった。

そして音を立てないように奴の引き出しを開けると、そこには接骨木さんの私物と見られるもハンカチやらシャーペンやらが出てきた。今思えば、まだこの時は数が少なかった。今は……。


「何勝手に入ってんだ? 」


漁っていたところに楡の、低く冷たい声が背後から聞こえた。

いつのまにか帰って来たらしい。


「赤パンが……いや、これ、なに? 」


「……バレちゃしょうがねえな。

俺は菫が好きなんだ」


「すみれ……」


「接骨木 菫。1年A組。帰宅部だ」


「あ、ああ。そっか、彼女か 」


「いや違う。ちょっとしか話したことない」


「犯罪じゃねえか!! 」


私は手に持っていた赤パンで楡の首を締めていた。


「おま、お前、こんな! 盗撮に窃盗って! お前は人権侵害してんだよ! 最低だよ! 今ここで殺してやる! 」


「落ち着けよ」


「落ち着けるか! 」


「本当は俺も写真だけじゃ嫌なんだけどな、でも剥製や標本にしたら動けなくなるし、監禁するにも場所がなあ……」


「死ね! 」


赤パンを強く締め上げたら強すぎたらしい。引きちぎれてしまった。


「勝負パンツがっ!

いや今はそんなことどうでもいい。

なんで接骨木さんにこんなことするの。好きなら告白して付き合えばいいだろ! 」


「今はまだその段階じゃないと思う」


「はあ? 何? 頭腐ってんのか? 」


「俺はとにかく菫が欲しいんだ。身も心も原子も魂も全部な。

それでまずは色々な媒体で保存しようと思ったんだ。写真、動画、絵、音声を保存し尽くしたら今度は生身だ。結婚するか、もし拒否されたらどこかに閉じ込めようと思ってる。

その場合俺のことを好きになるのに時間がかかるからこれは最終手段だな。

まあそんなこんなで菫が身も心も俺のものになったら、最後には」


「うわあああ!! 」


私はいつの間にか手に持っていたデスクランプで楡の頭を何度も殴っていた。

怖い。この人怖い。

童貞を拗らせているとかそういうレベルじゃない。サイコパスだ。


「いてぇな」


「生きてる!? これで死ね! 」


「落ち着けよ」


「落ち着けるか! 」


私は粗大ゴミと化したデスクランプを再び楡に投げつけた。

まさか、こいつ、こんなイかれてただなんて。


「好きだからしょうがないだろ」


「こんなの、好きって感情じゃない! お前は接骨木さんを物としか見てないんだ! 」


私は飛び出した。

背後から「ランプどうすんだよ」という声が聞こえたが、隣の自室に駆け込み鍵をかけた。

破れたパンツで涙を拭う。

新しく出来た兄がイかれてるだなんて信じたくないがそうなってしまった。

そうなってしまったものはどうしようも出来ない。

私のやるべきことは接骨木さんを守ること。

奴が接骨木さんを盗撮しようとすればすかさず間に入り、話しかけようとすればその前に私が奴を食い止め、とにかくひたすら邪魔をした。

お陰で接骨木さんに奴の存在を認識されることはなかった。


この時私は忙しかった。

母親の再婚で新しく出来た家族のこと……そもそも父親が新たに出来ることすら驚くべきことなのに兄までできたのだから腰を抜かしててもおかしくない。

だというのに更に母親の家庭的な自分アピールによって壊れていく家電たちを守ったり、学校生活も中学時代から引き続いて陸上部に入ったのでその練習もしたりと、身も心もヘトヘトになっていた。

そんな私に優しく声をかけてくれたのが青桐だった。


出席番号順で席が隣だったため、そこそこ話す間柄ではあった。

きっかけは回ってきた日直の仕事の時だっただろうか。

私が頭の中で兄と接骨木さんのことを心配しつつ家電の心配もしつつ新たな父親との関係も良好に維持しつつ陸上部の大会をこなすことを考えていると、青桐は何かを察していたのだろう。仕事は自分が全てやると言い出した。


「そんなことできないよ。私も日直だよ」


「でも大変なんじゃない? ……余計なお世話だろうけど、今すごく疲れた顔してるよ」


「まだ新生活に慣れてないだけ」


「なら、僕はもう慣れて余裕があるから。

もう帰って休んだほうがいい」


私は意地になっていた。

自分はなんでも出来る、なんでもこなせると思い上がっていたのだ。

青桐の制止を無視して、ノートを職員室に運ぼうとして……そのまま貧血で倒れた。

意識はあったが目の前がクラクラする。


「赤松さん! 」


彼は私の名前を叫ぶと、そのまま私を抱きかかえて保健室へと走り出した。

その横を通りかかった先生は普段おとなしい青桐なだけに驚いた顔をしながら「廊下は走るな! 病人がいるならもっと走るな! 」とちょっとズレた注意していたのを覚えている。


保健室のベッドで寝かされていた私が青桐に謝ると、彼は人の良さそうな顔で微笑んだ。


「僕は見ての通り体が大きいからね。赤松さんくらい何人だって運べるよ」


「……砲丸投げやらない……? 」


「赤松さんって入ったばっかりなのに陸上部の勧誘に熱心だよね……。

そんなこと考えなくていいから休んで」


「ごめん。迷惑かけて」


「良いって。大したことじゃないし。

でもこれで分かったよね? もう無理しちゃダメだよ」


青桐は私に布団をかけると、お休みと言って出て行った。

私は、この時恋に落ちてしまった。


……だが前述した通り、私は忙しい。

とにかく楡。あいつがいなければもう少しなんとかなったと思うのだが、奴が私の兄であることに変わりはなく。

私は結局、毎日楡(と接骨木さん)に翻弄されることとなってしまう。


青桐に告白されたのはそんな生活が続いていた1年の11月だった。正確に言うと11月9日。

彼は「こんなこと言われて困ると思うけど、どうしても伝えておきたくて」と寂しそうに微笑んだ。

私は……めちゃくちゃ嬉しかった。手を繋いで踊り出したいほど嬉しかった。

青桐は自分のことをただの友達としか見てないんだろうなと思っていただけに、ここがハピネスワールド! と頭の中でファンファーレが鳴り響いた。

だがどうしても彼と付き合うことはできなかった。

身も心も余裕が無い。

人の色恋沙汰に振り回されているのに自分が誰かと付き合うだなんて。

もし私と彼が付き合い、デートをしたらその隙に接骨木さんが拉致監禁強姦殺人なんてことが起こりかねない。

しないと思いたいが。

それに母親は未だ家事が出来ないので手伝わなければならないし、陸上部のエースと呼ばれるようになってしまったため練習が重くなり、楡の監視目的で始めたアルバイトも忙しく、青桐との時間が取れない。

そんなの、彼は嫌だろう。

なら他の人と付き合うべきだ。とても嫌だけれど……泣くほど嫌だけれど……だが、せっかくの青春の時に青桐に無駄な時間を過ごして欲しくない。


私が青桐と付き合えない旨を伝えると彼はまた寂しそうに微笑んだ。まるでそうなることが分かっていたかのように。

その顔を見た時自分の腹を掻っ捌きたくなった。


彼は私が告白を断ったことで何か心境に変化があったのだろうか。

痩せた。雰囲気も変わった。モテた。

とにかくモテた。昼休みなど彼と話したい人の列が出来るほどだ。

女の子とも頻繁にLINEをしているらしい。

陸上部の部員も青桐の連絡先を交換していた。


はっきり言ってめちゃくちゃ嫉妬した。見かけるたび胃酸が迫り上がるほど嫉妬した。

私の方が先に青桐を好きになったのに!

でも、私は青桐の告白を断った身だ。何も言えない。彼が他の誰かと付き合うことを望んで断ったのだ。これは良いことだ。

本当に、青桐が誰かと話しているところを見るたび胃がキリキリと痛むが良いことなのだ。


……全て楡が悪いのだ。

奴が狂っていなければ、もしくは接骨木さんを好きにならなければ。

だが好きになってしまったというのなら私は接骨木さんを守るしかあるまい。

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