本当のところは
放課後、ポツリポツリと私たちが話をしながら帰っていると、石狩くんの携帯が鳴った。
「……非通知?
誰だろう、ちょっと出るね」
石狩くんは私の手を離さないまま電話に出る。
相手はかなり大きな声で喋っていた。こちらまで丸聞こえなほど。
「ああ、ああ! お久しぶりです。元気そうで何より」
「……どちら様? 」
「忘れたとは恥知らずな!
私も色々あって連絡を怠ってはおりましたが普通忘れないでしょう」
石狩くんは怪訝そうな顔をしているが、私はその中年男性の声に聞き覚えがあった。
「……狛犬さん? 」
「……狛犬? ……ああ。え? 」
「全く、人が願いを叶えてあげたのになんですかその態度は」
「ちょ、ちょっと待って。石狩くん、スピーカーフォンにしてもらえる? 」
何故彼の携帯に狛犬から電話が?
石狩くんは未だ怪訝そうな顔のままスピーカーフォンにする。
「狛犬さん? その、お久しぶりです。讃岐です」
「はいはい、お久しぶり」
「あの……なんで石狩くんの携帯に電話してるんですか? というか、あなた怒られていたんじゃ……」
「讃岐さんもこの狛犬のこと知ってるの? 」
「うん、だって」
石狩くんの頭覗いてたから……とは言えず、「ちょっとね」と言って誤魔化した。誤魔化しきれたとは思えないが石狩くんはひとまず何も言わないでいる。
「石狩 由多加くん。私はあなたの願いを叶えましたよね? そうでしょう。そのことを是非神に説明して頂けませんか? どうにもこうにも彼の方は怒ってしまって、私、神使であることを辞めさせられそうなんです」
「願い……? 」
石狩くんも何かお願い事をしていた?
不思議に思って彼を見ると、彼は慌てたように携帯を遠ざけた。
「あ、ちょ、ちょっと待って、今は」
「忘れたとは言わせませんよ。あなたは10月9日に私に対して自分の恋を成就させてほしいと願ったじゃありませんか。そして私はそれを叶えた!ぴったり1ヶ月。ジャストォ! なんて優しい神使でしょう。ね、神にそう言って下さいよ」
恋? 一体どういうことだ?
石狩くんは焦ったように「本当に黙ってもらえません!? 」と電話の向こうに叫んでいた。
「な、なに? どういうこと? 」
「あー、讃岐 真琴くん。あなたが扱いやすくて本当に良かった。
ちょちょっと石狩 由多加の気持ちを見せたらあっさり好きになって。邪魔さえなければもう少し早く叶えてあげられたんですけどねえ」
「え? いやだって」
それは私が願ったからじゃないの?
そんな私の思いを分かったかのように狛犬は嫌味ったらしくハハハと笑う。
「あんな、ディズニーランドの記念アナウンスみたいなの、普通信じます!? いえ、信じるものは救われるんですっけ? これは他の思想ですけど。
あれはね、嘘ですよ」
「嘘!? 」
じゃあ10000人だが100000人だかの参拝客記念で私の願いが叶えられたわけじゃない!?
「そうです! あなたのてすと、とやらの成績を上げるなら石狩 由多加の頭を覗く必要はそもそも無いでしょう。私がそういう風に誘導したんですよ……露骨でしたけどまんまと引っかかってくれてありがとうございました」
そ、そういえばあの時……。
—じゃあ……頭を良くしてほしい
—もう少し具体的に。
誰くらい、どうやって頭を良くしてほしいんですか?
例えば誰かの頭を覗くとか誰かと脳を同じにするとか、そういう風なら分かりやすいのですが
すごく露骨だった。なんで気が付かなかったんだろう。
「な、なんでそんな! 」
「何故って、石狩 由多加くんの恋を叶える為ですよ。
大体、ウチは縁結びの神ですから。頭を良くしたいなら他を当たってください」
縁結びの神……!?
全く知らなかった……しかし通りでハート型のお守りが多いわけだ。
「彼が全国模試1位を取ったというかっこよさそうな噂を流し、石狩 由多加くんの好意の感情をこれでもかと流し込み、更に羽合 条くんを操って波風起こして……」
なんということだ。
石狩くんの全国模試1位の噂はこの狛犬によるものだったのか。
いや、それどころじゃない。
「羽合くんを操った……!? 」
「最低じゃないですか」
「いやいや、操るといっても大したことじゃありませんよ? 彼の意識は奪いませんでしたでしょう。
ただ少しあなた方にちょっかいを出してもらったり、砺波 メグくんを止めさせたりしただけです。本当に本当に少しだけですって」
……確かに。普段は私など歯牙にも掛けない羽合くんが私たちの関係にあれこれ口出しするのはおかしかった。
あれも狛犬の仕業だったのか。
「砺波さんを止めさせるってなんです」
「彼女、どうも石狩 由多加くんに敵意、いや殺意を抱いていたようであなたがたの邪魔をし始めたでしょう。その時ちょうど私は神に絞られていて何も出来ず……ただ羽合 条くんの潜在意識は握っていましたからね。彼に砺波 メグくんの邪魔をしてもらいました」
なるほど。階段の踊り場で羽合くんが話しかけてきたのも狛犬の仕業。
「砺波さんをどうにかすれば良かったじゃないですか」
「彼女みたいな強くて複雑な人は難しいんですよね。反面、羽合 条くんのように脆くて愛に飢えてる子供というのは操りやすい。ああいう子、私は好きですよ。
でも彼には悪いことをしてしまったかもしれませんね。なんたって彼は心底、砺波 メグくんを崇拝してますから。彼女の邪魔をするのは彼の戒律を破ることと同義。
今頃罪悪感で苦しんでいることでしょう」
「それが分かってるならなんでそんなことを!? 」
「私の仕事は、石狩 由多加くんの願いを叶えることでしたからねえ。
神は純粋な彼のことを気に入った。ならば私は彼の願いを叶えるべきでしょう。他の者などコマに過ぎません。狛犬だけに」
アッハッハ、と狛犬は笑う。
これは本当に神使なのだろうか? 悪魔の方が近い気がしてきた。
「さて! 私の努力は伝わったでしょうか?
石狩 由多加くん。神に、私がいかに働いたかどうかお伝えくださいね」
「いえ、お断りします」
「なっ!? 何が気に食わないのでしょう!
まさかまた願いを叶えてほしいのですか? ですが最早讃岐 真琴くんはあなたにメロメロですよ? 幾ら私の介入があったとはいえここまでになるとは予想外です。
気を付けてくださいね、彼女あなたに依存しその内あなたがいないと不安で何も出来なくなりますよ」
「え……? 」
何故か石狩くんは頬を染めて期待に満ちた目で私を見た。
後半部分聞こえてなかったのだろうか。
「あなたが良いならいいですけどね。
それで、どうしたら神に取り計らってくれます? 」
「いや、あなたは危険な香りがするのでそのまま追放してもらった方がいいと思います」
「なんと!? 」
私もそう思うので、横でうんうんと頷いた。
それを狛犬は見ていたかのように私の名前を叫んだ。
「讃岐 真琴くん! あなたの願いを叶えましょう! そして石狩 由多加くんに私を神に取り計るよう言ってください! 」
「ええ……」
もう関わりたくないのだが。
だが狛犬は早口に言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだ。あなたの知りたいことを教えてあげましょうか? 他の信徒のことですが少しは知っております。あなたの伯母は我が子のことが憎いわけでも夫の浮気癖に悩んで自殺したわけでもありませんよ。あれは元々病気で死期が近かった。だから手っ取り早く男を捕まえて子供を産んだんです。それがあれにとっての希望だったんですよ。
イチジクの花言葉は子宝に恵まれるというらしいじゃないですか。あれは子供が欲しかったんですよ。
ま、あなたの伯父はそんな妻の気持ちなど露ほども知らないで、息子のせいで妻が死んだなどと思ってますがね。人間というのは愚かなものです」
「……信じろと? 」
「嘘じゃありませんよ」
ああ、楡。
もし幼い彼がこのことを知っていれば救われただろう。
だが私がこの話を彼にすることはないし、そもそも彼はもう恋人によって救われている。
「……確かにそれは私の知りたいことですが、私に言ってもしょうがありませんよ。
それよりも私たちに神様に口添えを頼むのはやめてきちんと自分でなんとかした方がいいと思います」
「なんという正論。
ならば石狩 由多加くん、あなたの」
「すみません、電池が無いので」
「これは神通力を使っているので電池など気にせずとも—」
石狩くんは問答無用で電話を切った。
私たちの間に沈黙が流れる。
「あの、讃岐さん」
「はい」
「……その……俺の、頭を覗いてたって……」
彼がそう言った瞬間、私は即座に地面にしゃがみ土下座をした。
コンクリートがスネに食い込むが気にしていられない。
「申し訳ございません! 」
「わっ!? いい、やめて、立って」
「軽い気持ちでお願いしたらまさか本当になるだなんて思わなくて。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
私のことは好きなようにしてくれて構いません。殴っても蹴っても煮ても焼いても警察には言いません。殺したいというならそれも……」
「そんなことしない! お、怒ってないから立って」
彼に腕を掴まれ立たされる。
私は罪悪感から石狩くんの目が見れなかった。
—まさかバレてしまうだなんて。
「……いつから……」
「10月の17日から11月入るまでです……」
「だからあの日、数字当てマジックやったのか……。じゃあ、俺が考えてたこと全部筒抜け……なんだよね? 」
「ごめんなさい……」
「俺の方こそ……」
石狩くんの顔が真っ赤だ。
それはそうだろう。私が逆の立場だったら立ち直れない。
「……本当に全部筒抜け? 勉強のことだけじゃない? 」
「多分全部……」
「…………満員電車に乗ってた時のこととか」
「………………うん」
あの時のことは時々思い出しては悶えている。
どさくさに紛れて……キス……された。
「気持ち悪いよね……ごめん……」
「う、ううん! 別に! ちょっと驚いたし、案外ムッツリだなとは思ったけど……」
「ムッツリでごめん……」
「い、いや! あの、平気……です?
私に対してすぐ可愛いって、思ってくれたの嬉しかった……」
「…………あー……うん……」
彼は顔を真っ赤にして俯いた。
私まで赤くなる。
「今はもう分からないんだよね? 」
「うん、何も」
「なら良かった」
そう言って彼は顔を背けて歩き出してしまった。
やはり怒ったのだろうか。
「ご、ごめんなさい。誰にもこのことは言いません。切腹しますか……」
「切腹!? なんで!?
……俺は怒ってない。ただ、すごく恥ずかしいだけ」
「本当に……? 」
「本当に。
俺ってそんなに怒ってるように見える? 」
「うん……。
というか石狩くん、あんまり何考えてるか分からないから……思ったことどんどん口に出して欲しい……」
更に言わせて貰えば無表情なので喜怒哀楽も掴みにくい。
私がそう言うと、石狩くんは分かったと頷いた。
「……今は赤くなってる讃岐さん可愛いからキスして、触りたいなって思った」
「えっ!? あ、そ、そう……」
そういうつもりではなかったのだが……思わぬパンチが飛んできて私は耳まで赤くなった。
「讃岐さんも思ってること言って」
「あ、うん。
……なら……なんで私のこと好きになったのか知りたい……」
これは最大の謎だった。
私は伺うように石狩くんを見る。
彼は恥ずかしそうに髪をくしゃくしゃと掻いた。
「覚えてないと思うけど、四月の、委員会決めの時に俺図書委員がやりたいって言ったのに学級委員やらされそうになって。
その時、讃岐さんだけが俺の意見聞いててくれて、先生に俺が図書委員やりたいってこと伝えてくれた」
そういえばそんなことあった気がする。
確かにあの時、石狩くんは成績が良いというだけで本人が図書委員を希望していたにも関わらず無理矢理学級委員をやらされそうになっていた。
結局学級委員はジャンケンで他の人になり、石狩くんは図書委員をやっている。
「あくまできっかけだけど、俺の話をちゃんと聞いてたんだって嬉しくて。
それ以来なんとなく讃岐さんのこと目で追うようになって……いつのまにか好きになってた」
「そんなことで……? 」
「そんなことで。
俺の話を讃岐さんだけは聞いててくれたから」
そう言って彼はフッと笑うと私の手を掴んだ。
「好きだ」
「う、あ、ありがと、う」
「ちゃんと言ってなかった気がしたから。
好きだよ、讃岐さん」
「……私も……好き……」
「うん」
彼はそっと私の方に顔を寄せた。
私は石狩くんの腕をぎゅっと掴んで背伸びをする。
唇が微かに触れ合った。




