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躑躅高校の生徒たち  作者: アンソニー 計画
菫たちの花開く変化
10/23

side イチジク 2

あれ以来菫は、俺に菫コレクションを捨てさせるとご褒美にキスをしてくれるようになった。最高だ。それだけで俺は幸せで死にそうになる。


「やはり、石原さとみ風ぷっくりモテリップは効果がある……」


などと彼女は言っていたがそうじゃない。

菫だから良いのだが……。


菫が側にいてくれるようになり俺は安定した。少しのことで人を殴るのは止めることにした。というか、あまりイラつかない。どうでも良いのだ他の奴らは。菫がいればそれで良い。


凌霄花も彼氏が出来て嬉しそうだ。青桐の方を見てはニヤニヤしている。気持ち悪いからやめた方がいいと言うと、あんたもニタニタして気持ち悪いから気をつけなと言われた。

そんなはずは……あるんだろうな。


「ダブルデートとか、したいよね」


「うん……? 」


菫が我が家でお茶を飲みながらポツリと呟く。俺と妹は顔を見合わせた。


「ダブル」


「デート」


それまさか、凌霄花と青桐と一緒にって話じゃないだろうな。


「うん。ダブルデート。青桐くんとも話してたんだよね」


青桐が良いと言うとは思えない。多分引きつった笑みを浮かべるも強く拒絶できずに頷いてしまったのだろう。その顔が目に浮かぶ。


「へ、へえ。でも菫。よく考えて。私と楡は兄妹なんだよ? お兄ちゃんのデートなんて見たくないよ、気不味いし……」


「そうそう。俺も妹が青桐にデレデレしている様を見ていたらどう反応して良いのか分からなくなる」


「一年前まで他人だった割にはすっかり兄妹関係なの凄いよね。

でもほら、遊園地とか行きたくない? 観覧車とか乗りたくない? 」


「兄がいなければ乗りたいけど……」


「俺も菫となら……」


それじゃあ普通のデートじゃん? と菫は言う。普通のデートで良いじゃないか。


「ワイワイ楽しみたいなあって」


「つまり人数が多い方が良いってことか? なら俺の従姉妹を呼ぼう。ちょうど同じ学校だし」


「へえ! 従姉妹いるんだ! どんな子? 」


俺は従姉妹の顔を思い浮かべた。

そんなに話さないので良く思い出せなかった。


「根暗で人見知りで愚鈍」


「そ、そっか。ダブルデートしてくれるかな」


「そもそも恋人いないと思う」


「なら3人で遊ぶってこと? 」


「いや、途中で従姉妹は置いていく。多人数で遊びたい気分になったらまた連れ回そう」


「あまりにも残酷……」


却下らしい。

凌霄花も顔を歪ませる。


「人をなんだと思ってるんだ」


「……従姉妹さんに悪いしダブルデートはやめておこうか……」


菫が少し寂しそうに笑う。

彼女はダブルデートが、結構かなり本気でしたかったのだ。俺はその事実に打ちのめされた。

しなくては。ダブルデートを。

この際俺の気持ちなんかどうでもいい。凌霄花の気持ちも青桐の気持ちももっとどうでもいい。大事なのは菫である。菫がしたいと言うならするべきなのだ。


「ダブルデートしようか」


「えっ!? いいの!? 」


「ああ。妹さんもそれで良いな? 」


「ぜんっぜん良くないけど? 」


「そ、そうだよね。ごめんね、無理言って」


菫がシュンとした顔になると、凌霄花はしまった、と口を抑える。


「いや、あの、そう。楡がいなければ」


「デートじゃねえなそれ」


「ほ、ほら! 青桐は嫌だろうし! 」


まあ嫌だろうな。あいつには何かした覚えはないがめちゃくちゃ嫌われている。俺も別に好きではないので構わないが……こうなるとちょっと面倒だ。


「俺がなんとかする」


「ゲ!? いい、やめろ。楡が動くとロクなことにならん」


「菫、俺に任せてくれ。菫のためならなんだってするから」


「うーん……楡くんに見つめられると頷いてしまう自分がいるな……」


凌霄花が天に向かって祈りを捧げていた。青桐の無事を祈っているらしい。俺のロザリオを貸してやろうか。


*


翌日。俺は青桐の隣の席に座る。この席は翌檜という奴の席らしいが、半ば無理矢理了承させた。


「ギャア!? 朝から何故悪魔が……!? 」


「よう。ちょっとツラ貸せよ」


「皮を剥ぐつもりだな? 絶対嫌だ」


「ちげえよ。お前たまに言うことが物騒だよな」


ギャアギャア騒ぐ青桐の襟首を掴んで校舎裏まで引きずる。

その間何人もの女生徒が泣きそうな顔で青桐を見ていた。助けるつもりはないらしい。


「お前まだイメチェンアドバイザーだっけ? やってんの? 」


「うん。前みたいにちゃんとはしてないけど……なんでそんなことを聞くんだ? まさか貴様、僕の友達にまで手を出すつもりじゃ……」


「俺をなんだと思ってるんだ……。

そうじゃなくて、赤松が心配してたから」


「え? 何を? 」


「浮気とかじゃねえの? 」


しないと思うが……案の定青桐は顔を真っ青にして慌て出した。


「そんなことするわけない! 」


「俺に言われてもなあ? ただ、確かにお前女とばっかり仲良いし」


「それは……何故か男友達が離れてしまって……でもゼロじゃない。男友達だっているし……」


多分イメチェンした青桐についていけなくなったのだろう。友情とは脆いものである。


「それに! 僕はそんな不誠実な人間じゃないし、赤松さんにメロメロだし、浮気なんてしてない! 」


「おう。そうか。だがアイツには伝わってないんじゃねえかなあ」


「そんな……」


「そこでだ。俺と菫、お前と赤松でダブルデートをしないか? 」


「貴様がダブルデートなんて甘酸っぱい言葉を知っていたとは」


なんでこいつ俺のこと貴様呼ばわりするんだろう。

青桐は逡巡した後、わかった、と頷いた。


「どこからでもかかってこい」


「喧嘩じゃねえよ。

んじゃあ、計画を練ろうか」


「え? 僕たちで? こんなに相性の悪い僕たちで? 」


「こういうのは男が計画するもんなんだよ」


俺が適当に言うと青桐はそういうものか……と黙った。こいつチョロいな。


「じゃあどこに行くか決めようか。

赤松の誤解を解くためにはある程度2人きりになる時間が必要だろ? 」


「そうだね」


「そうなると水族館とかだと難しいな。そもそもグループで見に行くと誰かしらはぐれるし。

映画も微妙だな。話せない」


「なら遊園地とかは? 一緒に行動するけどアトラクションでは二人組に分けられる」


「そうだな。遊園地が良い」


ここまで誘導がうまくいくと笑いも起きない。こいつ大丈夫だろうか。


「遊園地って、最後は観覧車に乗るんだよね。それくらいしかデートの定石分かんないや」


「はあ、まあ適当に楽しく遊べば良いんじゃねえの? 」


そんなのは俺も知らない。

そう言うと青桐は意外そうな顔をした。


「そうなの? 楡って恋人を取っ替え引っ替えしてるイメージがある」


「はあ? 失礼な奴だな。俺ほど一途な男もいねえよ」


「うん、死んで欲しいなってたまに思うくらい一途だよね。

でも接骨木さんと会う前はどうだったの? 彼女いそうなのに」


「いない」


「へえ……意外……」


そうだろうか? 自分で言うのもなんだが、すぐに手が出るのでモテる方ではないと思う。

むしろ俺を好きなんて悪趣味だな……とたまに菫に対して思う。菫が悪趣味で良かった。


「こんなこと言いたかないけど、楡はイケメンの部類に入るだろ? 」


「ああ」


「否定しろよ。

でもそっか。そりゃ中身がマーラだしね」


「そんなことない」


「そこは否定するなよ。

うーん。じゃあデートの計画どうするよ」


「ネットの力とか」


「味気ないなあ。ちょっと誰かに聞いてみよう」


俺と青桐は校舎裏を離れ人間を探す。ちょうどいいデート慣れしている奴はいないのだろうか。


「若葉は? 」


「信用ならねえだろアイツ」


「確かに……あ」


彼は誰かを見つけたのか、おーい、と手を振っている。相手はそれに気がつくと仏頂面でこちらに寄ってきた。

そいつは華奢な男だった。この私服が多い校内でぴっちりとブレザーを着ているのが逆に浮いている。


「大天才の石狩くんに聞きたいことがあるんだけど」


「何」


「遊園地デートってしたことある? 」


「無い」


無愛想な奴だ。

石狩と呼ばれたそいつは胡乱げな顔で俺たちを見る。


「なんで俺に聞くんだ? 」


「頭が良いので最適なデートを教えてもらえるかと」


「頭の良さと経験は関係ないだろ。そもそも別に俺頭良くないし」


ごもっともだ。


「大体、そんなの他人に聞くんじゃなくて相手に聞いた方が早い。相手は絶叫系は苦手かもしれない、高所恐怖症かもしれない。そうだったら考えたプランだって台無しになる。相手にとって楽しめなけりゃ意味ない」


石狩は顔をしかめながらそう言った。不機嫌そうだ。くだらないことに巻き込まれたと思っているのかもしれない。

俺がアイツの立場なら話を聞かないでさっさと立ち去る。


「た、確かに」


「なら都合よく2人きりになれたり、グループになれるようなプランは無いか? 」


俺がそう聞くとまた彼は顔をしかめたが、どうやら考えているだけらしい。


「2人きりに……どれくらい? 何したいんだ」


「話したりいちゃついたりキスしたりいちゃついたりしたいんだよ」


「それは何分くらいのことなんだ」


「お前、セックスの時間正確に計ってそうで怖いな。

まあでも、話すだけなら15分くらい……合計で1時間あれば良いか? 」


「ごめんね石狩くん。こいつちょっと頭がおかしくてさ……」


「別に。

どんな話がしたいかによるけど、例えばアトラクションに並ぶ組と飲み物を買う組で分かれて後で合流するとか。何かを買いに行って分かれるとか……お土産やら飲み物やら何かしら、タイミングはあるんじゃない?

あとはどこの遊園地かによるけど、近くにショッピングモールがあるようなところなら上手くいけば2組に分かれられるんじゃないか? 」


「なるほど! 楡、メモしろよ」


いつもスマホを弄っている青桐の方が打つのが早いだろうになぜ俺が……。そう思ったがスマホを取り出してその案を書いていく。


「ああでもアトラクションの待機列に合流して良いんだっけ? まあそこは臨機応変に。

俺じゃこれくらいしか分かんない。後は自分で考えて」


「ありがとう」


石狩はブスッとした顔のまま立ち去った。


「……なんなんだアイツ? ずっとイラついてた割には色々教えてくれたな」


「石狩くんは常にああいう顔なだけで、貴様と違って良い人だから」


そうなのだろうか。

だがお陰でいい情報が集まった。俺たちは教室に戻った。

自席に着く青桐と、勝手に翌檜の席に着く俺。

すると、翌檜の机の中に遊園地のパンフレットが入っているのを見つけた。


「こ、これは! 」


「ダークホースだな……おい、翌檜」


「ひっ!? 楡が俺を認識した……殺される……」


「今日のとこは殺さないでおいてやるよ。

お前この遊園地行ったのか? 誰と行った」


「か、彼女と行きました……」


これは良い。

俺は早速翌檜の襟首を掴んで引き摺ると根掘り葉掘り、遊園地デートのことを聞き出した。


*


完璧な計画だ。俺は1人ほくそ笑む。

この計画なら菫はきっと満足するに違いない。適度に2人組に分かれつつも基本は4人行動……これぞまさに菫の求めていたダブルデートだ。

チケットは4枚もう取った。今週末に早速計画は実行される。

部屋で1人ニヤニヤしていると、玄関から慌ただしい音がしてきた。


「ああ! 無花果! 大変なんだ。菊菜がインフルエンザになって……」


親父が菊菜さんの体を抱きかかえ狼狽えていた。


「インフルエンザ……」


インフルエンザ菌の潜伏期間は一週間である。

俺は予防接種をしていない。きっと凌霄花も……。


嫌な予感がする。背筋が寒い。

そういえばなんだかさっきから体の節々が痛む。

いやまさかそんな。


「どうしたの……ってお母さん!? 」


凌霄花が慌てたように顔を覗かせる。親父は不安そうな声を出した。


「凌霄花ちゃん、大変なんだ。お母さんがインフルエンザで高熱を出してて。救急車を呼んだ方がいいかもしれない」


「えっ……それ……。

って、兄さん!? 顔色真っ白だよ!? 」


「いや、俺は元気だ。早く菊菜さんを病院に隔離して俺に抗生物質を打ってもらおう」


「もうダメじゃん……っていうか、お義父さんもなんだか顔色が悪いよ……? 」


「ああ、実はさっきから寒気が止まらなくて……」


「待って嘘でしょ!? 救急車! 」


視界がゆらゆらと揺れる。

立っていられない。


「兄さんっ!? お義父さんも……!

ああ、なんで私だけ元気なのよ! 」


それは普段から暴れているからかつ最近は無理な仕事を人に任せるようになったから体力が余っているのだろう。

それと凌霄花の花言葉は、祝福する際のファンファーレに似ている形から「名誉」らしい。

絶対にあいつは祝福されている。

薄れゆく意識の中俺はそう思った。


*


「インフルエンザ大丈夫だった? 」


「ああ。菫は? うつしてない? 」


「大丈夫だよ」


菫は寝ている俺の額に手を当てた。

結局、俺が倒れたことにより遊園地ダブルデートは無しになった。凌霄花と青桐は行ったようだが。


「ごめん、インフルエンザの予防接種を受けとくべきだった」


「うん……私たちも来年受験生なんだから絶対受けなきゃ……。

でもデートは気にしないで。また行こうよ」


菫……なんて良い子なんだろう。俺は抱きつきキスをしたくなったがなんとか堪える。

もう医者には大丈夫と言われているがもし万が一菌が残っていたら彼女にうつしてしまう。それだけは嫌だ。


「余ったチケット、翌檜くんにあげたんでしょ? 」


「ああ。その期間限定の券だったのが失敗だったな……」


「……楡くん最近優しくなったよね」


「元々優しい」


「まあ私にはそうだけどさ……。そうじゃなくて。前の楡くんならそもそもダブルデートしてくれなかった気がする。それなのに、青桐くんと協力してプラン立ててくれたんでしょ?

しかも、チケットを翌檜くんにあげるなんて……」


菫は俺のことをどう思ってるのだろう。俺だって普段からそれくらいはする。多分。


「私の盗撮もしなくなったし、人と話してて突然怒らなくなったし。

変わったよね」


「そうかもなあ。でも菫も変わった。前より明るくなったし、ハキハキしだした」


「え? ああ、それはだって、楡くんが私のこと好きってことが自信になってるんだよ」


それは俺もそうだ。菫が俺のことを好き。そのことで心が満たされる。

母親の呪いはもう気にならない。


「 楡くんのお陰で私色々変わったなあ……」


彼女は髪を耳にかけた。

半年前に比べて、菫は蛹から蝶になるかのごとく美しく成長した。

こんなに美人だと周りの目が気になって困ってしまうくらいだ。


「石原さとみにはなれなかったけど……」


「まだ言ってんのか。俺が好きなのは菫なんだってば」


「うん。整形しないで良かった」


そんなこと考えていたのか。危なかった。

俺は彼女が好きなのだ。どんな見た目だとしても彼女の清廉さ、無垢さは変わらない。


俺は菫の手を繋いだ。彼女は嬉しそうに笑う。

俺は彼女と共に生きていく。

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