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5

胸元に手を当てて呼吸を整え、玄関に向かう。


ロビーに人は疎らで、見知った人の姿はない。


その時ふと、幸一の姿を見ていないのに気付いた。振り向いてみるが、彼らしき人物はない。


「なによ、薄情なのね」


「誰が薄情だって?」


「!?」


突然真横から声をかけられ、心臓が止まるかと思った。


悲鳴を上げなかったのが、逆に不思議だ。


「い、いたのね」


振り向くと、そこには新道幸一が腕組をして立っていた。


「せっかく見送りに来てやったのに、薄情者呼ばわりかよ」


「あら、私そんな事言ってないわよ」


聞き間違えじゃない?と笑って誤魔化す。が、彼に通用しないのは初めから分かっている。


「ま、別にいーけど。取り敢えずお疲れ。これからは趣味の時間を楽しんで下さい」


「なによそれ。定年退職じゃないのよ」


吹き出しそうになってしまい、手を口元に当てる。


「まぁとにかく、暫くはまた家でのんびりすればいいよ。せっかく金持ちと結婚したんだからさ」


「そうね」


呟き、目を伏せる。やはり、寂しかった。このまま会社を辞め、再び専業主婦に戻る事が。


「じゃあ俺、仕事だから」


「えぇ。頑張って」


去り行く幸一の背中を見送る。


暫くそうやって社内を見つめていた。


来ようと思えばいつでも来られる。


だから寂しくはない。


何度も自分に言い聞かせ、踵を返して外に出る。


外は平日の昼間だというのに、たくさんの人で賑わっていた。


あんなに階段を降りたのに、不思議と疲れを感じなかった。


人がたくさんいる場所は落ち着く。


今日は暫く、1人でいたくない。


「久しぶりに、歩こうかな」


誰に言うわけでもなく呟き、少し歩みを早める。


六本木までは遠い。


しかし今日は歩いて帰りたかった。


見上げたビルは、初めて見た時と同じように大きくて、綺麗に磨かれたガラスが輝いている。


人の中を縫うように歩きながら何度も振り返る。


しかしその姿は、次第に他のビルに飲み込まれ、しまいには見えなくなってしまった。

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