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「おはようございます」
4人は慌てて立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。
それでも上目遣いで周囲を確認する。
もしかしたら社長が気をきかせ、深雪と一緒に出社したのではないかと思ったから。
だがそこに彼女の姿はない。
「あぁ、おはよう」
彼の口から初めて挨拶を返された。
少し間が空き、驚いて顔を上げる。
「なんだ。俺の挨拶が不満か」
社長は今まで、どんなに機嫌が良さそうな時も決して挨拶を返さない男だった。
初めは不満に思ったが、今はもう慣れてしまった。
だからこそ彼の口から出た4文字の言葉を聞いた瞬間、意味を把握するために間が空いてしまったのだが。
「い、いえ。まさか!」
瑞穂は慌てて両手を振り、否定する。
社長も元々本気ではなかったらしく、それ以上突っ込まれる事はなかった。
「昨日は大変だったらしいな。新道から聞いた」
「新道さんからですか?」
何故広告課の新道が社長と関わり合いがあるのか。
優とさゆり、そして瑞穂は意外そうに目を丸くする。
「なんでも通報したのもアイツだそうだ。陽子。花子にもそうだが、2人に会ったらきちんと礼を言えよ」
そう言うと、社長室に消えて行った。
社長が部屋に入った瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかの様にドアが開いた。
4人は視線を変え、そこに居た人物を見て目を丸くした。
「おはようございます」
「深雪ちゃん!!」
声を上げ、駆け寄る。
「大丈夫?腕、怪我しただろ?」
「はい、大丈夫です。軽い怪我ですから」
ニコリと笑い、包帯を巻いた左手に軽く手を添える。
全員揃ってくれていて良かった。
深雪は心の中で、安堵した。
「深雪ちゃん、ごめんね!私のせいであんな事っ……私、深雪ちゃんが来なくなったらどうしようかって、すごく心配したの!!」
泣きながら、瑞穂がぎゅっと抱き着いてくる。
その瞬間、深雪の表情が僅かに曇った。
「実は今日、その事でお伺いしたんです。皆様には本当に申し訳ないと思うんですけど……私、退職する事にしました」
「え……!?」
室内の空気が張り詰める。居心地の悪い、嫌な雰囲気。
だが逃げられない。
「どうして!?別に辞めなくてもいいじゃない!だってあれは正当防衛でしょ!」
「そうよ。一昨日の事は私達が悪かったわ。あんな風に疑ってかかるなんて、私……どうかしてたのよ。だから辞めるだなんて言わないで!」
口々に言う彼女達の目には涙が浮かんでいた。
それにつられ、深雪も表情を歪める。
しかし、ここで決意を変えるわけにはいかない。
「ありがとうございます。だけどもう、決めたんです。今まで本当に楽しかった」
深雪の顔はもう、固い決心をした人間そのものだった。
「今日は退職願を出しに来たんです。あと、皆様にご挨拶をと思って。私、色々隠している事があったんです。だから最後に、それをお話します」
正直まだ、戸惑っていた。
それ程深雪が隠しているものは大きく、他人には理解し難いものだから。
深く息を吐いて顔を上げる。