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「花子ちゃん聞いたわよ!人妻なんだってね!」
昼食を終えて戻ると早々、他の秘書課の仲間達が駆け寄って来た。気のきいた返事が見つからず、黙って首を縦に振る。
「新卒採用だから、既婚者だなんて思ってなくてびっくりしちゃったわ」
さゆりも目を丸くし、ポツリと呟く。
どうやら皆、年上の自分達が独身で、年下の深雪が既婚者だという事実が受け入れ難いらしい。
「最近の子は、早い子は早いものねぇ」
三十路を超えた最年長の華江に至っては、目を伏せながら落ち込んでいる。
「ねぇ、恋愛結婚?旦那さんは何歳?どんな仕事をしているの?」
先ほどとはうって変わり、瑞穂は色々と質問攻めをしてくる。
何故女性は結婚の話になると、こんなにも興味津々になるのか、イマイチ理解できなかった。
「一応恋愛結婚です。旦那は今26歳で、普通のサラリーマンですよ」
「へぇ!羨ましいなぁ」
キャアキャアとはしゃぎ、瑞穂は更に追及する。
正直少しウンザリしてきたが、コミュニケーションの一環だと自分に言い聞かせた。
「カッコイイ?優しい?」
「格好良いかはよくわかりませんが……」
優しいには優しいです、と言いかけた時だった。
「おい、お前達。いくら昼休みだからって騒ぐな。ここは学校じゃないんだ」
後ろから低い声が響き、皆はピタリと口を噤む。
いつの間にか、不機嫌そうな顔をした近藤社長が立っていたのだ。
「しゃ、社長。すみません」
瑞穂は俯きながら頷き、大人しく席に着く。
社長は目を細めると、深雪に視線をやった。その威圧的な雰囲気に、思わず身構えてしまう。
「お前旧姓は何て言う?」
「この苗字です」
何故旧姓を聞かれるのかわからない。しかし反論する事もできず、素直に答える。
すると社長はそれを聞き、軽く鼻で笑った。
「今流行りの夫婦別姓ってやつか?まぁいい。せいぜい気が変わって姓を変えない事だな。お前が近藤でなければ秘書課には入れないからな」
社長は小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言い捨てると、ドアを開けて出て行った。
社長がいなくなり、瑞穂は眉を寄せながら呟く。
「なにあれ。感じ悪ーい」
「社長、きっと花子ちゃんが羨ましいのよ」
「そうよね。気にしちゃだめよ。社長はあぁいう性格なんだから」
瑞穂に賛同するかの様に、優やさゆりも眉を寄せながらドアを睨んだ。
どうやら傍若無人でモラルの乏しい社長は、若い子にウケが悪いらしい。
ちょうど昼休みが終わる合図が鳴り、各自持ち場に去って行く。
この年で既婚者なのがそんなに珍しいことなのだろうか。
それとも、自分は既婚者には見えないような雰囲気でもあるのだろうか。
いまいち釈然とせず、黙って指輪のはめられている手を見つめた。




