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「近藤さん、ちょっと一緒に来てちょうだい」
5年生の夏休みを控えたある日、担任に呼ばれた。
まだ新米の、若い女だった。
彼女は深雪を人気のない部屋へ連れて行くと、真面目な顔で肩を抱いた。
「近藤さん、どうして自分の事を『俺』って言うの?」
「はぁ?」
意味がわからなかった。
男が『俺』と言って、何が悪いのか。
友人は皆そう言っている。
自分だけが咎められるのが納得できなかった。
彼女は更に続けた。
「それにね、女の子は女子トイレを使わなきゃダメよ。どうしていつも、男子トイレに行くの?」
「何言ってんだよ」
苦笑いを漏らす。
女は女子トイレに決まっている。
だけど自分は違う。
「よく考えて。あなたは女の子なのよ」
「何言ってんだよ」
不快感を露にした。
自分が女の子だなんて、あり得ない。
女はキーキーうるさくて、すぐにメンバーを作り、陰湿な仲間外れをしたりする。
自分はそんな事をしない。
女は仲が良いふりをして、ヒソヒソ陰口を言い、みんな一緒じゃないとトイレにも行けない。
だけど自分は違う。
「先生、俺をバカにしてんの?俺は女じゃない、男だ」
もう何年もこうやって過ごしてきた。
今さら変えられるわけがない。
背を向けて去ろうとしたが、強く腕を掴まれた。
「待ちなさい!」
「うるせぇな!!」
「先生に向かって、何て口を利くの!?」
腹が立った。
当時の深雪は、6年の生徒らとつるんで、何かと悪さをしていた。とは言っても、近所の家に石を投げて割ったり、駄菓子屋で万引きをしたり。
ケンカもしょっちゅうしていたが、てんで比べ物にならないレベルだ。
初めて他人に叱られ、無性に腹が立った。
深雪は深雪らしく、人生を謳歌しているつもりだった。
悪い事なら他の奴らもしている。
なのに何故、自分だけが注意されるのか。
「先生の話を真面目に聞きなさい!あなたは女の子よ!『私』って言いなさい。それと、トイレはちゃんと、女子トイレに行きなさい」
彼女の言葉が、胸に突き刺さっていく気がした。
ささくれを剥がすような、鈍い痛み。
自分を全て否定されるような恐怖。
そんな色々なものが、一気に押し寄せてきた。
「いい?あなたはこれから女の子の体になるの。もうすぐ生理だって来るわ。男の子のように、体を動かして遊ぶのは構わないのよ。でもね、あなたは女の子だって事を自覚さなさい」
痛い。体が、心臓が痛くてたまらない。
体中の血が、頭に集まった。
その瞬間、目の前が真っ白になった。
何をしたのか、他人に聞いただけで定かではない。
ただ気付けば、目の前には血だらけになった女の顔があった。
騒ぎを聞き付けた教師達に押さえられた深雪の手は血に染められ、ズキズキと痛んでいた。
これが初めて、深雪が人を殴った瞬間だった。




