表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/89

1

「深雪、深雪」


「ん……?」


目を閉じている筈なのに、妙に眩しく感じるのはなぜだろうか。


軽く肩を揺らされる感覚に眉を寄せ、ゆっくり目を開く。


「おはよう」


「おは、よう」


目の前には、微笑む旦那の顔があった。


それは見慣れたものだったが、その背景に広がる景色は、見慣れないものだ。


寝惚け眼で頭がはっきり覚醒していないせいか、頭上にクエスチョンマークを浮かべた様な間抜けな表情をする。


「ここ、なに……?」


「相変わらず低血圧だな」


コウはクスリと笑みを漏らすと、軽く頭を撫でて立ち上がる。


黙ってその姿を目で追ううちに、昨夜、あのままホテルに泊まった事を思い出してきた。


「すっかり忘れてたわ」


髪の毛をかきあげ、恥ずかしそうに笑う。


「深雪はいつも寝起きは『ここはどこ?』状態だもんな」


コウはすっかりワイシャツとネクタイを身に付けた姿で、カップを片手に室内を移動する。


立ち上がろうとした時、自分の格好に気づき、慌ててシーツを手繰り寄せた。


「下着はそこだよ。まだ時間はあるから、下で飯食おう」


「えぇ、そうね」


手を伸ばして下着を掴み、素早く身に付ける。


「私の服は?」


「あぁ、そこの椅子」


新聞を読みながら指を差され、ベッド脇に置かれた椅子を見た。


真新しいスーツが背もたれにかけられている。


取りに行こうと起き上がりかけた時、ズキリと鳩尾が痛んだ。


そっと様子を伺うと、その部分だけ痛々しい痣ができていた。


(やだ……大変)


すぐにチンピラに殴られた痕だと気付いた。


ここでベッドから出れば、間違いなくバレてしまう。


「ねぇ、服を取って」


「別に普通に着替えてもいいよ」


少し離れた場所にいたコウは、新聞から目を離して苦笑いする。その顔は『何を今さら』と言っているようだった。


「お願い」


「全く、仕方ないなぁ」


それを恥じらいだと受け取ったのか、ポツリと呟き、カップを置いて椅子に近付く。


「ありがとう。すぐに支度するから待っていて」


「ゆっくりでいいよ」


そう言うと、再びソファーに戻る。


コウが新聞に集中しているのを確認しながら、素早く着替えを済ませた。


やっとベッドから脱出し、ドレッサーの前に腰掛ける。その時ふと、ある事を思い出した。


「アイロンがないわ」


「アイロン?」


「どうしよう、髪がセットできない」


元々パーマはかけていたが、風呂上がりにロクに乾かさずに寝てしまったため、背中まである髪は殆んどストレートに近い。


「下に美容室があると思うよ」


行ってくる?と聞かれ、時計を見る。あいにく、今からでは間に合いそうにない。


「いいわ。今日はこのままで行くから」


考えてみると、ストレートの髪型は久しぶりだ。


いつもの化粧をするが、髪型のせいで妙な違和感がある。


「なんか別の人みたいだね」


コウもそう思ったのか、上着を羽織ながら笑う。


「変?」


「いや、変じゃないよ。ただ、なんか違和感があるかな」


「そうよね」


だが時間的に美容室に行く余裕も、自宅に戻る余裕もない。


仕方無いかと呟き、上着を着て部屋を出た。


会社に着いた深雪は、恐る恐るドアを開けて顔を覗かせる。


会社には早目に着いたのだが、昨日、あのチンピラに奪われてしまい、社員証がないことに気づいたのだ。


その為、仮の社員証の発行や、再発行の手続きやらで、結局出勤時間ギリギリに課に入る羽目になってしまった。


ドアが開いた音に反応し、瑞穂が顔を上げる。が、深雪を見た瞬間、目を丸くした。


「あれ?花子ちゃん?」


「おはようございます」


頭を下げ、自分の席に着く。言われる事はわかっている。


「どうしたの?今日は髪型違うね」


「はい。ちょっと寝坊しちゃって」


いくらなんでも、旦那とホテルに泊まっていたからとは言えない。


いつもならば「どうして寝坊しちゃったの?」等、色々突っ込んでくる瑞穂だが、今日はそれっきり何も言わなかった。


「あら?キャリアさんは?」


軽く周囲を見回した時、誰よりも早く来ている筈の華江の席が空いているのが目についた。


「休みだよ。また、風邪を引いたんだって」


「そうなんですか」


とは言いつつも、もしかしたら昨日の事と何か関係あるのではと思った。


皆もそう感じているのか、どこかソワソワしている。


そこへ社長が現れ、4人は慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「おはようございます」


「あぁ」


いつもの様に挨拶を返す事はなく、真っ直ぐに社長室に向かう。が、深雪を見て足を止めた。


「その頭はどうした」


「寝坊しただけです」


そう言うと社長は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。


「寝坊か。ずいぶんとお盛んな事だな」


「なっ……」


これは明らかなセクハラだ。


抗議しようと口を開くが、社長はそのまま部屋へと消えて行ってしまった。


「全く。社長って花子ちゃんには妙にセクハラするわよね」


ドアに向かって、瑞穂が呟く。


「人妻っていうので、からかい甲斐があるんじゃないかしらね。だけど社長も、人の事を言えた義理じゃないわよ」


さゆりはポツリと呟き、自分の鎖骨辺りを指差す。それを見た優は、僅かに眉を寄せた。


「うわ。キスマーク?」


「行きつけのキャバ嬢か、どこかの暇なセレブとかかしらね。あの人は相当遊んでるみたいだから」


社長の目がないと、皆は言いたい放題だ。


特に話に加わる事はせず、含み笑いを浮かべる。


するとタイミング良く始業時間になり、それぞれ仕事を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ