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5

「テメェ等何してんだ!?」


その時どこからか低い怒鳴り声が響いた。と思ったと同時に、体にかけられていた重さが消える。


顔を上げると、そこには恐ろしい顔をしたコウが立っていた。


そして、早々に倒した1人が、足元に踞っている。


「チッ!またお前かよ……!!」


黒髪は舌打ちをすると、ポケットからナイフを取り出して構える。


しかしコウは冷静にそれをかわし、固い拳を頬に叩きつけた。


「がっ……!!」


男の口から血が飛ぶ。


たちまちカーペットに散り、小さな染みを作った。


「馬鹿がナイフなんか振り回すな」


「っ……!!」


男は態勢を崩した所に蹴りを入れられ、血と一緒に胃液を吐き出した。


コウは腹を抱えた態勢のまま踞る男を蹴り飛ばし、深雪に近づいて来た。その表情はいつもの旦那だ。


「大丈夫か?」


「え、えぇ……大丈夫」


小さく何度も頷くと、コウは安堵の息を吐き、再び鋭い目で後ろを睨んだ。


「さっさと消えろ!」


そう叫ぶ手には、先ほど奪ったナイフが握られている。


殺気を感じた2人は、強く唇を噛み、深雪に向かって指を突きつけた。


「お前の顔は覚えた!!」


鬼のような顔で怒鳴っているが、深雪は顔色一つ変えずに目を見つめた。


それが更に男達の癪に障ったのかもしれない。


「覚えとけよ!!」


2人は勢いよく椅子を蹴り上げると、ドアを開けて出ていった。


「……あーあ。派手にやりやがったなァ」


嵐が去り、貴史は溜め息を吐きながら室内を片付ける。


店内が荒れているのは、こんな事が日常茶飯事だからだろう。


悪いのはあの2人組だが、原因は深雪とコウにもある。


「ごめんなさい」


深く頭を下げる。しかし貴史は、それを軽く鼻で笑い飛ばした。


「ハッ。アンタの口からゴメンナサイって言葉が出るとはな」


「なんだって?」


妙にケンカ腰な物言いに、コウは眉を寄せ、奪ったナイフをゴミ箱に捨てる。


その時深雪はやっと気付いた。


気まずそうに目を伏せる。


「まさか知らないのか?ま、オレも今気付いたから仕方ないか。オレとアンタは訳アリだよな、深雪ちゃん」


貴史は口端を吊り上げ、おもむろにジャケットを脱いで肩を見せる。


そこには見慣れた円形の跡が数個ついていた。


見た瞬間、コウは声を上げて笑う。


「ハハハ!マジかよ?凄い偶然だな」


しかし深雪は、顔を赤らめて俯いたままだ。


貴史は「笑えねェよ」と言いつつも、同じくニヤニヤしている。


そしてこちらに歩み寄ると、深雪の顎を掴んで持ち上げた。


「へェ。こりゃ気付くわけねェわな。つーかお前、いつから女になったんだ?」


「う、うるさいわね!」


もう誤魔化せないだろう。


掴まれた手を払い、コンビニ袋に入ったパンストを掴んでトイレに走って行く。


後ろから貴史が「男子トイレは左だぞ!」と声をかけた。しかし反論せず、バタンとドアを閉めた。


「苛めるなよ」


コウは苦笑いを浮かべて呟くと、軽く上着の埃を払って羽織る。


簡単に片付けはしたものの、店内はかなり荒れている。それがこの店の特徴と言えばそうなのだが。


「しっかし驚いたな。お前があの変態ヤローとまだ付き合いがあるなんてな。どうやって躾たんだ?」


割れた食器をゴミ箱に放り投げてる。


「別に何も。しいて言えば、愛の力」


「はぁ?愛の力……?」


貴史は、自分の記憶が正しければコウはこんな冗談を言う人間じゃない、と耳を疑った。


しかし目の前にいる男は、キザったらしい言葉を恥ずかしげもなく吐き、笑みを浮かべている。


聞かなければ良かった。


ガシガシと頭を掻き、ベコベコになった牛乳パックを拾い上げ、冷蔵庫に放り込む。


「もう店に連れて来んなよ。未だに探してる野郎もいるんだ。オレみたいに心が広い奴は稀だぜ。中には気付く奴もいるかもしれない。アイツ等にも変に目ェつけられただろうしな」


「あー……。ヤバいな」


『アイツ等』とは名前を言うまでもなく、店を出ていったチンピラだ。


奴等とは以前、派手なケンカをし、恨みをかっているのだ。


胸ポケットから煙草を出し、無言で火を貸してくれと仕草する。


貴史は仕方なく、近くにあったライターを放り投げた。


片手で受け取り、カチリと火をつけ、白い煙を吐き出す。


「お前に会わせておきたかったんだけど、失敗したな」


「つーか別に連れて来なくても良いっつーの。しかも女装までさせやがって気持ち悪ィ」


「女装じゃない。ついでに恋人でもない。妻だ」


「はぁ!?」


コウはしれっとしながらとんでもない発言をした。貴史は声を上げ、勢いよく振り向く。


そこへタイミング良く、深雪がトイレから出てきた。貴史と目が合い、ピタリと足を止める。


「な、なに?」


「妻だァ!?テメェ、この野郎と結婚したっつーのか!」


「ちょっと……痛い!」


声を荒立てながら深雪の腕を引き、前に突き出す。しかしコウは、しれっとしながら頷いた。


「そうだよ。だから昨日言っただろ。俺のオンナ連れて来るって」


「あれ、マジだったのかよ!冗談だろ!?」


「冗談じゃない。マジ。ほら」


貴史の手から深雪を奪い寄せ、左手を掴んで見せる。


2人の薬指にはお揃いの指輪がはめられている。


貴史は一瞬戸惑ったように視線を遊ばせる。が、すぐに「違う!」と言い放つ。


「あり得ない!絶対にない!近藤は男だろ!?」


「男じゃねぇよ。女」


「違う!男だ!」


「まぁ昔は男でも、今は女だ」


にっこりと毒気のない微笑みを浮かべ、深雪の肩を抱き寄せる。


貴史はもう何も反論する気がおきないらしく、口を開けたまま固まる。その時深雪は時計を見て悲鳴を上げた。


「大変!もう昼休み終わっちゃうわ!」


「え?あ、本当だ。ヤバいな。走れるか?」


「大丈夫よ」


「よし。じゃあ行くか」


コウは呆然としている貴史に1万円札を握らせた。


「じゃあな。また来る」


ポンと肩を叩くと2人は手を繋いで店を出て行った。



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