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「なァ」
「はい」
急に声をかけられ、驚いて顔を上げる。
やはりこういう雰囲気の場所は、1人では落ち着けない。
貴史は僅かに目を細めて問い掛けた。
「アンタ元中は」
「中学ですか?」
何故急に中学の話になるのだろうか。
不思議に思いながらも、とりわけ隠す事がないので素直に言う。
「都内の、B中です」
「B中の、近藤か」
そう言うと、貴史は暫く考え込んだ。
嫌な予感がした。
「どうかしましたか?」
やっぱり知り合いだろうか。
運びかけたクラブサンドを口に入れる事もできず、そのままの状態で呟く。
もしかしたら、自分が気付いていないだけで、出会ってはいけない人間だったのかもしれない。
過去の事を思うと、尚更そんな気がした。
「間違ってたら気にすんな。だけど、見た事あるんだよ。アンタもしかしたら──」
意味深な言葉に、ゴクリと生唾を飲む。
その時入り口の鈴が鳴った。
コウが帰って来たのかと安堵し、視線をやる。
「珍しいな。もうやってんのか?」
「なぁ貴史!腹減ったんだよ。何か食わせろ」
しかしそこから現れたのは、体にタトゥーをした黒髪と茶髪の、ガラの悪そうな2人組だった。
茶髪の男は深雪を見た瞬間、目を丸くする。が、すぐにニヤニヤと笑みを浮かべて口笛を吹いた。
「オイオイ、やるじゃねぇか貴史。オンナ連れ込んじゃってんだ?」
隣に立っている黒髪も一緒に囃し立てる。
見るからに素行の悪そうな男達だ。
いわゆるチンピラというものだろう。
「すっげぇ美人じゃん。こんちわー」
たちまち左右から挟み込まれ、深雪は怯えて身を退く。2人の行動はいつもの事なのか、貴史は慣れた口調で追い払う。
「おい、やめろ。そいつは客だ」
「客?んだよ。なら遠慮いらねぇじゃん!」
男達はゲラゲラと笑い声を上げ、深雪の肩を抱いて引き寄せた。唇が間近に迫り、身震いをして押し退ける。
「いやっ……やめて下さい!」
「カワイー!」
下品な声を響かせると、嫌がる深雪を抱き寄せ、更に唇を近付ける。
「嫌だったら!やめてっ」
精一杯抵抗するが、当然女の深雪には太刀打ちできそうもない。
「こんな所に来て、なに言ってんだよ。それともそういうのが好きなのか?」
「そりゃぁイイ!じゃあさっそく近くのホテルにでも行くか」
手首を掴まれ、引っ張り上げられる。
なんとか腰に力を入れて抵抗する。
「離して!」
「おい、やめとけよ」
貴史は眉を寄せながら言い、深雪の腕を掴んで引き寄せる。
ナンパを邪魔されたのが気に障ったのか、2人は友人であろう貴史に食ってかかった。
「あぁ?お前は引っ込んでろよ」
「今更カッコつけてんじゃねぇよ」
口々に凄むが、貴史は全く臆する様子を見せない。
「コイツはコウのオンナなんだ。お前等死にたくないだろ」
その言葉に、男達はあからさまに顔色を変えた。
「コウ?コウって……アイツか」
彼らはコウの事を知っているらしい。
「あぁ。今は出てるけど、すぐ戻ってくるぜ。だから今のうちに帰れ」
2人は絶句する。しかしそれは、怯えた絶句ではなかった。
「そいつはいい所に来たぜ。あの野郎のオンナだっつーなら尚更退けねぇよ。こっち来い!」
表情を一変させ、怨みのこもった目で深雪を睨み、腕を掴んでソファーに押し倒した。
「痛ッ……!」
硬いシートに押し付けられ、痛みに眉を寄せる。
「運が悪かったな、ねーちゃん。俺等アイツには恨みしかねーんだわ。アンタをレイプしてやったら、きっとアイツは物凄く喜ぶだろうなぁ」
馬乗りになると、両手を頭の上で捉える。
サッと表情を青ざめ、逃れようともがく。
「やめて!離してっ」
「うるせぇ!喚くなっ」
頬を叩かれ、か細い悲鳴を上げる。
助けを求めようと貴史に視線をやるが、何故か彼は黙ってこちらを見ているだけだ。
まるで何かを確かめるように。
振り向くと、馬乗りになった男が、カチャカチャとベルトを外していた。
(コウ……助けてっ)
しょせんは貴史も、彼らと同じ穴の狢なのだろう。
このままでは2対1──下手をすれば3対1にもなりかねない。
涙を浮かべ、ぎゅっと目を閉じる。