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3

向かった先は、廃れたビルの地下だった。


連れられるまま、昼間には不似合いのバーに入って行く。


「ここはなに?」


確かに、最近は居酒屋もランチタイムをやっている。だが、こんな場所でランチができるのだろうか。


コウは構わずドアを開けて中に入る。が、店内はまるで潰れた店のようにひっそりしている。


「表通りだと誰かに見られるかもしれないからね。ここは俺が昔、よく来てた店なんだ」


「そうなの?」


意外な言葉に目を丸くする。


2人は中学・高校からの付き合いだ。


なので当然、コウの行き付けは知り尽くしていると思い込んでいた。


「深雪は連れて来た事ないよ。本来は夜営業だし、正直あまり雰囲気のいい店じゃないから。今日は特別に開けて貰ったんだ」


「だから人がいないのね」


店内には2人以外客の姿はない。


話していると、奥から赤い髪をした男が現れた。


「いらっしゃい。へぇ……アンタがコウの女か」


男は深雪を見ると、驚いた様に目を丸くし、すぐにニヤリと笑った。


(あら?この人どこかで……)


そう思ったのだが、男の厳つい雰囲気に、深雪は黙って会釈する。


「話は聞いてるよ。だけどまさか、こんなタイプだとは思わなかったなァ。お前、どんな手使って騙したんだよ」


ニヤニヤ笑い、無精髭の生えた顎を撫でる。


その風貌は誰がどう見ても、単なるバーのマスターには見えない。


「騙してねぇよ。悪かったな、わざわざ開けてもらって」


「いや。オレも一度、噂の深雪ちゃんとやらにお目にかかりたかったからな。で、なに食う?って言っても、大したもんねぇけど」


差し出されたメニューらしき紙を受けとる。


端はボロボロに破れて、所々血のような跡がついている。


それはまるで、難破船から引き上げられた宝の地図のようだった。


暗くてよくわからなかったが、目を凝らしてよく見ると、椅子やテーブルにも同じような染みがあり、壁紙はビリビリに破け、多数の切り傷があった。


深雪は軽く眉を寄せ、コウのスーツの裾を握る。


「あぁ、気にすんな。何回新しくしても付いちまうんだよなァ。ぶっちゃけオレの店、あんま客層良くないんだわ」


「そう、みたいですね」


なんとか自然に笑おうと努めるが、引き吊ってしまう。


コウはメニューを見る事もなく「いつもの」と言った。


「はいよ。牛乳とクラブサンドね。アンタは?」


「え?えっと……」


慌ててメニューを見るが、字がかすんでいて読めない。


「あァ、そうだ。メニューにはステーキって書いてんだけど、今は出してないんだわ。あとパスタ類も。うちは手掴み系で統一したんだ」


「手掴み?」


何故手掴みなのだろうか。


口にする前に、男が答える。


「ナイフやフォークは凶器になるだろ。だから置いてないんだよ」


確かにナイフ類は凶器になる。


手掴み系で統一したという事は、過去に何度か乱闘があったのだろう。


何故そんなにも、頻繁にケンカがおきるのか不思議だ。


「同じのにしないか?美味しいよ」


「じゃあ、それで。私はコーヒーでお願いします」


「はい、リョーカイ」


男は踵を返すと、店の奥へと消えて行った。


すかさず深雪はコウに耳打ちする。


「ねぇ、あの人って友達なの?」


やはりどう考えても、あのガラはカタギではなさそうだ。


「そうだよ。中学からの同級生。名前は佐伯貴史さえき たかし


「中学から?じゃあ一番長いのね。笹川より長いんじゃない」


何気なく口にした名前だが、コウはピクリと反応した。が、深雪はそれに気付かなかった。


佐伯なんて、聞いた事がない名前だ。


なのに何故、見た事があるのだろう。


もしかしたら忘れているだけかもしれないと思い、記憶を辿る。


「深雪はアイツに会った事はないと思うよ。12歳の頃からずっと、鑑別やら年少や務所を出たり入ったりだからね。3年位前にやっと出所して、この店をやってるんだ」


「そうなの……」


12の頃から警察の世話になっているなら、確かに会えないだろう。きっと気のせいだ。


座り直そうと軽く体を動かした時、足が痛んだ。


「っ……!」


「どうした?」


見ると、踵の皮膚が剥がれ、血が滲んでいた。


早足で歩いた為、靴擦れをおこしたらしい。


「血が出てるじゃない。おい、貴史!バンソーコウないか」


叫ぶと奥から「電話の下」と呑気な声が返ってきた。


コウは急いで電話下の棚を開け、大きめのバンソーコウを持って戻って来る。


「ストッキング脱いで、足出して」


「え?こ、ここで?」


「仕方ないだろ。でなきゃ貼れないんだから」


確かにストッキング越しには止血できない。


だがこんな場所で脱ぐわけにもいかない。


戸惑っていると、コウは少し眉を寄せ、早く、と呟いた。


「わ、わかったわ」


立ち上がり、ストッキングを脱いで手中に丸める。


妙に恥ずかしい気持ちになった。


「足を俺の膝に乗せて」


「う、うん……」


本当は自分でやりたいのだが、今更そんな事も言えない。渋々足を乗せる。


コウは傷口を見ると、僅かに眉を寄せた。


「うわ……。痛かっただろ?ごめん」


ティッシュで軽く患部を拭くと、バンソーコウを貼った。


ヒリヒリとした痛みに、息を止める。


「やっぱり待ち合わせ、昇降口にした方が良かったかな。大丈夫かなって思ったんだけど、畠に見られて焦っちゃったし」


「いいの。私も結構、楽しかった」


久しぶりにスリルを味わい、ドキドキした。


コウはくすりと笑うと、血のついたティッシュとストッキングを丸めてゴミ箱に捨てる。


「食べたら、コンビニで新しいの買ってくるよ」


「うん。ありがとう」


コウの膝に足を乗せたまま会話をしていると、両手にクラブサンドを持った貴史が出てきた。が、2人を見て、いやらしい笑みを浮かべる。


「人の店で変な空気作んなよ?」


「この空気が俺らには普通なんだ」


コウは顔を赤らめている深雪の肩を抱き寄せ、ニヤリと笑う。


「ウゼェバカップルだな。さっさと食って帰れよ。目障りだ」


口調のわりには丁寧に皿と飲み物を置く。


どうやら古い仲故、口が悪いだけの様だ。


貴史はカウンターの椅子に腰掛け、タバコをくわえて火をつける。


食べながらコウは、思い付いたように顔をあげた。


「あ、そうだ。お前さ、暇ならコンビニ行ってきてくれないか?」


「はァ?コンビニ?なんだよ」


「ストッキング買ってこいよ」


「ちょっと。いいわよ」


手にしていたカップを置き、慌てて口を挟む。


確かに必要だが、パシリに使うのはどうかと思った。


「だって、なきゃ困るだろ?お前と貴史を2人っきりにしとくのは嫌だし」


「なんだよ。オレは人のオンナになんて手ェ出さねェっつーの」


貴史は心外だ、という風に煙草を揉み消した。


「使えない奴だな」


もともとダメもとで頼んだのか、コウはブツブツ文句を言いながらも、素直に財布を持って立ち上がる。


「他に何か買うモンあるか?」


ドアを開けながら訪ねる。


貴史は少し考え、あ。と小さく呟いた。


「牛乳」


「牛乳?牛乳なんか使う料理ねぇだろ」


「飲み物で使うんだよ」


コウは悪態を吐きつつも店から出て行った。


2人きりになり、深雪は気まずさを誤魔化そうとクラブサンドに手を伸ばす。







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