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暫くし、昼休みの時間になった。


時計を見て、優は再び声を上げる。


「いつの間にこんな時間に!?アンタずっとサボってたんだから、ご飯食べる前に人事部行ってきなよ」


「もう!わかりましたっ。行きます!」


遂に瑞穂は根負けし、渋々席を立つ。


しかしその表情は、まだ浮かない。


何度も溜め息を吐きながら出口に向かった時、突然ドアが開かれた。


現れた人物を見た瞬間、目の前にいた瑞穂は慌てて身を退く。


「あ、ノックするの忘れた。悪い」


そこには柊光佑が立っており、室内に歩みを進める。


「柊さん。どうしたんですか?」


優は目を丸くし、さゆりは慌てて両手とデスクに散らばっているマニュキアを隠した。


「これ、書類。遅くなって悪かった」


光佑は穏やかな口調で言い、A4封筒を差し出す。


「ありがとうございます。でも、なんでわざわざ柊部長が?他の奴に行かせればいいのに」


部長に遣いを頼むなんてあり得ない、と優は眉を寄せる。


「いいんだよ。ちょうど外に昼飯食いに行こうと思ってたから」


封筒を優のデスクに置き、光佑は軽く周囲を見回した。


その時ふと、財布を持って立ち上がりかけた深雪と目が合った。


「よ、元気か?」


笑顔で歩み寄って来たかと思うと、まるで子供にする様にぽんと頭を撫でられた。


「こ、こんにちは……」


生まれてこの方、頭を撫でられたのは初めてだ。


その為どうリアクションすればいいかわからず、キョトンとしながら挨拶を返す。


「今から昼飯か?下まで一緒に行こうか」


「え?いえ、あの……」


やはりそれもリアクションに迷い、シドロモドロしてしまう。それを見た光佑は、陽気に笑った。


「ハハハ、冗談だよ。じゃあな」


ヒラヒラと手を振り、課を出て行く。


「あ、えっと……お昼ご飯行ってきます」


今のやりとりを3人がどう思ったか、些か不安になった。が、余計な事を聞かれても困る為、何か言われる前に課を後にした。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


エレベーターに乗ってロビーで降りる。


丁度入り口付近にコウが立っているのが見えた。


いつもの様に駆け寄りそうになるのを堪え、ゆっくり歩み寄る。


「お待たせしました」


腕時計を見ていたコウは、顔を上げ、仏頂面で呟いた。


「5分遅刻」


「ごめんなさい」


頭を下げ、先を歩くコウに着いて行く。


彼は大丈夫だと言ったが、やはり気が気じゃなかった。


歩きながら、周囲を見回す。


今の所、見知った人物の姿はない。


出口まで、あと数メートル。


早歩きになりたいのを我慢する。


ドアに手をかけ、コウも大丈夫だと思ったのか、軽く視線を後ろに流して口を開いた。


「今日は会わせたい人が──」


「お疲れ様です!」


言いかけた時だった。


前方から、入社式の日に一緒に昼食をとった畠アキラが歩いて来た。


コウを見た瞬間、勢い良く頭を下げる。


「あぁ、お疲れ。おい、行くぞ。遅れる」


「は、はい」


人差し指を曲げて呼ばれ、急いで会社を出て行く。


(大丈夫かしら。バレてない?)


コウもそう思っているのか、歩きが妙に早い。


その早さに合わせて歩いているうちに、どんどん息が切れていく。


気付けば会社からはかなり離れているのに、止まる気配はない。


(もういいんじゃないかしら……)


心の中はそんな気持ちでいっぱいだったが、迂濶に声はかけられない。


こうなったら意地でもついて行こうと踏み出した時、ガクンとバランスを崩した。


「あっ!!」


悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちてしまう。


コウはその声に我に返り、急いで戻って来た。


「大丈夫か?」


「痛っ……大丈夫、だと思うわ」


膝をさする。


急ぐあまり、ヒール部分を下水口に突っ込んだのに気付かなかったらしい。


振り向くと、右片方が脱げていた。


コウは素早くヒールを拾うと、深雪を立たせて足元に置く。


「ごめん、俺が急いだから」


「ううん。私が遅いからよ」


先程とは一変して申し訳なさそうな表情に、深雪は微笑みながら靴を履く。


「ケガしてないか?」


「大丈夫。軽く擦りむいただけよ」


トントンと爪先を地面に叩き付け、おもむろに腕を取る。


コウは一瞬驚いた様に目を丸くし、軽く周囲を見渡した。


「ここならもう、誰もいないからいいでしょう?」


「あぁ、そうだね」


そこでやっと辺りに人気がないのに気付いたのか、深雪の笑みにつられるように笑った。


「ねぇ、どこに行くの?かなり本通りから外れているけど。なんだか怖いわ」


周囲には使用目的も定かではない雑居ビルが少しと、何も止まっていない月極の駐車場ばかりだ。


てっきりランチタイムを利用するとばかり思っていた為、この暗い雰囲気には僅か恐怖を感じた。


無意識に、腕をとる手に力がこもる。


「すぐに着くよ」


しかしコウは話すつもりはないらしく、僅かに笑みを浮かべるだけだった。






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