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今日、華江と社長は早くから外に出ている。
その為課内は、いつになくのんびりした空気が流れていた。
「平和だよねぇ」
ぽかぽかと降り注ぐ陽の光を浴び、瑞穂はのほほんと言いながら茶を飲む。
その横で深雪は、渋い顔でパソコンを見つめていた。
「ちょっと。やることないなら、人事部行ってきなよ」
資料のホチキス止めをしながら、優が眉を寄せる。
「え?人事部?なにしに行くんですか」
「今日の午後までに提出の書類、まだ届いてないんだよ。遅れたら困るのは私達なんだから」
「えぇー!」
人事部に行くのがよほど嫌なのか、瑞穂は窓際から動こうとしない。
こういう時、いつもなら深雪が出るのだが、今はそんな状況じゃなかった。
「………」
あと少しで完成という所で、何度数字キーを押しても入力されなくなってしまったのだ。
頭の中は完全に混乱していたが、人がいる手間、ぐっと感情を圧し殺している。
その間にも、瑞穂と優は言い合いを続けていた。
「なんで人事部が嫌なんだよ!別に何も怖くないって!」
「嫌です!だってあそこ、柊さんがいるじゃないですか!私、あの人苦手なんですっ」
互いに声を荒立て、口論を始める。
「うるさいわねぇ。気が散ってネイルがはみ出ちゃうじゃない」
少し離れた席にいるさゆりは、足を組みながら自分の左手を見つめている。
そんな中、やはり深雪は食い付くようにパソコンを睨んでいた。
段々とキーを叩く指に力が入る。
叱り役の華江がいない今、秘書課は動物園と化していた。
「柊さんの何が怖いのさ。別に普通の人だって」
「いいえ!だって前に怒られたんです。あれから怖くて怖くて!」
「怒られたって……それはアンタが入社式で携帯鳴らしたからだろ。随分昔の話じゃないか。向こうは覚えてないって」
「でも……!」
(あーもう。全然わからないっ)
ただでさえ上手くいかずに苛々しているのに。
自分を落ち着かせる為に、深い溜め息を吐く。
その時机の上に置いてあった携帯が鳴った。
珍しく、コウからのメールだ。
『久しぶりに、一緒に昼御飯食べない?昼休みになったら、ロビーで待ってて』
それを見た瞬間、ぱっと顔を輝かせる。
一気に苛々が吹き飛んだ。が、ある事に気付き、もしかしたら打ち間違えじゃないかと思い、念のために返信してみる。
『もちろん行くわ。でも、ロビーじゃ目立たない?』
裏の昇降口なら未だしも、あんな場所で待ち合わせをすれば、絶対に誰かに見られてしまう。
返事はすぐにきた。
『目立つからこそ、バレないんだよ。じゃあ、待ってるから』
メールを読み、ふっと笑みを浮かべる。
これが終われば、入社して初めて、2人でご飯を食べに行ける。
互いにスーツ姿というのも新鮮だ。
いつの間にか気持ちはスッキリと晴れ、瑞穂達の会話も気にならなくなった。
パソコンは相変わらずフリーズしたままだが、午後からやり直せば良いかと思い直した。




