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「じゃあ、僕、あっちだから。どこかで会ったらよろしくね」
入社式が終わり、各自デスクのある部署への移動が始まった。
エレベーターホールには、全部で3つのエレベーターがある。
深雪は秘書課のため10階へ行かなければならないが、土屋の海外事業部は3階だ。
社内には人が多すぎるため、1‐5階までの社員は、Aと書かれたエレベーターを使うのが決まりとなっている。ちなみに深雪は唯一最上階まで上がれるCエレベーターだ。
「色々話せて楽しかったわ。仕事、頑張ってね」
笑顔で見送ると、指定のドアに向かう。
しかし一斉に集まった新入社員が長蛇の列を作っており、なかなか進めない。
(凄い人の数。これじゃあいつになるかわからないわ)
まさかエレベーターに乗るだけで並ばなければならないなんて。
だんだんと人酔いをしてしまい、溜め息を吐く。
どうしようか悩んだ末、列から外れ、踵を返して階段に向かう。
10階くらいの高さならば、階段を使った方が早いかもしれない。
そう考え、非常階段へ向かった。
「やっぱり、止めれば良かったかしら」
顔を上げ、残りの階数を確認し、改めて後悔した。
10階までの道のりを、階段で上るのは容易ではない。
それだけでも辛いのに、ヒールの高いパンプスを履いて来てしまった。
数分かけてやっと9階までたどり着いた時には、足が棒のようになっていた。
「なんで階段に来ちゃったのかしら。待ってでも、エレベーターを使うべきだったわよね」
途中からエレベーターに変えようと思えば可能なのだが、せっかくここまで来たのだから、最後まで上りきりたいという意地がある。
自分の性格に後悔しつつ、息を切らせ、重い足を引き摺るように上っていた時だった。
「あっ」
バランスを崩し、手にしていたペンケースが手摺を越えて落ちてしまった。
「痛っ!」
ガチャンとペンがぶつかり合う音とともに、男の声が聞こえる。
どうやら下にいた人にぶつかってしまったらしい。
「やだ、大変……」
慌て階段を駆け降り、下の階の踊り場まで戻る。
そこには体育会系の青年が、頭を押さえながらペンケースを持って立っていた。
「これ、君のか」
差し出され、慌てて受け取り頭を下げる。
「ごめんなさい!怪我はありませんでした!?」
「あぁ、別に平気だ」
苦笑いを浮かべると、青年は不思議そうに視線を上げる。
「どこの配属なんだ?上には秘書課と社長室しかないけど」
「えぇ。今日、入社式で、秘書課に配属になったんです」
そう言うと、青年は目を丸くし、上の階と下の階を見比べる。
「て事は、まさか1階から階段を使って来たのか?」
「えぇ。エレベーターが混んでいたので」
答えると、青年は「本当かよ……」と小さな声でぼやき、笑い声を上げる。
「はははは!今度の『近藤さん』は、入社早々、随分ハードな真似をするんだな」
「え……」
まだ名乗っていないのに、何故名前を知っているのだろうか。
ペンケースを握り締めながら、目を丸くする。
「あの、どうして名前を?」
そう言えば、先ほどの土屋にも、名前を言っただけで、秘書課だと当てられた。
自分が知らない、何か関係があるのだろうか。
しかし彼は、「まぁ、気にするな」と肩を叩き、背を向けて去って行く。
「何かしら。みんな揃って」
釈然とせず、複雑な表情を浮かべる。
しかし、そのまま立ち尽くしているわけにもいかず、仕方なく最後の階段を上る作業に戻る事にした。
恐らく、秘書課に到着すれば、全ての謎はとけるはずだ。




