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「やっぱり、こっちの方がよくありません?」
「でもさ、これも良いって。せっかく贅沢するんだから」
課に戻ると、何やら瑞穂・さゆり・優の3人は1つのデスクに集まって話し合いをしているようだった。
「何をしてるんですか?」
「あ、花子ちゃん。やっと戻って来たわね」
さゆりが振り向き、手招きをする。
輪の中心を覗き込むと、そこには情報雑誌が置かれていた。
「今週、給料日でしょ?だから土曜日、スパに行かない?エステして、リフレッシュするの」
「スパ?」
首を傾げ、雑誌に見入る。
A3のページいっぱいに『近場でリゾート気分!気軽にリフレッシュ!』というアオリが書いてある。
「そう。1万円で、エステとマッサージと、岩盤欲のフルコースができるんだ。花子ちゃんも一緒に行こう」
「へぇ。良いですね」
深雪も女だ。美容関係には興味がある。
しかし今までなんとなく気後れしてしまい、行った事はなかった。
「ね、初任給のお祝いに行きましょうよ!」
1人だと中々行く機会がなかったが、友達と一緒ならば別だ。
「はい!勿論──」
行きます、と言いかけた時、お風呂の写真が目に止まった。
スパという事は当然風呂もあるのだろう。
つまりは、裸にならなければならないという事だ。
それは流石にヤバい。恐る恐る優を見る。
「もしかして、お風呂もあるんですか?」
「え?あぁ、勿論あるよ。入りたい?」
聞かれ、慌てて首を振る。とてもじゃないが、他人の前で全裸にはなれない。
秘密がバレてしまうから。
「お風呂は苦手なんで、できれば嫌かなって」
スタイルを気にする女性ならば、少なからずともそんな不安を抱く事もあるだろう。
優もそう判断したのか、キョトンとしながら深雪の体を眺める。
「そうなんだ?花子なら別にスタイル気にする事ないと思うけどな」
「み、見えない所がヤバいんです。それに、なんか大浴場って苦手で」
「気持ちはわかるなぁ。私も得意じゃないって感じだしね」
瑞穂は複雑な笑みを浮かべ、自分の腰に手を当てる。
「なんだ、陽子もか。じゃあ風呂はなしでエステだ。華──キャリアさんは予定があるから無理みたいだし、4人で行こう」
「はい」
帰ったら早速コウに聞いてみよう。
ちょうど昼休み終了の合図が鳴り、嬉々として戻った。
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仕事が終わり、深雪は買い物袋を片手に自宅のドアを開けた。
靴を脱ごうとした時、そこにあり得ない物を見つけ、目を疑った。
「え……?」
玄関にはコウの靴がきちんと揃えて置いてあった。
時計を確認するが、まだ6時を少し過ぎた頃だ。
こんな時間にコウがいるなんてあり得ない。
もしかしたら、泥棒だろうか。
身構え、音を立てないようにリビングに近付く。
そっとドアノブに手をかけた時、中から苛立った声が聞こえた。
「だから無理だって言ってんだろ。しつこいんだよ!!」
それは間違いなくコウの声だった。
その場に立ち尽くし、隙間から覗きながら耳を傾ける。
そこから暫く声が途絶える。
どうやら相手が一方的に話し出したらしい。
少しし、コウは軽く鼻で笑い、煙草の煙を吐き出した。
「……はぁ?死ぬ?何言ってんだよ。あれは遊びだ。前にも言っただろ。今どきお前くらいじゃねぇのか?あんなん本気にする奴はさぁ」
そう言うコウは、いつもと様子や口調が全く違う。
深雪は僅かに眉を寄せる。
「とにかく無理だ。こっちには家庭があんだよ。お前みたいな、気楽な独り身と一緒にすんな。大体、相手は俺以外でもたくさん居んだろ。死ぬなら死ね。じゃあな」
一気に捲し立て、電話を切ってポケットに入れる。
これは聞いてはいけなかったかもしれない。
女の勘でそう感じ、再びゆっくり玄関に戻る。
あまり気は進まないが、今帰ってきたフリをしなければ。
一度靴を履いて玄関のドアを開け、音を立てて閉める。
「あら?帰ってるの?」
大きめの声で言いながら、このリアクションは少しわざとらしいかと思った。
しかし、リビングから出てきたコウの表情を見ると、どうやら気付いていない様だ。
「おかえり」
「ただいま──ってどうしているの?早すぎない?」
話しながら、もしかしたら自分は女優になれるんじゃないかと思った。
素人にしては名演技だ。
「今日は取引先に行って直帰したんだ」
「そうだったの。ビックリしたわ。クビになったのかと思ったわ」
「ははは。まさか」
笑うと、深雪が手にしている買い物袋を受けとる。
「今日の晩飯はなに?」
「ハンバーグ」
袋から合挽きを出し、微笑む。しかしコウは、ピタリと固まった。
「ハンバーグ、昼飯で食べたから嫌かな」
「でも前に、ハンバーグなら何回食べても飽きないって言ってたじゃない」
「そうだけど。でも今日は嫌だよ」
せっかく材料を買ってきたのに。だが、さすがに2食連続は可哀想かもしれない。
「わかったわ。じゃあ違うものにするわね」
「あぁ、頼むよ」
話していると、不意にコウのポケットが震えた。
軽く手を沿え、小さく舌打ちをする。
「電話?」
「あ、あぁ。あのさ、ちょっと仕事残ってるから、自分の部屋行ってるよ。できたら呼んで」
「わかったわ」
「ごめん」
コウは逃げるように部屋を飛び出して行った。
やはり、何かある。少なくとも隠し事をしているのは明らかだ。
(電話は多分、さっきの人よね。なんだか物騒な話をしていたけれど)
始めに浮かんだのは、先日声を聞いた男だ。
だが、あの会話は男相手とは思えない。
まるで、不倫相手との別れ話が拗れている様な──。
「まさかね。馬鹿馬鹿しい。そんなのあり得ないわ」
わざと口に出すと、夕食を作る為にキッチンへ向かった。