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彼女の旦那のことは誰も知らない  作者: 石月 ひさか
どこまで知られているのか
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4

「やっぱり、こっちの方がよくありません?」


「でもさ、これも良いって。せっかく贅沢するんだから」


課に戻ると、何やら瑞穂・さゆり・優の3人は1つのデスクに集まって話し合いをしているようだった。


「何をしてるんですか?」


「あ、花子ちゃん。やっと戻って来たわね」


さゆりが振り向き、手招きをする。


輪の中心を覗き込むと、そこには情報雑誌が置かれていた。


「今週、給料日でしょ?だから土曜日、スパに行かない?エステして、リフレッシュするの」


「スパ?」


首を傾げ、雑誌に見入る。


A3のページいっぱいに『近場でリゾート気分!気軽にリフレッシュ!』というアオリが書いてある。


「そう。1万円で、エステとマッサージと、岩盤欲のフルコースができるんだ。花子ちゃんも一緒に行こう」


「へぇ。良いですね」


深雪も女だ。美容関係には興味がある。


しかし今までなんとなく気後れしてしまい、行った事はなかった。


「ね、初任給のお祝いに行きましょうよ!」


1人だと中々行く機会がなかったが、友達と一緒ならば別だ。


「はい!勿論──」


行きます、と言いかけた時、お風呂の写真が目に止まった。


スパという事は当然風呂もあるのだろう。


つまりは、裸にならなければならないという事だ。


それは流石にヤバい。恐る恐る優を見る。


「もしかして、お風呂もあるんですか?」


「え?あぁ、勿論あるよ。入りたい?」


聞かれ、慌てて首を振る。とてもじゃないが、他人の前で全裸にはなれない。


秘密がバレてしまうから。


「お風呂は苦手なんで、できれば嫌かなって」


スタイルを気にする女性ならば、少なからずともそんな不安を抱く事もあるだろう。


優もそう判断したのか、キョトンとしながら深雪の体を眺める。


「そうなんだ?花子なら別にスタイル気にする事ないと思うけどな」


「み、見えない所がヤバいんです。それに、なんか大浴場って苦手で」


「気持ちはわかるなぁ。私も得意じゃないって感じだしね」


瑞穂は複雑な笑みを浮かべ、自分の腰に手を当てる。


「なんだ、陽子もか。じゃあ風呂はなしでエステだ。華──キャリアさんは予定があるから無理みたいだし、4人で行こう」


「はい」


帰ったら早速コウに聞いてみよう。


ちょうど昼休み終了の合図が鳴り、嬉々として戻った。


----------------------------------------


仕事が終わり、深雪は買い物袋を片手に自宅のドアを開けた。


靴を脱ごうとした時、そこにあり得ない物を見つけ、目を疑った。


「え……?」


玄関にはコウの靴がきちんと揃えて置いてあった。


時計を確認するが、まだ6時を少し過ぎた頃だ。


こんな時間にコウがいるなんてあり得ない。


もしかしたら、泥棒だろうか。


身構え、音を立てないようにリビングに近付く。


そっとドアノブに手をかけた時、中から苛立った声が聞こえた。


「だから無理だって言ってんだろ。しつこいんだよ!!」


それは間違いなくコウの声だった。


その場に立ち尽くし、隙間から覗きながら耳を傾ける。


そこから暫く声が途絶える。


どうやら相手が一方的に話し出したらしい。


少しし、コウは軽く鼻で笑い、煙草の煙を吐き出した。


「……はぁ?死ぬ?何言ってんだよ。あれは遊びだ。前にも言っただろ。今どきお前くらいじゃねぇのか?あんなん本気にする奴はさぁ」


そう言うコウは、いつもと様子や口調が全く違う。


深雪は僅かに眉を寄せる。


「とにかく無理だ。こっちには家庭があんだよ。お前みたいな、気楽な独り身と一緒にすんな。大体、相手は俺以外でもたくさん居んだろ。死ぬなら死ね。じゃあな」


一気に捲し立て、電話を切ってポケットに入れる。


これは聞いてはいけなかったかもしれない。


女の勘でそう感じ、再びゆっくり玄関に戻る。


あまり気は進まないが、今帰ってきたフリをしなければ。


一度靴を履いて玄関のドアを開け、音を立てて閉める。


「あら?帰ってるの?」


大きめの声で言いながら、このリアクションは少しわざとらしいかと思った。


しかし、リビングから出てきたコウの表情を見ると、どうやら気付いていない様だ。


「おかえり」


「ただいま──ってどうしているの?早すぎない?」


話しながら、もしかしたら自分は女優になれるんじゃないかと思った。


素人にしては名演技だ。


「今日は取引先に行って直帰したんだ」


「そうだったの。ビックリしたわ。クビになったのかと思ったわ」


「ははは。まさか」


笑うと、深雪が手にしている買い物袋を受けとる。


「今日の晩飯はなに?」


「ハンバーグ」


袋から合挽きを出し、微笑む。しかしコウは、ピタリと固まった。


「ハンバーグ、昼飯で食べたから嫌かな」


「でも前に、ハンバーグなら何回食べても飽きないって言ってたじゃない」


「そうだけど。でも今日は嫌だよ」


せっかく材料を買ってきたのに。だが、さすがに2食連続は可哀想かもしれない。


「わかったわ。じゃあ違うものにするわね」


「あぁ、頼むよ」


話していると、不意にコウのポケットが震えた。


軽く手を沿え、小さく舌打ちをする。


「電話?」


「あ、あぁ。あのさ、ちょっと仕事残ってるから、自分の部屋行ってるよ。できたら呼んで」


「わかったわ」


「ごめん」


コウは逃げるように部屋を飛び出して行った。


やはり、何かある。少なくとも隠し事をしているのは明らかだ。


(電話は多分、さっきの人よね。なんだか物騒な話をしていたけれど)


始めに浮かんだのは、先日声を聞いた男だ。


だが、あの会話は男相手とは思えない。


まるで、不倫相手との別れ話が拗れている様な──。


「まさかね。馬鹿馬鹿しい。そんなのあり得ないわ」


わざと口に出すと、夕食を作る為にキッチンへ向かった。

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