表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の旦那のことは誰も知らない  作者: 石月 ひさか
どこまで知られているのか
48/89

3

「やっぱり、無理があったのかしら」


その頃深雪は、1人で食堂に赴き、パサパサに乾いたサンドイッチを指先で突っついていた。


今朝華江に聞かれた事を思い出すと、溜め息ばかり漏れてしまい、あまり食欲がわかない。


一口かじっては戻しを繰り返しているうちに、すっかり水分を失ってしまった。


(結婚してるだなんて、言わなきゃ良かったかしら。でもそれじゃあ色々不便だし)


窓から広がる街並みを見ながら、もう一度大きく息を吐く。


考えれば考える程、そもそもこの会社に入社した事が間違いだった気がしてくる。


社内にコウがいなければ、隠す必要もない。


(今から他の会社を探そうかな……)


そこまで考えた時、ハッと気付いて目を伏せる。


(そうだわ。他の会社が私を雇ってくれるわけないのよね)


深雪には誰にも言っていない秘密がある。


しかし転職するとなると、嘘偽り無く履歴書に記入しなければならない。


それを見た瞬間、不採用にされてしまうだろう。


(あぁ、やっぱり無理。どうしよう。もういっそ、皆にバラしちゃった

方がいいのかしら……)


「おい」


頬杖をつきながらぼんやりしていると、不意に後ろから声をかけられた。


そこにはトレイを持った新道幸一が立っていた。


「1人か?」


「え、えぇ。そうです」


「ふぅん。珍しいな」


言いながら、幸一は軽く周囲を見回す。


深雪もつられ、視線をやる。


近くに座っていた女性社員のグループが、好奇の目でこちらを見ていた。


しかし幸一は気にする事なく、再びこちらに向き合う。


「そこ、座っていい?」


「はい、構いません」


「サンキュ」


向かいの席にトレイを置き、腰掛ける。


しかし話す事がなく、互いに無言になる。


「…………」


「…………」


「あのさ」


「は、はい!?」


突然声をかけられ、思わず手にしていたサンドイッチを落としてしまった。


そのあまりの驚き様に、幸一は吹き出した。


「は、ははは!なにそんなにビビってんだよ」


「失礼しました」


「どうやって話し掛けりゃビックリしないんだ」


幸一は可笑しそうに笑い、大きめに切ったハンバーグを口に入れる。


その横には、不似合いなトマトジュースが置かれていた。


「最近色々あって、ちょっと」


「それってまさか、柏木の事か?」


「え……」


まさか彼の口から柏木の名前が出ると思わなかった。


再び深雪は、手にしたサンドイッチを落とした。


「昨日、なんかあっただろ。こんな場所でする話じゃないけど、気になったから」


「そう、ですか」


呟き、俯く。どう返せばいいかわからなかった。


「俺がちゃんと言っておいたから。ほらアイツ、口悪いクセに何故かモテるんだ。だから妙に行動力だけはあるんだよ。周りには女っ気がないとか思われてるけどな。まぁ、悪い奴じゃないんだ。ただ……」


そこまで言いかけ、言葉を詰まらせる。


「ただ?」


気になる部分で止められ、僅かに身を乗り出す。


「いや、悪ノリするって言うか、ガキって言うか、サドっ気あると言うか。とにかく、好きな子を泣かすのが好きなんだよ。──訂正。やっぱ悪い奴だよな。ハハハ」


空笑いをする幸一を、じっと見る。


「あの、どこまで知ってるんですか?」


「どこまでって?」


「柏木さんとの事。どこまで聞きました?」


その時点で、内心では冷や汗をかいていた。


あんな事を知られたくない。どうか、喫煙所の一件だけでありますように。


しかし、願いは通じなかった。


「一応、全部。アイツ、お前の事がタイプだから、今度デートに誘うとか息巻いてたし……。実は見たんだ。お前が、喫煙所に入った所から」


「…………」


言葉を失った。確かにあそこは人気は少ないが、誰かに見られる可能性もあった。


飛び出した時に誰の姿も見えなかった為、油断していた。


しかも、柏木が他の人に公言していたなんて。


「助けに行こうと思ったんだ。そしたら社長が来たから」


幸一は慌てて言う。


「いや、もっと早く行けば良かったな……。正直唖然としていて」


ふと申し訳なさそうに顔を歪める。


「あの──」


思わず深雪は「あの人とは何もない」と言いそうになった。が、昨夜コウに言われた事を思い出し、言葉を飲み込む。


「い、いいんです。新道さんが悪いわけじゃないから。ただ、その事は忘れて下さい。私も、あんな奴の事なんか思い出したくありません」


「だよな。言おうかどうか迷ったけど、やっぱり気になったから。他の奴等には、変な噂が広まらない様にしておくから」


「いえ。心配してくれて、ありがとうございます」


笑みを浮かべ、氷が溶けたアイスティーを飲み干し、時計を見る。


「そろそろ昼休み終わっちゃいますよ」


「え?もうそんな時間か」


皿を見ると、まだハンバーグは半分以上残っている。


深雪は待つべきかどうか、少し悩んだ。


しかし「俺の事は気にしなくていい」と言われ、軽く頭を下げて戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ