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「あー食った食った。もう食えない。無理」


あの後コウは手当たり次第に食べまくり、あんなにあった物が半分以下になっていた。


参考までにあげると、オニギリを4つに菓子パンを3つ。そしておでんのこんにゃくを2つに、卵を3つ。更に小さなお菓子も何袋か開けた。


今は腹いっぱいだと繰り返し、ワイシャツ姿でソファーに寝転んでいる。


「食べ過ぎじゃない?」


まさかこんなに食べるとは思っていなかった。


自分も食べ過ぎたかなと思ったが、コウが出したゴミの前では、深雪が食べたオニギリ2個とシュークリームなんて微々たるものだ。ふと時計を見ると、いつの間にか12時を過ぎていた。


「お風呂入るわよね?」


立ち上がりながら聞くと、「んー……」という曖昧な声を漏らした。


「じゃあ今から入れてくるわ。それとも、シャワーでいい?」


どちらでも良かったが、一応聞いてみる。コウは目を閉じながら、「風呂」と呟いた。


「わかった。入れてくるわね」


バスルームに向かう。軽く浴槽を掃除してお湯を入れ、後片付けをしようとリビングに戻った。


「……起きてる?」


ソファーに近づき、目を閉じているコウに近付く。


いつの間にか寝てしまったらしく、小さな寝息が聞こえた。


お風呂はどうするんだろうか。そんな事を考えながら、隣に座って見つめる。


よく考えると、こうやってマジマジと寝顔を見るのは初めてかもしれない。


「…………」


会社では見られない、無防備な寝顔。


それを見ていられるのは、自分だけだ。それが嬉しくて堪らない。


ソファーに頭を凭れかけ、そっと手を伸ばして頬に触れる。


指先に暖かな体温を感じ、更に目を細めて笑みを浮かべた。


----------------------------------------


「……あれ」


暫くし、コウは目を開いて辺りを見回した。


いつの間にか寝落ちしていたらしく、ひどく頭がぼーっとしていた。


「ダメだ。もう寝るか」


浴室からは、深雪が風呂に入っている音が聞こえていた。


せっかく湯を張ってくれたのに申し訳ない気もしたが、このまま風呂に入っても、また寝落ちしてしまうに決まっている。


シャワーは明日にしようと、パジャマに着替え、歯を磨く為にリビングに戻る。


いつの間にか上がっていたらしく、リビングで深雪が髪を拭きながら、携帯を見て眉を寄せていた。


同僚からだろうか。気にはなったが、女友達の事に関してまで、口を挟む気はない。


だが一応気になり、軽く声をかけてみた。


「なんか嫌なメール?」


もしかしたらまた誤魔化すかと思ったが、意外にもすんなりと口を開いた。


「瑞穂さんからメールがきてたの。今日の事、社長が怒って、明日は早出するように言っていたんですって」


呟き、口を尖らせる。


「あぁ、そうだね。新人が残業をサボって帰るから、社長はカンカンだったんだよ」


「でも、仕方ないわね。私が悪いんだし」


「そうなんだ」


そこは敢えて、否定も肯定もせず、曖昧に返す。


「明日は早く起きなきゃ。あなたはシャワー、明日?」


「あぁ。今日はもう寝るよ」


「わかったわ。後片付けはしておくから、先に休んでいて」


「ありがとう」


軽く水を飲んで寝室に向かう。ベッドに近づいた時、ふとゴミ箱に視線をやった。


「なんだ?これ」


あまり大きいとは言えないゴミ箱には、紺色のスーツが詰め込まれていた。


確認するまでもない。深雪のだ。


真上にはハンガーがかかっていたため、落ちてしまったのかと思い、拾い上げる。


だが中を見た瞬間、これは落ちたのではなく、投げ捨てられたのだと気付いた。


中には伝線していないストッキングに、深雪が初めて自分で買ったダイヤのイヤリングも入っていたからだ。


「どうしたんだよ一体……」


ストッキングは別としても、このイヤリングを捨てるなんて有り得ない。


今考えれば高い物ではなかったが、昔深雪が初めてしたバイトで、初めて出た給料で買った、初めてのアクセサリーだからだ。


自分が買ったものなら未だしも「清水の舞台から飛び降りる」と言いながら購入したこれを捨てるなんて、よっぽど何かがあったに違いない。そこまで考えた時、ふと柏木広太朗の姿が浮かんだ。


詳細はよくわからないが、柏木は深雪に無理矢理迫った。


深雪にとって、今日の出来事は恐ろしいものだっただろう。


それを考えると、この事態も説明がつく気がする。


もしも柏木が、深雪の耳に触れたのなら。


もしも、足に手を這わせたのなら。


これは全て、柏木に触られたものだからかもしれない。


「あの野郎……」


その様子を想像し、眉を寄せて拳を握る。


自分が深雪との仲を公表していて、尚且つこの立場でなければ。


間違いなく柏木を咎めるだけじゃ済ませないだろう。


「服はまぁ、仕方ないとしても……これはないよな」


呟き、イヤリングをサイドボードに乗せる。


これだけは、柏木のせいで捨てさせたくない。


二度とつけなくても構わないから、とっておいて貰いたい。


落ちないように気を付けながら置き、ベッドに潜り込む。


明日は早めに帰宅して、夫婦の時間を楽しもう。


そんな事を考えながら眠りに就いた。

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