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6

マンションに着いたとたん、深雪は靴を脱ぎ捨て、鞄をソファーに投げる。


そのまま寝室に駆け込むと、おもむろに服を脱いでゴミ箱に放り込んだ。


「なんなのよ一体──!」


呪文の様に口の中で繰り返し、広太朗に触れられた物を全て破棄していく。


スーツは勿論の事、耳につけた小さなダイヤのイヤリング、そしてストッキング。


総合すると値段的にはかなりの額になるのだが、あんな男が触れた物を身に付けて等いたくなかった。


あらゆるものが小さなゴミ箱に詰め込まれ、今にも溢れんばかりになる。


そのままベッドに倒れ込み、小さく肩を震わせる。


今まではコウ以外の男に、ましてやあんな形で迫られた事がない。


恋愛経験の少ない深雪にとって、あの強姦紛いの経験は、屈辱以外の何物でもなかった。


「信じられない……あんな男がいるなんて」


呟き、ぎゅっと目を瞑る。


結婚というものは、互いに最高の相手だと認めた上でのものではなかったのか。


少なからずとも自分と旦那は、そうであると思っていた。


2人が出会い、結婚をして約9年。その間、一度たりとも他の男に魅力を感じた事はない。


その為、尚更広太朗の人間性に疑問を感じてならなかった。と同時に、彼に告白をされ、僅かにでも本気に捉えた自分が馬鹿らしく思えた。


「あんな男、最低よ。信じられない……」


枕に顔を埋め、何度も何度も繰り返す。


その時電話が鳴り、顔を上げてベッドに放り出されている携帯に手を伸ばす。


「もしもし」


『もうマンション?』


それは旦那からだった。聞き慣れた声に安堵の表情を浮かべ、ベッドに座り直す。


「えぇ、そうよ。あなたはまだ会社よね?ねぇ、何時に帰る?」


お願いだから早く帰って来て。


そういう意味合いを込め、すがるように言う。


しかしコウからは、なんだか不機嫌そうな言葉が返ってきた。


『今日は遅くなる。お前、今日残業あったの忘れて帰っただろ』


「え?残業……?」


呟いた瞬間、ハッとした。


そう言えば先日、近々確実に残業が入るから忘れないようにと華江から言われていたのだ。


それは間違いなく今日だった。


「どうしよう。すっかり忘れてたわ……」


『やっぱりな。だと思ったよ。課に行ったら、いなかったから』


不機嫌なのはこれが理由なのか。目を伏せて項垂れる。


「ごめんなさい……。でも、今日は色々あったから、それで──」


自分が広太朗にどんな事をされたのか、大体のことは知っている筈だ。


しかしコウは、相変わらず不機嫌そうな口調で続ける。


『いくら嫌な事があったからって、仕事は仕事だろ』


「そうだけど……」


確かに彼の言う事は正論だ。


しかし、まさかこんな冷たい事を言われるとは思っていなかった。


深雪はそのまま黙り込む。


『まぁ、帰ったものは仕方ないけど。他の人達にも迷惑をかけるんだ。仕事と私情は割り切らないと』


「わかってるわ」


再びじんわりと涙が浮かんでくる。しかし気付かれるのが嫌で、ぐっと飲み込んだ。


『とにかく俺も準備をしないとならないから、遅くなる。多分9時には帰るから。先に食べていい』


「……えぇ」


『じゃあな』


プツリと電話を切られ、両手に包み込んでじっと見つめる。


「あんな言い方……しなくてもいいじゃない」


確かに仕事を忘れていたのは自分のミスだ。だが、どうしてあんな言い方をするのか。


それが悲しくて堪らず、ポロポロと涙が零れる。


その時ふと、広太朗に言われた言葉を思い出した。


『男はみんなこうだぜ?妻がいたって子供がいたって浮気はする。アンタの旦那だって絶対にしてるよ』


「なんであんな事──。コウは浮気なんかしないわ」


記憶の中の、意地の悪そうな笑みを浮かべる広太朗に向かい、強く否定する。


しかしその言葉は、深雪の頭の中で何度も何度も繰り返される。


『アンタの旦那だって絶対にしてるよ』


『アンタの旦那だって絶対にしてるよ』


『アンタの旦那だって絶対にしてるよ』


「しているわけがないっ!!」


叫び、耳を塞いで首を振る。その声に反応するかの様に、再び広太朗が囁く。


『試しに携帯でも見てみるんだな』


それは悪魔の囁きに等しい。同時に、何日か前、コウの携帯に出てしまった事を思い出した。


あの時の相手は男だったが、何故か血相を変えて咎めた。


本人は社外秘だからと言っていたが、今思い出しても、明らかにとってつけた様な言い訳にしか聞こえない。


「絶対にあり得ないわ」


疑おうとする自分に、必死に言い聞かせる。


「浮気だなんて……。私を裏切るなんて、あり得ないもの」


別宅で見つけたあのピアスも、違うと説明してくれた。


頭では分かっているのだが、一度抱いてしまった疑念は、そう簡単には消えない。


暫くそのまま座り込み、葛藤を繰り返す。


そうして、どの位時間が経った頃だろうか。


何かを思い付き、意を決して部屋を出た。

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