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5

「はぁっ……はぁ……一体なんなのよ」


乱された服を直し、首筋を拭う。


社長にどう思われたかはわからないが、とりあえずは助かった。


歩きながら、腕時計に視線をやる。


11時55分


あと5分で昼休みだ。


「さっさと終わらせないと」


あの男のせいで、無駄な時間を費やしてしまった。忌々しそうに呟き、再び総務課へ向かう。


----------------------------------------


「すみません。お待たせしました」


やっとの事で書類を手に入れ、秘書課に駆け込む。


疲れ果てた姿を見て、優は目を丸くする。


「どうしたの?そんな疲れきった顔して」


「ちょっと、色々あったものですから」


なんとか笑みを浮かべ、封筒を差し出す。


「あ、ありがとう。助かったよ」


「いいえ」


正直、自分でもわかる程愛想の無い態度だとは思った。


しかし優は、何も言いいたくないという心情を悟ったのか、それ以上追及する事はなかった。


----------------------------------------


定時になると、深雪は真っ先に机を離れてロッカーに向かった。


無言で着替えを取り出す姿を、瑞穂達は不思議そうな顔で見つめている。


「ねぇ、花子ちゃん、なんか怒ってません?」


「あぁ、うん。なんか昼休みからあんな感じだね」


声を潜め、瑞穂と優は聞こえないようにヒソヒソと囁き合う。


今の深雪は、誰から見てもわかる程に不機嫌さを露にしていた。


今でもあの時の柏木の姿が頭に浮かび、不愉快になる。


負の感情を顔に出すのは大人気ないと思いながらも、止める事が出来ない。


無意識に大きな音を立ててロッカーを閉め、笑顔を作って振り向く。


「じゃあお先に失礼します」


「え?あ、はい」


「気を付けて下さい」


無言の怒りオーラに、瑞穂達は敬語で呟いた。それ程までに、深雪が恐ろしく見えたのだ。


「ではまた明日」


しかし当の本人は気付いておらず、軽く頭を下げると、鞄を片手に課を後にした。


今日はもう1秒たりとも社内にいたくない。


無意識に表情が険しくなり、廊下を歩く速度も早くなる。


とにかく今日は早く帰って、ゆっくりしたい。


「おい、どうしたんだ。そんな顔して」


溜め息を吐きながら歩いていると、前から柊が現れ、笑みを浮かべながら話し掛けてきた。


流石に彼を無視する事はできず、なんとかいつもの表情に戻して足を止める。


「お疲れ様です」


「あぁ、お疲れ。珍しいな、アンタが怖い顔してるなんて。なんかあったのか?」


「怖い顔なんてしていました?ごめんなさい」


これ以上深く追及されると厄介だ。


笑顔で軽く流し、その場を去ろうとする。


しかし柊は内心を知ってか知らずか、中々退く気配を見せない。


「まぁ、働いてりゃ色々あるだろうな。なんかあったら相談しろよ。アドバイスできると思うから」


そう言い、嫌味の無い明るい笑顔を見せる。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


心の中では全く別の言葉を吐きながら、軽く会釈してその場を去った。


何故かこういう時に限って、何もかも上手くいかない。


しかしそのタイミングの悪さは、深雪が去った秘書課にも訪れていた。


「おい、花子はどうした?」


いつもならば絶対に顔を見せない社長が訪れ、室内を一瞥して眉を寄せる。


残っていた4人は、戸惑いながら顔を見合わせた。


「彼女なら今さっき帰りましたわ」


華江が答える。


「帰った?まさかお前等、今日は残業があるのを忘れているんじゃないだろうな」


「え?……あ!」


その反応を見たとたん、社長は顔を歪めた。


「あ、じゃない!お前等揃いに揃ってなんだ!?明日は重要な会議があると、前々から言っておいただろう!」


「す、すみません!」


室内中に怒鳴り声が響き、一斉に頭を下げる。


しかし社長は苛立ったように舌打ちをし、空になっている深雪の席を睨み、吐き捨てるように言った。


「今から早急に準備しろ。新人のクセに定時帰宅とは生意気な奴だな。おい、アイツに伝えろ。今日は見逃してやるが、その代わり明日早く出勤しろってな」


「は、はい」


再び頭を下げると、社長は眉を寄せたまま部屋へ戻って行く。


ドアが閉まったとたん、4人は息を吐いて脱力する。


「怖かった……。久しぶりに怒られちゃったわね」


作業を開始しつつ、さゆりは苦笑いを浮かべる。


ただでさえヤンキー顔負けの強面である社長は、怒ると中々の迫力がある。


ミスをして社長室に呼び出される時は、いつも涙を覚悟しなければならない。


「私もすっかり忘れていたわ。社長が立腹されるのも無理ないわね」


呟き、華江も帰宅準備を止め、業務に戻る。


その時遠慮がちにドアがノックされ、一番近くにいる瑞穂がドアを開けた。


「あれ?どうしたんですか」


そこには先日から何かと関わり合いの多い、広告課の新道幸一が立っていた。


彼がここに来るのは珍しい。一体どうしたのかと小首を傾げる。


「アイツいるか?新人」


幸一はどこか落ち着かない様子で室内を見回す。


しかし、1つだけ空席になっているデスクを見て、僅かに眉を寄せた。


「あぁ、深雪ちゃんですか?今日はもう帰っちゃったんですよ」


その言葉に、幸一は「え」と短く声を発する。


「もうか?まだ10分くらいしか経ってないだろ」


「今日何かあったみたいで。私にもよくわかりませんけど……。それより今はあまりここに近づかない方が良いですよ」


「は?なんでだよ」


今の言葉をどう解釈したのか、幸一は軽く眉を寄せる。瑞穂は周囲を見回し、声を潜めた。


「ほら、明日重要な会議があるじゃないですか。随分前から残業を言われていたんですけど、皆忘れちゃってて。花子……いや、深雪ちゃんも帰っちゃったから、社長がカンカンなんです」


それを聞き、幸一は苦笑いを浮かべる。


「あぁ、あれか。じゃあ社長に見つかる前に戻らないとな」


「深雪ちゃんに何か用事だったんですか?」


「いや、いい」


急用なら連絡を取ろうかと思って聞いたのだが、幸一はそう言って立ち去ってしまった。


「ちょっと!終わったなら早く戻って来てよ。やる事はたくさんあるんだから!」


「あ、はい」


優に切羽詰まった声で呼ばれ、瑞穂はなんとなく後ろ髪を引かれる思いでデスクに戻って行った。

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