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(許せないわ。人を馬鹿にして)


ヒールの音を響かせながら階段を下り、喫煙所に向かう。


(誘えば乗ってくるとでも思ったっていうの?)


既婚者が既婚者に告白をした=不倫相手にはちょうどいいと思われた。


この解釈が偏見だとしても、深雪はそう判断した。


自分はそんなに軽い女ではない。


一言文句を言わなければ気が済まない。一直線に喫煙所へ向かい、ドアを開ける。


そこには案の定広太朗が居り、浮かない表情で煙草をふかしていた。


こちらを見た瞬間、目を丸くして立ち上がる。


「深雪」


「馴れ馴れしく呼ばないで下さい」


ピシャリと言い放ち、中に入ってドアを閉める。


いつもの深雪らしくない厳しい表情に、広太朗は戸惑っている様だった。


「貴方にお話が2つあります。1つ目。秘書課に渡さなければいけない書類がありますよね?それを受け取りに来ました。どこにあるんですか?」


「え?あ、あぁ……それなら俺のデスクの引き出しだけど──」


「わかりました。では、後で取りに行きます」


目を細め、間入れず淡々と続ける。


広太朗の手にある煙草がジリジリと灰になっていく。


このままでは指を火傷すると思ったが、敢えて注意は促さなかった。


「2つ目。柏木さん、私を馬鹿だと思っているんですか?浮気相手には丁度良いって思っているんですよね?だからあんな事を言ったんでしょう」


「はぁ?なんだよ急に」


飛躍し過ぎているのは分かっている。


しかし、自身も妻がありながら、旦那がいる女に告白をした。


つまりはどうあっても、自分のポジションは浮気相手だ。


考えれば考える程腹が立つ。


しかし広太朗は、まるで理不尽な事を言われているかの様に眉を寄せ、渋い顔をしている。


「何勝手にキレてんだよ。いつ、そんな事言った?俺はただ純粋にアンタを──」


「結婚していながら他の女を口説くのは、純粋じゃないわ」


言い放つと、広太朗は顔色を変え、言葉に詰まった。


やはり図星なのだろう。深雪は黙って相手を見上げる。


「なんで知ってるんだよ」


「それは別にどうでも良いじゃないですか。見た所指輪もしてないようだし、知られては困る事なのかしら」


「それは……!」


反論の言葉が見つからないのか、ぐっと唇を噛んでいる。


もう少しで指を火傷するな、と視線を反らした時、煙草を灰皿に押し付け、苦笑いを浮かべて立ち上がった。


「わかったよ。正直に言えばいいんだろ。確かに俺は結婚してる。だけどアンタに対しての気持ちは嘘じゃない」


「嘘じゃない?よくもそんな事を言えますね」


今まで恋愛という恋愛をした事がない深雪にとって、不倫というのは何よりも醜いものだという意識だった。


眉を寄せ、まるで汚いものを見るかのように目を細める。いや、現に汚い者だと心の中で思っていた。


「なんだよ。結婚したら、恋愛はしちゃいけないのか?」


いけしゃあしゃあとふざけた事を言われ、ついカッとなる。


「当たり前よ。恋愛がしたいなら、妻とすればいいじゃない。他の女に気をとられるなんて、信じられない!」


「信じられないって……。なんだよアンタ、見た目通り初なんだな」


フッと軽く笑うと、ゆっくりこちらに歩み寄って来る。


思わず後退り、距離を取った。室内には気まずい雰囲気が漂う。


それはエレベーターの時とは比べ物にならない程重たいものだった。


「さすがはお嬢様育ち。まるで中学生みたいな思想だけど。その分だとアンタ、初めての相手が旦那なんだろ」


ガラリと態度が豹変し、その変わり様に目を疑った。


「そんなの関係ないでしょう!」


セクハラを超えた発言に、声を上げる。


しかし広太朗は、相変わらず笑みを浮かべたままだ。


「やっぱりそうなのかよ。勿体ねぇな。ま、その年で結婚してるってのが既に勿体ねぇけどさ。ロクな恋愛経験がないから、そんな風にDV男をつかまえたりすんだよ」


右手が伸び、頬に触れる。


「余計なお世話よ!」


その手を払い除け、後ろ手でドアノブを探す。だが焦っているせいか、なかなか見つけられない。


「俺の事極悪人みたいに思ってんだろうけど、男はみんなこうだぜ?妻がいたって子供がいたって浮気はする。アンタの旦那だって絶対にしてるよ。試しに携帯でも見てみるんだな」


「こ……コウはそんな人じゃない。一緒にしないでっ」


やっと右手がノブを捉え、ドアを開けて出て行こうとした時だった。


「じゃあアンタが浮気するかもな」


「!?」


手を引いてドアから引き離し、壁に押さえ込まれる。


「また逃げんのかよ」


男の割に細い腕が、体を捕らえて離さない。不愉快な顔が近付き、眉を寄せて身を捩る。


「離して!」


「そんな顔で嫌なんて言ったって、余計に煽るだけなんだよ」


乾いた唇が首筋を這い、思わず目を見開く。


「やめて!私に触らないで!!」


「触らないで?別に触ってはいないだろ」


怯える深雪を楽しそうに見つめ、わざと唇の間から舌を差し出す。


生暖かなものが耳に触れ、小さな悲鳴を上げた。


「ひっ……嫌ぁ!」


ぐっと目を閉じ、突き飛ばそうと胸を押す。


しかし広太朗はそれを予想していたらしく、腕ごと体を抱き寄せてしまった。


「なんだ。俺に抱かれたかったのか?」


「違うわよ!いい加減にしないと大声を出すわよ!?」


「大声は困るな」


呑気そうな声で呟くと、背けている深雪の顎を掴み、無理矢理上げさせる。


「アンタが大声出すなら、出せないように塞ぐからな」


「っ……!」


好きでもない男とキスなんかしたくない。


声を上げようと開きかけた口を閉じ、固く結ぶ。


そんな様子を、広太朗はニヤニヤ笑いがら見つめている。鳥肌が立った。


「強気なお嬢様系ってのは今まで経験ないからさ。どんなのか興味があるんだよなァ」


「ふざけないで。離してよ!」


懸命に腕に力を込め、押し返そうとする。だがやはり力の差は歴然で、びくともしない。


昔はこんな事なかったのに。


悔しさで、涙が浮かんでくる。顎を掴んでいた手が緩められ、そのまま下半身へと伸びる。


(こんな奴にされるなんて、絶対に嫌!!)


力で敵わないなら、他の方法をとるしかない。


これはもう、貞操を守るとか、旦那を裏切りたくないとか、そんなものではなかった。


こんな下らない男にいいようにされる。それが何よりも屈辱的で、悔しくてならない。


広太朗の手がスカートの隙間から侵入する。


しかし深雪は先ほどとはうってかわり、冷静な瞳で見つめていた。


相手は自分より2回り程大きな男だ。


タイミングを間違えば、先ほどの二の舞になってしまう。


この態勢で確実に動きを封じるにはどうすればいいか。


ふと、太もも辺りに下半身を押し付けられているのに気付き、膝に全神経を集中させる。


(離れろ!変態っ)


肩に手をかけて力を込め、足を振り上げようとした時だった。


「社内不倫とはいい度胸だな」


不機嫌そうな声と供にドアが開けられる音がし、広太朗はハッと我に返って体を離す。


「恋愛は確かに自由。だが不倫を自由にした覚えはない」


「しゃ……社長!?」


そこには眉を寄せた近藤社長が立っており、厳しい顔で2人を一瞥する。


その隙に深雪は広太朗を突き放し、喫煙所を飛び出した。


----------------------------------------


「柏木。うちの有能な社員を寿退社させておきながら、まだ他の女に手を出すのか?もしもアイツが辞めたら、お前はどうやって責任を取るつもりだ」


「そ、それは……」


まさかここで社長が現れるとは思っていなかった。目を反らし、明らかにしどろもどろする。


「おい。こっちを見ろ」


目の前で指を鳴らされ、恐る恐る視線を戻す。


近藤社長の顔は、今までにない程恐ろしく歪められていた。


思わず頭に『クビ』の2文字が過る。


「あの女に限らず、うちの秘書課の女に手を出すな。いいか、2度目はないからな。次は懲戒免職を覚悟してやれ」


そう言われれば、所詮一般社員である柏木にはもう何も言えない。


「わ、わかりました……申し訳ありません」


「ったく。どいつもこいつも」


吐き捨てるように言い、社長はその場を後にした。


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