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4


暫くし、やっと落ち着きを取り戻した深雪は、近くにあったティッシュで鼻をかんだ。


隣には申し訳なさそうな顔をしたコウが座っている。しかしまだ誤解が解けたわけではない。


ティッシュで鼻を押さえながらそっぽを向く。


「実はあれさ……浮気と言うか、浮気未遂と言うか」


「浮気未遂!?」


未遂だろうがなんだろうが、浮気は浮気だ。


再び目に涙が浮かぶ。


それを見て、コウは慌てた様子で首を振った。


「違う!俺の意思じゃなくて!とにかく浮気じゃない!つまり……あれだよ」


なんて説明すればいいんだ……とぼやき、頬を掻く。


コウは考えながらも、『浮気未遂』を語り始めた。


「あれは確か、去年の忘年会の時だったと思う。会社で飲み会があって、他の課の子に迫られたんだ。俺は会社では独身って事になってるから。勿論断ったよ。でも相当酔ってたんだよ。気付いたらその子と一緒に、あの部屋にいた」


「…………」


あのベッドで見知らぬ女とコウが絡み合う姿を想像し、拳を握る。


仮に何もなかったとしても、やはり許せない。


「正直俺も、どうやってあのマンションに行ったか、覚えてないんだ。ただ、寝室をこの部屋のだと思ってたし、あの子の事も深雪だと思い込んでた。だからその……俺が酒飲み過ぎたら、どうなるかわかるだろ」


呟き、気まずそうに目を反らす。


わかっているが、敢えて追及した。彼の口からちゃんと、『何もなかった』と言って欲しい。


「最後まで話して」


「……だからさ。脱がされてる間もずっと、お前の名前呼んでた気がする。で、なんつーか……胸も腰も全部、触った感覚が違ったから。もう滅茶苦茶言ったんだ。全部、後からその子に泣きながら言われたら定かではないんだけど」


「…………」


確かにコウは、酔うと人が変わる。


妙に甘えたになり、スキンシップが激しくなる。


深雪ですらたまに引いてしまう程に。


それが何の免疫も無い赤の他人がされ、更に人違いまでされてしまったらどうなるか。


「その子、可哀想ね」


思わずそう呟いていた。


最中に他の女の名前を連呼されるだけでも、かなりプライドが傷付いただろう。


話しているうちに何かを思い出したのか、コウは「あ……」と呟いて頭を抱えた。


「プロレス」


「え?」


予想外の言葉にキョトンとする。プロレスがどうかしたのだろうか。


コウは「あぁぁ!」と激しく叫んだ。


「そうだ、思い出した!俺あの子に、つい昔の感覚でプロレス技かけまくったんだ。ちょうど朝ニュースで見たから。それに、てっきり深雪だと思い込んでたし」


「私だってプロレス技は嫌よ」


下らないと思いつつも、笑ってしまう。


確かにプロレス技をかけられれば雰囲気はブチ壊しだ。


何もなかったという言葉は間違いないだろうと判断した。


「何しちまったんだ俺は」


「本当に酒癖悪いわね」


なんだかもう、呆れて物も言えない。


溜め息を吐き、壁に刺したピアスを差し出す。


「これ彼女のでしょ?返しておいて」


しかしコウは、受け取ろうともせずに、力なく首を振った。


「いや、捨てていいよ。あの後すぐに辞めちゃったから。ずっと不思議に思ってたんだ。俺を見ると怯えるから。そうか、あれのせいか」


「──バカみたい」


浮気をしていなかったのは安心した。だが正直、バカらしくてたまらない。


こんなオチのせいで、泣いて罵倒を浴びせてしまった自分も。


「今度から酒は控える事ね。またやったら許さないから。もう、寝るわ。悪いけれどあなたは、ソファーで寝て」


そう言うと、冷凍庫から保冷剤を出して足早に寝室に逃げる。


「っ……痛」


ベッドに座り、赤く腫れた頬を冷やす。


実はずっと痛くてたまらなかった。


幸い歯は問題ないようだが、この分だと腫れてしまうだろう。


結婚してから3年、初めて殴られた。


「本当に、馬鹿なんだから。──私も」


呟くと、何故か笑えてきた。


深雪は頬を冷やしながら、そのまま目を閉じた。

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