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「ただいま」


午後11時。カラオケに行こうという誘いを丁重にお断りし、店からタクシーで真っ直ぐに帰宅した。


「おかえり。楽しかった?」


家には既にコウが帰宅しており、パソコンをしながら笑顔で出迎えてくれた。


深雪は思わず駆け寄り、ぎゅっと抱き着く。


「どうしたの?酔ってる?」


「あなたにお願いがあるの」


「なに?」


眼鏡を外し、額を合わせて微笑む。深雪は僅かに口ごもったが、意を決して言い放った。


「家から出て行って」


「え?」


何を言われたのか理解できないらしく、声を上げて固まる。


「あなたが家に居ると、困る事になるの。だから、出て行って」


「え?なんで?」


あからさまに動揺し、肩を掴んで深雪を見つめる。


「何で急にそんな事──まさか、昨日の事か?だからあれは怒ったんじゃないんだよ。電話で気が立ってて……だからついあんな言い方」


「だって、あなたが居たら困るのよ。だからお願い」


「だから、なんでだよ!今朝仲直りしただろ?それなのに急に出ていけなんて納得できるかよ」


「私だって、こんな事、お願いしたくないのよ」


「だったら──」


「でもあなたがいたら駄目なの。瑞穂さんや優さんにバレたら……私、あそこにいられなくなっちゃうわ。だからお願い……。休日出勤して」


「は?休日出勤?」


なぜそこで休日出勤なのか。


話が噛み合っていない事に気付き、恐る恐る深雪を見る。


「やっぱり、かなり酔っ払ってる?」


「そうね。でもこれは本当にお願いしてるの。1回だけでいいから、来週の土曜日だけは家にいないで」


「来週の土曜日?」


「そう。土曜日は会社が休みでしょう?だから、休日出勤して欲しいのよ」


「えーと、ちょっと話が見えない。取り敢えず水でも飲んで」


体を離すと、酔いを醒まさせる為に冷たい水を取りに行った。


「これ飲んで。それからもう一度説明して」


「うん」


グラスを受け取ると、喉を鳴らして一気に飲み干す。


「どう?マシになった?」


「多分」


「じゃあもう一度、初めからちゃんと説明してくれ」


コップをテーブルに置き、さっきよりは比較的ハキハキとした口調で話す。


「土曜日に、瑞穂さんと優さんがうちに遊びに来る事になったの。あなたが居たら、バレちゃうでしょう?だから、その日だけは休日出勤してほしいの」


「あぁ……なんだ、そういう意味か。別に良いよ。もともとその予定だっから」


「本当?良かった……ごめんなさい。断れなくて」


「別に構わないって」


安堵の溜め息を漏らし、ソファーに座り直す。そして軽く室内を見回すと、ぽつりとぼやいた。


「でもこのマンションはヤバイんじゃないかな。高いし」


「窓に近づかなきゃ平気よ」


「いや、その高さじゃなくて。見るからに高層マンションだろ。なんでこんな場所にって思われそうだし」


改めて言われ、気付いた。


確かに皆には、旦那はただのサラリーマンだと言ってある。


現にこのマンションの持ち主はコウの母方の祖父のもので、結婚祝いに貰ったものだ。


だがあの2人を自宅に招き、色々と探りを入れられるのは危険だ。


「どうしよう。約束しちゃったわ」


「そうだなぁ」


今さら断るわけにはいかない。


コウは眉を寄せて考え込む。すると、何か思い付いたように顔をあげた。


「そうだ。あっちのマンションなら安全じゃないか?」


「あっちのマンション?」


突然あっちと言われても、何も浮かばない。


一瞬、客室にしている部屋の事かと思った。


このフロアは全て義理の祖父の持ち物だ。


4つある内、3つは各自のプライベートルームと住宅として使用している。


あと1つは客室になっているが、仮にそちらに通しても何も解決しないのではないか。


しかし彼が考えている『あっち』とは、全く別の物だった。


「前、本駒込にマンション買っただろう?俺が会社の人間を招くのに使ってるやつ。深雪も何回も来た事あるよ」


「マンション……」


まだ酔いが残っているせいで、上手く頭が回らない。しかし段々と思い出してきた。


そう言えば3年前、2LDKのマンションを買っていた気がする。


家具の搬入に立ち会った時と数回何かの理由で泊まっただけで、詳しくは覚えていないのだが。


「あの、白いやつ?」


「そう。あそこなら2人でも適当な広さだし、賃貸っぽいし。深雪の私物はクローゼットにあるから、それを置いとけばわからないんじゃないか」


言われてみると確かに、着ない洋服や小物を運び込んだかもしれない。


やはりこれも記憶が曖昧なのだが、頻繁に出入りしているコウが言うなら間違いないだろう。


「そっか。そうね」


なんとか策を見出だせ、ほっと安堵した。


これで問題は解決だ。


「ありがとう。助かったわ」


「いや。もしバレたら、色々大変だからね」


さすがに会社を追い出される事はないだろうが、それでも居づらくなってしまうのは事実だ。


コウは深雪の肩を抱き寄せて頭を撫で、耳元で優しく囁く。


「友達ができて良かったな」


「うん。ありがとう」


深雪にとって、瑞穂達は初めて出来た友達だった。


そんな友達を、下らない理由で失いたくはない。


騙すのは忍びないが、同僚として、友人として付き合っていくには仕方ない事なのだ。

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