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「じゃあ、深雪ちゃんの入社を祝って、乾杯!」


その晩5人は、近くのダイニングバーにいた。瑞穂の音頭で乾杯をし、喉を潤す。


「あー美味しい!やっぱり仕事後のビールは最高ね!」


中ジョッキを半分程一気飲みし、瑞穂は満足そうに頷く。


ここでも綺麗所が揃っている秘書メンバーは、何気に周りの男達の注目の的だった。


「全くもう。オヤジみたいね瑞穂は。そういえば深雪ちゃん、旦那さんは大丈夫なの?」


ふと、華江が心配そうに問う。


深雪は両手でグラスを握りながら、笑顔で頷く。


「はい。あっちも今日は会社のパーティーみたいで、遅くなるんです」


「会社のパーティー?」


4人は意味ありげに顔を見合せる。


「はい。なんでも取引先達と何かのお祝いらしくて。あ、すみません。ちょっとお手洗いに」


しかし深雪は気付かず、ハンカチを持って席を立った。


姿が見えなくなったのを確認すると、瑞穂達は顔を見合わせて身を乗り出す。


「今、会社のパーティーって言いましたよね。やっぱり深雪ちゃんの旦那って、うちの会社の人間じゃないですか?」


瑞穂が呟く。


「そうとは言い切れないけれど、少なくとも同じ業界でしょうね。確か今日、社長が音羽物産の創立記念パーティーがあるから参加できないって言ったのよ。ほら、あそこの次期社長とは付き合いがあるから」


さゆりが答える。


今日の飲み会は、深雪の歓迎会だ。


秘書課の人間は基本的、それぞれがそれぞれの重役につき、スケジュールや生産性の管理を行っている。だが深雪は研修期間中の為、現状はどのボスにもついていない。


更に『秘書課』という部署の直属の上司は、契約上は社長という事になる。


その為、本来ならば社長が同席する筈だったが、創立記念パーティーがあるからと欠席したのだ。


ついでに、秘書の仕事をしているくせに、突然予定を組むなとも怒られた。


「という事は……今日の参加者の中に、深雪ちゃんの旦那がいるって事?」


「ちょっと、一体何の話をしているの?」


昨日の事を知らない華江は、ビールを飲みながら首を傾げた。


「実は深雪ちゃんの旦那さんって、うちの社員みたいなんです」


「え?そうなの?一体誰?」


まさか社内にいるとは思ってもみなかったらしく、興味を持ったのか、輪に加わる。


「それがまだわからないんですけど。昨日の推理の結果では多分、柏木さんか新道さんか、柊さんの誰かだと思います」


「みんな若手管理職じゃない。深雪ちゃんの旦那さんってエリートなのねぇ」


お酒が入っているせいか、華江の口から「羨ましいわ」と本音が漏れる。


しかし実際、ここにいる全員が考えた事と、全く同じなのだが。


「羨ましいのは華江さんだけじゃないですよ!私だってエリートで美形の旦那さんがほしいです!!」


「それは誰だってそうだよ。瑞穂だけじゃないって。そうだ、この機会に深雪ちゃんに聞いてみたら?案外普通に教えてくれるかもよ」


優の言葉に、笑みを浮かべて親指を立てる。


「もちろんです!その為にさゆりさんに企画してもらった飲み会ですから!」


ついでに、今日はパーティーがある事を承知の上、話の邪魔になりそうな社長が欠席する事を見込んで。


「そう言えば、新道さんを深雪ちゃんに紹介したの、私だった。あの時は普通に話してた気がします」


瑞穂は、ふと思い出した。


あれは入社式。ご飯に誘い、社員食堂に行った時だ。


確か幸一は名乗っており、身内である様な雰囲気は全くなかった。


すると優も思い出したように口を挟む。


「そういや、私が柏木さんの所に行く様に頼んだ時も何も言ってなかった。その後も」


「確か、柊さんの時もそうだったわね」


呟き、顔を見合わせる。


「やっぱり、隠してるのかしら?」


「多分。隠すつもりがなかったら、もう言ってますよね」


「そうだね」


となれば、やはり聞いても素直には答えて貰えそうにない。


するとそこへ、深雪が戻って来てしまった。


慌てて元の様に座り、誤魔化す為にジョッキに口を付ける。



「ごめんなさい、混んでて遅くなりました」


席に着くと、深刻そうな顔をしている4人を見て首を傾げた。


なんだか様子がおかしい。


「どうかされたんですか?」


「え?ううん、なんでもない。あ、何か頼もっか!今日は奢りだからじゃんじゃん食べちゃって!」


「え……。いいんですか?」


「そうそう。深雪ちゃんの歓迎会って言ったら、社長が歓迎会は会社の決まりだから経費で落とせって。その代わりこの安い店を指定されちゃったんだけどね」


「そうだったんですか。ありがとうございます」


あの社長が金を出してくれるとは、珍しい事もあるものだ。


感想は胸の中にしまいつつ、メニューを手にして選んでいく。


「あ、これ美味しそう。こっちも」


メニューに釘付けになっている間、瑞穂と優は目で合図を送って打ち合わせをした。


しかし食べ物しか頭にない深雪には、彼女の策略には全く気付いてなかった。


「ねぇ深雪ちゃん」


「はい」


運ばれてきた焼き鳥を串から外しながら、顔を上げる。


「来週の土曜日、家に遊びに行ってもいい?」


「え?うちにですか?」


瑞穂に続き、優も口を開く。


「せっかく仲良くなれたんだからさ、一緒に遊ぼうよ。それに旦那さんも見てみたいし」


「え!?」


旦那を見たいと言ったとたん、深雪の表情があからさまに固まった。


やはり隠しておきたいらしい。だが瑞穂達も、そう易々とは退かない。


「いいじゃない。ね?会社じゃ話せない事とかたくさんあるし」


「そうそう!社長の愚痴とかもねっ」


「あ、はい。そうですね……。来週なら多分大丈夫です」


殆んど押されるような形だったが、小さく頷いた。その瞬間、2人は身を乗り出した。


「いいの!?」


「はい。でも、うちに来ても何もないですよ?普通のマンションですし」


「いいのいいの!気にしないで」


「そうそう。話すのが楽しみなんだからさ」


心の中でひっそりと『旦那さんとね』と付け加える。


「じゃあ来週の土曜日にね!」


「楽しみにしてるから」


「はい。わかりました」


こうして深雪は、おかしな成り行きで職場の人間を自宅に呼ばざるを得なくなってしまった。

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