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3

「はぁ……」


夕食を終え、先に風呂に入った深雪は、熱い湯船に身を沈めて息を吐き出した。


思い切り両手両足を伸ばすと、ぼんやりしながら天井を見上げた。


(やっぱり、瑞穂さんにメールしてみようかしら)


罪悪感は勿論だが、せっかくできた同僚だ。1日1回は職場の人と会話をしておきたい。


素早く事を済ませ、浴室を出る。


「お前何回目だと思ってんだ!?」


髪を拭きながら戻る途中、リビングから怒鳴り声が聞こえ、思わず足を止める。


「3回じゃねえよ、5回だ!ついでに10年も一緒に居ながら、俺の性格も分からねぇのか!」


そっとドアを開け、中の様子を伺う。


どうやら、電話で誰かと口論をしているらしい。


出て行けない雰囲気だと悟り、そのまま耳を傾ける。


「出世払いじゃねぇよ。そういう問題じゃないだろうが!もう良い。明日直接話す!」


コウは怒りを込めた声で言うと、終話したらしく、携帯をソファーに放り投げていた。


「ったく……」


軽く舌打ちをし、忌々しそうに前髪をかきあげた。


なんだか妙にイライラしている。


相手は誰なのかはわからないが、こんな時は関わらない方が良さそうだ。


気付かれない様に、そっとドアを閉めたかけた時だった。


「深雪」


あともう少しという所で名前を呼ばれ、ドキリとする。


「そこにいるんだろ。なんで逃げるんだよ」


「逃げたわけじゃないわ」


閉めかけていたドアを開け、恐る恐る顔を出す。


コウはソファーに凭れながらこちらを睨み、軽く手招きをした。


仕方無く室内に入り、隣に座る。


「何かあったの?」


「別に」


コウは目を伏せながら呟くと、こちらに凭れて肩に頭を乗せた。


「意見の不一致というか。まぁ、些細な事なんだ」


「きっと、仲直りできるわ」


相手の事も仕事内容もわからない為、それ以上上手い言葉が見つからなかった。だが、あの口調から、相手は職場関係ではないような気がしたのだ。


「仲直りって、子供の喧嘩じゃないんだよ」


「でも喧嘩なんでしょう?10年も一緒にいる人なんだから、きっと分かってくれるわよ」


そう言った瞬間、コウは頭を上げて目を丸くした。


「誰の事か知ってるの?」


「え?」


驚いた顔をされ、深雪もつられて驚愕の表情を浮かべる。


「誰かはわからないけれど、電話でそう言ってたじゃない。10年も一緒にいるって」


するとコウはハッとしたようだったが、すぐに笑みを浮かべた。


「あ、あぁ……うん。そうだね」


「なに?どうかしたの?」


リアクションに違和感を感じた。


何か隠している。


直感でそう思った。


「いや、なんでもない。俺も風呂入るよ」


深雪の視線から逃げるように立ち上がると、そそくさとリビングを去って行ってしまった。


やっぱり、様子がおかしい。


そう思ったが、これ以上刺激をしてさらに不機嫌にするわけにはいかず、追及するのは止めた。


ソファーに座ると、早速瑞穂にメールをする。


「今日は突然休んでごめんなさい。もうすっかり良くなったので、明日は出社します……と」


素早く片手で文章を作り、送信する。


意外にもすぐに返事がきた。


『良かった。治ったんだね!実は今日、社長や他の課の人も沢山休んでたみたい。社長がいなかったおかげで、のんびりできたんだけどね』


内容を読み、深雪は苦笑いを浮かべる。


(その中にコウもいるのよね。しかもズル休みで)


しかしそんな事は送れない。


当たり障りのない内容を返すと、息を吐いて天井を見る。


浴室からはシャワーを使っている音が聞こえる。


ぼんやりしながら目を閉じていると、どこからかバイブレータの音が聞こえてきた。


「私の……じゃないわね」


辺りを見回すと、クッションの影にコウの携帯が投げ捨てられているのを見つけた。


サブディスプレイには『着信中』の文字が。


「誰かしら」


何となく気になり、手を伸ばす。


どうやらロックはかかっていなかったらしく、画面には『K』とだけ表示されていた。


「K?」


会社の人間なら、こんな略し方はしないはずだ。


相手は先ほど電話で口論をしていた人ではないか。


女の勘でそう感じ、良くないと思いつつも通話ボタンを押して耳に当てる。


『あ、コウ!さっきの話だけど、あれは──』


相手は男の声だった。


一瞬女の声を想像していた為、ほっと安堵する。


『──だからあれは違うんだよ。そういう意味じゃないんだって!』


深雪が考えている間にも、男は慌てた様子で話し続けている。


その時ふと、この声はどこかで聞いた事がある様な気がした。


しかし誰か思い出せず、考え込む。


相手は暫く一方的に話していたのだか、応答が無いのを疑問に思ったのか、少し間を開けた。


『もしもし?聞いてんのか?』


「コウは今──」


そう呟いた時だった。


「何してんだ!?」


勢い良くドアが開けられ、怖い顔をしたコウが歩み寄って来た。


驚いている深雪から携帯を奪うと、耳に当てる。


「またお前か!今のは俺じゃねぇよバカ!!明日話すっつったろ!今日はもうかけてくんな!!」


怒鳴り付けると、電源を切って深雪を見下ろす。


「今の奴と会話したのか?」


いつもとは違う口調で聞かれ、申し訳なさそうに目を伏せる。


「話してないわ……」


「コイツが言ってる事、聞いたのか」


「よく覚えていない」


そう言うと、コウは「勝手に出んなよな」と呟いて溜め息を吐く。


「ずっと鳴っていたから、誰かと思って……。ごめんなさい。盗み聞きをするつもりはなかったの」


結婚してから、こんな風に叱られた事はない。


必死に謝りながら、目には涙が溜まっていく。


それを見て我に返ったのか、コウは慌てて深雪を抱き寄せた。


「ごめん……怒ったりして。だけど、この携帯は仕事用で会社の奴もかけてくるんだ。深雪にでも聞かれたら困る内容のもあるし。社外秘のものだってあるんだよ」


「……わかったわ。ごめんなさい」


胸元にしがみつき、涙を流しながら謝る。


なんだか無性に怖かった。


「いや、もういいんだ。俺の言い方が悪かったから。ごめんな」


いつの間にかいつもの口調に戻り、優しく背中を撫でられる。


それでも何故か、泣き止む事ができなかった。

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