表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/89

1

「おはようございます!ごめんなさい!遅刻しちゃいました!──ってあれ?」


猛ダッシュで出勤してきた瑞穂は、人数の少ない室内を見回して目を丸くする。

普段なら全員揃っている筈なのに、何故か2人しかいない。


「なんで艶子さんと長女さんだけ?」


花子ちゃんとキャリアさんは?と首を傾げ、椅子に座る。


「2人は風邪でお休み。しかも社長もよ。さっきメールが来ていたわ。なんか話では、他の課にも多いみたい。インフルエンザかしらね」


さゆりはため息を吐き、頬杖をつく。


「へー。集団風邪ですかね。社長もだなんて珍しい」


あの人は何がなんでも出社して来そうなのに、とぼやく。


「どうせ女の所に入り浸ってるとかじゃないの。社長、かなり遊んでるらしいわよ」


呟き、チラリと無人の社長室に視線をやる。


「でもまだ若いのに社長ですもんねぇ。お金はあるし、あれで性格が良ければ結婚したいんだけどなぁ」


「そうだ。結婚って言えば、さっき深雪ちゃんの旦那さんと話したよ」


「え!?本当ですか!」


優の言葉に、瑞穂は身を乗り出す。


「うん。花子ちゃんが寝込んでるから、代わりに電話してきた」


「へぇ。どんな人でした!?」


「どんな人って言われてもねぇ……」


予想以上の食い付きに、優は苦笑いを浮かべる。


「優しそうな人だったよ。『入社早々で申し訳ないんですが、お休みを頂きます』って。あの感じは営業マンかな?」


「へぇ。なんか丁寧な人ですねぇ。じゃあ今頃、旦那さんも会社休んで看病してるのかなぁ」


一人暮らしで恋人がいない瑞穂には、何もかもが羨ましい。


うっとりと目を閉じ、浸っている。


「バカねぇ。さすがに看病で会社休んだりなんかしないでしょう?」


今までネイルを塗っていたさゆりが、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「そうなんですか?冷たいなぁ」


「冷たいとかっていう問題じゃなくて。風邪で具合悪い時に、彼氏が側にいても嫌じゃない」


「先輩の場所は『彼氏』だからですよ。旦那さんは毎日一緒にいるんだから。それに私なら、具合悪い時は誰かに看病してもらいたいなぁ」


「ふぅん」


さゆりは興味がないのか、適当な返事をしてネイルに息を吹き掛ける。


「そう言えば」


その時ふと思い出した様に、優は眉を寄せて声を潜めた。


「その、花子ちゃんの旦那さん。どっかで聞いたような声だったんだよね」


「そうなんですか?」


「うん。誰かはわからないけど。もしかしたら旦那さんって、うちの会社なんじゃない?」


「えぇ!?それって誰ですか!」


「いや、わかんないって。憶測なんだから。でも気になるよね。ちょっと調べてみようか」


好都合な事に今日はあまり仕事がない。


加えて口うるさい社長も華江も不在だ。


「調べてみましょうよ!」


「他人のプライバシーに首を突っ込むのはどうかと思うけど。知ってる人だったら、面白いわね」


こうして満場一致で、深雪の旦那探しが始まった。


----------------------------------------


その頃深雪は、会社でそんな事が起こっているとは知らず、相変わらずベッドで眠り込んでいた。


「ん……?」


しかし何故か目が覚め、小さく欠伸をする。


「もう朝……あれ?」


いつの間にか横には、ソファーにいた筈のコウの姿があり、下着姿で寝息を立てている。


(いつの間にきたのかしら。今、何時──)


遅い時間に眠った筈だが、頭は妙にスッキリしている。


腕の中から逃れると、目覚まし時計に手を伸ばした。


「えぇ!?」


時刻を見た瞬間、悲鳴を上げて固まる。


遅くとも7時には起きなければならない。


目覚ましも毎日6時にセットしている。


なのに今は、出勤時間をゆうに超えた11時だったのだ。


「嘘でしょう?どうしてこんな……。た、大変だわ。起きてっ」


隣で呑気な顔で寝ている旦那の体を揺する。


「起きてってば。遅刻よ。遅刻なんてものじゃないわ。大遅刻なのよ!」


入社早々、無断で大遅刻をするなんて、もしかしたらクビになってしまうかもしれない。


だがコウは、全く起きる気配を見せない。


「もう!知らないわよ!クビになったって!!」


自分には、朝ごはんの支度やら身仕度やらで時間がかかる。


取り敢えず旦那は放って置こうと、ベッドから降りようとする。


しかし後方に腕を引かれ、振り向いた。


「朝っぱらから騒ぐなよ。二日酔いなんだ」


「朝っぱらじゃないわ。もう昼間なのよ。11時っ」


「11時?──なんだ、まだ11時じゃん」


深雪の焦りをよそに、呑気にぼやいてまた眠りだす。


「おい、なんでまた寝ようとしてんの?11時って言っても、夜中じゃなくて昼間よ!」


パニックと苛立ちで多少口調が荒くなってしまったが、気にしていられない。


「あぁ、もう!とにかく手を離して!」


呑気すぎる旦那に苛立ちがつのり、捕まれている右手を振り払う。


「大丈夫大丈夫。今日は俺もお前も風邪で欠勤。さっき電話しといたから」


「え!?」


意味がわからず、目を丸くする。


「たまにはいいだろ。揃って休みなんて、滅多にないんだから。秘書課の……近藤さんに電話して伝えた」


「近藤って誰なの?」


秘書課には近藤はたくさんいる。と言うか、近藤しかいない。


「名前……忘れた。ほら、しっかりした感じの、長女」


「優さん?」


「そう」


いつの間に電話したのだろうか。


携帯を見てみると、そこには優からゆっくり休んでといった内容のメールが届いていた。


「どうして勝手な事をするのよ……」


しかし、休むと言ってしまった手前、出勤するわけにもいかない。


渋々ベッドに戻り、コウを睨む。


「まぁ、いいじゃん。あの時点で9時で遅刻確定だったし。俺も休んだからさ、久しぶりにゆっくりしよう」


満面の笑みで抱き締められ、深い溜め息を吐く。


「そうやってサボって、クビになっても知らないわよ」


「俺がクビになんかなるわけないだろ」


色々と言いたい事も、腑に落ちない事もたくさんある。


しかしこうなってしまった以上は仕方ないと観念し、再び目を閉じた。


----------------------------------------


「じゃあまずは、今日休んでる社員の中から探してみましょうか」


職場では、秘書課の仲間達が着々と捜査を進めていた。


「今日は休んでいる社員が多かったから、大変だったわ」


どこから仕入れたのか、さゆりが満面の笑みで社内の欠勤者が書かれた用紙を取り出す。


「今日の休みは……総務課は柏木さんと林さん。営業課は滝村さんに、井上さんに、黒山さん。広告課は新道さん、皆村さん。庶務課は岸部さん。人事部の柊さん。あと事務の愛内さん。そして社長です」


瑞穂が読み上げると、目で追っていた優は溜め息を吐く。


「また随分とたくさんいるんだね」


「取り敢えず候補を絞らなきゃね。確か『コウ』って呼んでるって言ってましたよ」


「じゃあ名前に『コウ』がつく人って事じゃない?案外簡単だったわね」


さゆりは1人1人名前を確認していく。


そして最終的なリストに上がったのは、下記の3人だった。


1・総務課 柏木広太郎

2・広告課 新道幸一

3・人事部 柊光佑


彼らは皆、若くして管理職になった実力派であり、名前に『こう』が入っている。


その時ふと瑞穂は、あることに気付いて眉を寄せながら首を傾げた。


「そういえば社長って名前なんでしたっけ?」


一応リストには入っているので、拾ってみたようだ。


「そういえば、社長の名前って聞いたことないね」


「ちょっと確認してきます」


今日休んでいる人、という可能性がある限り、除外する事はできない。


瑞穂はそっと無人の社長室に浸入すると、デスクにあるネームプレートを確認して戻ってくる。


近藤公一(こんどう まさかず)って書いてました!よりよって元彼と同じ名前なんて」


「なるほどね。じゃあ社長の線はなしだね」


優は興味なさそうに赤ペンを取り出し、社長に線を引く。


「候補はこの3人ってわけね。花子ちゃんは別姓にしてるみたいだから苗字じゃわからないし」


「結婚の有無もわからないし」


「もう終わり?」


呟き、顔を見合わせる。


果たしてこの3人の内にいるかも定かではないのだが、ここまで順調だったにも関わらず、肝心な所で行き詰まってしまった。室内に微妙な空気が流れる。


「ま、まぁとにかく、3人まで絞れたんだから良しとしましょうよ!後は花子ちゃん本人に確認してみるとか!」


なんとか雰囲気を良くしようと、瑞穂は必死に明るい声で言う。


しかし2人の表情は相変わらず浮かない。


「確認できないから調べてるんじゃない。聞いてもきっと、上手くはぐらかされるだけだわ」


「そうかもね。ならこっちは、もっと上手くやらなきゃいけないってわけだ」


正直、深雪の旦那が誰にせよ、3人には関係の無い事だ。


しかし秘密にされると、探りたくなるのが人間の性分だ。


気持ち新たに顔を見合わせると、深く頷き合う。


「そうですよね!聞いて駄目なら探し出すしかない!花子ちゃんが出勤してきたら、上手く聞き出してみましょう!」


「そうね。私も協力するわ」


「私も。やっぱ気になるしね」


こうして一致団結した3人は、各々の職務へと戻って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ