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彼女の旦那のことは誰も知らない  作者: 石月 ひさか
総務課 柏木広太朗
15/89

2

「戻りました」


なんだかよく分からない昼食を終え、秘書課に入る。しかし室内に人の気配は全くない。


「あれ?おかしいわね」


呟き、時計に視線をやる。


12時53分。


昼休みは1時までだ。


瑞穂や優達はともかく、華江がこんな遅くまで戻って来ないのはおかしい。


もしかしたら、外食をしている間に何かあったのだろうか。


不安を覚えながらも何気に携帯を出す。


今まで気付かなかったが、ディスプレイには『新着メール1件』の文字があった。


「?」


メールを開きながら席に着く。それは瑞穂からだった。


『1時30分から緊急会議が入るんだって。社長にコキ使われる可能性があるから』


「おい」


そこまで読んだ時、ドアが開き、社長が入って来た。


ガランとしている室内を一瞥すると、眉を寄せて壁に掛かっているホワイトボードに視線をやる。


そこには各名前横に、『課外』という文字が書いてあった。


「ったく。みんな逃げやがったな。間抜けはお前1人か」


ニヤニヤ笑いながら深雪に視線を戻し、人差し指を曲げる。


「来い。半から緊急会議だ。15分までにこの書類と会議室のセッティング。25分までに20人分の茶を用意しろ」


ドサリと重たい書類を渡され、深雪は目を丸くする。


「私1人でですか?」


「お前しかいないんだから当然だ。急げよ」


言い捨てると、社長は足早に去って行ってしまう。


「1人でなんて……」


途方に暮れながら、読みかけのメールに視線を戻す。


そこには『深雪ちゃんも何か仕事見つけて、1時30分位までは絶対に秘書課に戻らない方がいいわよ』と書かれていた。


----------------------------------------


「せっかく瑞希さんが教えてくれたのに。ちゃんとメールを読めば良かったわ」


運悪く社長にコキ使われる羽目になってしまった。


重い書類を15階の会議室まで運び、ドアを開ける。


中には机がコの字に並べられており、窓際の角にたくさんのパイプイスが並べられている。


「確か20人って言ってたわよね。ということは──」


1つのテーブルに付ける人数を目測で考え、椅子を並べる。


しかし、1つに5人座るとして、テーブルは4つ必要だ。このままでは1つ足りない。


「どこからか持ってきた方がいいのかしら」


ざっと室内を見渡すが、余分なテーブルは見当たらない。


どうしようかと考えていると、ドアが開いて社長が入って来た。


「何してんだ。後10分で会議が始まるんだぞ」


「それが、テーブルが足りないんです」


「テーブル?」


呟くと、室内を見て眉を寄せる。


「仕方無いな。隣から持って来るしかないだろう」


「隣にもあるんですか?わかりました。すぐに──」


言いながらドアに近付く。


「待て」


しかし出口を遮られ、キョトンとしながら顔を上げる。


「お前みたいな非力には無理だ。いいから書類のセッティングをしていろ」


そう言い、社長は部屋を出て行く。


それは暗黙に、自分がやってやるという意味だ。柏木と言い社長と言い、この社には見た目のわりに優しい男性社員が多いらしい。


(素直じゃないのね)


ふっと笑みを浮かべると、手早く書類を並べていった。


「これで準備は完了だな。あとは茶の準備だ。言っとくが、俺は手伝わないからな」


「わかってます。ありがとうございました」


頭を下げ、足早に給湯室に戻る。


実はお茶汲みが、一番大変な事かもしれない。


20人分の湯飲みをお盆に並べ、唖然とする。


しかし時計の長針が5近くを指しているのに気付き、取り敢えずトレイを持って会議室に向かった。


「どうしよう……」


中に入り、配り終えれば任務完了なのに。


トレイを支えながら、ドアの前で立ち尽くす。


両手が塞がっているため、ノックは愚か、中に入る事すらできない。


そうこうしているうちに、時間は刻々と過ぎていく。


(あぁ、もう25分。お茶も冷めちゃう)


いっその事床に置いてしまおうかと悩んでいた時だった。


後ろから腕が伸び、ドアを軽くノックする。


振り向くと、今朝会った柊が笑みを浮かべて立っていた。


「はい、どうぞ」


ドアを開けて貰い、深雪は嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます」


軽く会釈し、テーブルにトレイを置いて湯飲みを置いて行く。


室内には社長を始め、色々な課の人間が勢揃いしていた。


その中には、新道や柏木、そして柊も居る。


「失礼致します」


一通りお茶を配り終えると、頭を下げて会議室を後にした。


「良かった。間に合って」


これで任務は完了だ。ほっと息を吐き、達成感に嬉々として戻って行った。


「あ!花子ちゃん」


課に戻ると瑞穂達は戻って来ており、心配そうな顔で駆け寄って来た。


「返信が無かったからもしかしてって思ったんだけど……。まさか捕まっちゃった?」


「はい。わざわざ教えて下さったのに、気付かなくて。でも大丈夫です。なんとか間に合いましたから」


「良かったぁ。戻って来たら居ないから、心配してたの。でも大丈夫だったんだ」


「はい。ギリギリでしたけど」


トレイを片付け、席に着いて仕事を始める。


(私1人でも仕事ができるんだわ。こんなの初めて……!)


タイピングをしながら、深雪は初めて自分1人で仕事を全うできた喜びを噛み締めていた。

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