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第八話 -嵐の前に-

カノンの薬屋での出来事から日数を置いて、遂に始まります。

 麻で締めた腰の剣戟に手を添えて、霞む目で見上げる蒼穹に翳り無し。各チーム毎に割り当てられた区画内で、自分自身の体調と真摯に向き合う暇、俺は区画を隔てる様に展開された魔力障壁に触れて散る閃光を眺めていた。

 迸る雷光と猛る焔に立つ氷塊。今日に備えて、各々の裁量で仕上げた技術を存分に奮う各者との対敵を思えば、俺自身の心は猛しく吼えた。

 斯くして訪れた今日は、エクセリア魔力学校に於ける模擬戦闘訓練の開催初日だ。魔族討伐訓練を見据えた対人模擬訓練の名を冠しているが、俺たち三人に取っては、今後の魔力講習の受講制約解除を賭けた鍵となる訓練に相違ない。手抜き無用の修了試験と同じく大切な訓練だ。

 負ける気は更々ない。抱えた信条に付き従って、満を持して此処に立った。

 来たる今日。いざと此処へ立てば如何だ。雷光一閃の如く翔ける此の身を阻む壁は、やはり此処に在った。

 久遠の彼方に見据える夢幻を誠の現実と示す為に、満を持して此処へ来たのだ。故に、此処で為す事は、先刻の修了試験と何も変わらず、後は乗り越えて仕舞えば良いのだ。穴を穿ち蹴散らして仕舞えば良いのだ。残滓さえ残さず、無に帰して仕舞えば良いのだ。

 然して、俺は手に添えた剣戟を鞘から引き抜いて、自身を左右に別つ正面に剣戟を構えた。

 訓練と呼ばれる競技大会を見守る観衆の視線を感じる此の場に於いて、俺は自分自身の意識に問い掛ける。

 体調は万全か。久しく扱う剣戟を握る感覚は取り戻したか。此の訓練の重要性を理解しているか。昂る心が矢継ぎ早に投げ掛ける問いに対しても、申し分ない回答が返った。

 昨日、カノンも譲らぬ信条を抱えて一歩前へ進んだ。ならば、其の背を見据えて追い掛けるのでは意味が無かろう。何方の弛まぬ信条が、たわわに実を吊り下げて枝葉を撓らせるのか。

 何方に転んでも、其処に在るのは久遠の平和だ。行く末を遮る輩は、何人も切り捨てる覚悟で行こう。

 斯くして、背後に感じた気配を見返して、俺は四肢に篭めていた力を抜いた。


「よお。名誉おっぱい府民」

「不名誉、極まる」


 何時しか見慣れた格好のアルスとシャルは、勇ましく其処に在った。

 背丈を越える武具を携えたアルスと、強烈な打撃攻撃さえ繰り出す魔道書を抱えたシャル。先刻の一件も在って、何処と無く郷愁を誘う様相だった。


「羨ましいのならば、貴様はシャルに頼めば良いだろう」


 魔力を統率する意識が残った儘、彼等に背を向けて言葉を漏らした刹那、「あ」と、俺は迂闊な自分自身を呪った。

 然して、宙を劈く轟音が意識に触れた時には遅かった。

 頭頂部が捻り潰されたかの様な蘞い衝撃も束の間、身体の芯に響いた意識を覆う激痛を押さえ込む様に、俺は蹲っていた。

 思わず呻く程の激痛に耐える暇、「バカ野郎が」と、呆れ口調で呟いたアルスの言葉が胸に沁み入る。


「お前。此の衝撃に耐えていたのか……」


 漸く、関所を抉じ開ける様に捻り出した言葉に、「そうだぜ」と、アルスは誇らし気に言葉を紡いだ。


「俺も危うく口を滑らせる所だったぜ」


 其の刹那に、「あがッ」と、生々しく響いた叫声。烈風雷火の如く身を貫いた衝撃が届ける有様。状況は何と無く察した。


「ばか」

「結局、こうなるのね」


 ボヤいたアルスの言葉に耳を貸す余裕も無いが、此の堪え難い激痛の味を知った今、同情の余地は生まれた。

 だが、俺は思った。

 お前ら好き合っているのだから、良いでは無いか。

 斯く胸中は、口に出して仕舞えば一瞬なのだろう。だが、結末を思えば後が怖い。頭部が無くなっても、下手に意識されても困るのは事実だ。余計な一言が永遠の軋轢を生んで仕舞えば、悔やんでも悔やみ切れぬ。故に、言葉には出さないが、俺は何度でも、斯く思うのだ。

 斯くして、心倣しか観衆の笑い声が此方に差し向けられたモノの様に感じる暇、俺は頭を押さえた儘、漸く立ち上がった。

 揺れる視界で背後を見据えれば、頬に朱を差して腕を組んだシャルと、既に立ち上がったアルスの姿が在った。

 あれだけの衝撃を食らって尚、平然と居られる野郎には感服する。地に投げられた剣戟を拾い上げて、若草が纏わり付いた鞘に納刀した俺は、彼等に向かい合った。


「ミラ。怒りますよ」

「すまん。だが、怒った後に言われても如何しようも無い」


 別段、俺も悪気が在った訳では無いのだ。気に障ったのならば謝ろう。だが、シャルの様子を踏まえれば、斯く行動の所以は羞恥にある様に見受けられた。


「ミラが地に伏す姿は、滅多に見られるもんじゃないからな。良いもの見たわ」

「言ってろ」


 俺はアルスから顔を逸らして、魔力障壁に弾かれた魔力が魅せる明光を見据えた。


「二人は、準備できたのか」

「ああ。準備万端よ」

「はい。サポートは、あまりできないかも知れませんが……」


 そうだろうな。怪我をする様な訓練では無し。遠距離で魔力を変性させる術は、まだ難しいのだろう。

 だが、如何あれど熟す事は変わらない。


「まあ、緊張し過ぎず、己の為に戦えば良い」


 人の事は如何でも良い。ただ、自分の抱える信条の為に戦えば、摑み取れる未来は必ず在る。

 然して、力強く頷いた二人を一瞥、俺は再び彼等に背を向けて、据えた剣戟を此の手で掴んだ。甲高く響いた抜刀の一閃、勇む心の儘に剣戟を眼前に構えて、散在する意識の統率を図る。伝播する魔力は身体を揺蕩い昂った末、腕を伝って剣戟に宿った。

 滾る力。溢れる気力。全て万全だ。何も憂う理由は無い。

 万全を確認し、揺蕩う魔力の統率を途切った俺は、身体に込めた力を抜いた。


「ミラは、大丈夫ですか?」


 シャルの言葉を反芻した俺は、剣戟を鞘に納めて背後を振り返った。


「ああ。問題ない。何も彼も問題ない」

「その言葉、心強いね」


 アルスは武具を掲げて、昂る感情を示した。

 斯くして、俺の視界の隅に映っていた人間が真っ直ぐ此方に寄った刹那、アルスとシャルは背後を見返した。


「やあ。随分と張り切っている様だな」

「……アリステリアか」


 アルスが呟いた名を持つ人間は、紛い様も無く其処に立っていた。


「何用だ」

「決まっている。君等の様子を見に来たのだ」


 高飛車な態度は相変わらず、見下す様な視線を呉れる男は、陽光を照り返す派手な武具を地面に突き刺した。


「和やかに話し込んで、随分と余裕だな。他の参加者は真面目だぞ」


 先程から絶え間なく空間を満たす轟音と、視界を彩る閃光を見れば分かる。皆々、真面目に最後の調整に励んでいる様子も伺える。


「斯く言う野郎が、此処で気楽な連中相手に時間を潰して良いのか」


 俺は剣戟から手を離して、絶え間なく襲う鈍痛に疼く頭を掻いた。

 然して、アリステリアは顎を突き上げた儘、周囲の魔力調整が生んだ喧騒さえ搔き消す声音で笑った。


「私は、もう十分に鍛えた」

「へえ。そうかい」


 紡いだ声のみ頷いた俺は、服に付いた雑草の一片を摘んで、アリステリアに投げ付けた。


「……宣戦布告と見て良いのだな?」

「勝手に解釈すれば良い。何方にせよ戦う運命だ」


 理由なく売られた喧嘩を買うのは御免だが、定められた運命ならば喜んで受け入れよう。

 そもそもの話。俺は、強者と謳う人間と堂々と拳を交える機会を待っていた。

 自他共に認める力量と、訓練の相手に此れ程の自信を覗かせる人間だ。他者の相対的な判断で”強者”と認められた人間は、如何程の力を持つのか。俺が知りたい”エクセリア魔力学校の学徒が強者と判断する閾値”を知る機会が、今日明日の訓練なのだ。

 得るモノも、得られる可能性が在るモノも多い機会に、いったい如何程の力量をアリステリアは見せて呉れるのか。

 故に、俺はアリステリアの目を見据えて、「此の日を待っていた」と、素直な感情を吐露した。

 然して、「ふん」と、アリステリアは嘲笑を孕んだ微笑を浮かべた。


「見た所、勝ち上がって来られる自信は在る様だな」

「まだ、対戦表も発表されていない。初戦から当たる可能性も在る」


 模擬戦闘訓練が開催される二日間の対戦表は、当日の対戦前に発表される。もう直に発表される頃だろう。

 見返した先のアルスとシャル同様に、俺は監視本部前に常設された魔光板を見据えた。

 其の様子を受けて、「もう出ている」と一言、アリステリアの呟いた言葉に、俺たち三人はアリステリアの方を見返した。


「私のチームは第一グループ。参加資格を持つ最下級生である貴様のチームは第四グループに属する」


 面倒見の良い優しい大先輩ことアリステリアは、慣れない下級生三人に、対戦表の抽選方式まで説明して呉れる。確かに、今期入学の学徒諸君は、本訓練への参加資格が付与されない事は知っていた。

 基礎座学講習を修了した前期の代から参加資格が付与される。故に、俺たち三人は此処に居る訳だが……。


「順当に勝ち進めば、私のチームと貴様のチームは最終戦で戦う事になるだろう」

「至れり尽くせり。ほんと良い有難い話ですね」


 其の言葉に、アリステリアの斜め横で腕を組んでいたアルスが、「ぷ」と、静かに吹き出していた。


「別に貴様の為では無い」


 然して、間髪を置かず、アリステリアは骨張った人差し指を俺に突き付けた。


「貴様等を潰す今日が訪れた事が嬉しいのだ」

「ああ。そうかい」


 何とも格好の付かない台詞を吐き捨てるアリステリアを見据えて、俺は小さく溜息を吐いた。

 呉れた優しさの理由には足りないが、言葉には出さない。時間の無駄だ。


「如何に人気を集めている男だろうが、此のアリステリアには勝てぬ事を教えてやろう!」


 堂々と言い放った野郎を見据える三者。二人の表情は見えないが、恐らく冷淡な視線をアリステリアに呉れているのだろう。

 此奴は親の腹から這い出て来る時にも、斯くの如き態度で生まれて来たのだろうか。癇に障る笑い声で、自画自賛の喝采を謳いながら此の世に生を受けたと言われても、俺は信じられるのだろう。

 斯くして、胸を張ったアリステリアを見据えていたアルスが、「そう言えば」と、思い出した様に呟いた。


「今日は、女連中を侍らせてないんだな」

「あ……」


 シャルが驚嘆に目を見開いた姿を一瞥したアリステリアは、徐に口を開いた。


「戦いの前に、余計な女は不要だ」


 其の刹那に見せた彼の表情には、余裕の微笑は消えていた。

 然して、地に突き立てた武具を引き抜き、猛々しく伸びる若草を踏み締めて、アリステリアは俺たち三人に背を向けた。


「王座の前で待っている」


 声で、背中で語る男の不遜な態度は変わらず。だが、アルスの嫌味に対する応答に、もはや台詞の一部とも言える、あの癪に障る笑い声は付いて来なかった。

 其の儘、徐々に遠ざかる背を、俺たち三人は暫く眺めていた。


「行っちまったな」

「うん」


 停滞した空気を薙ぐ様に、周囲の喧騒を縫って響いたアルスの言葉に、縮こまったシャルは背を伸ばして頷く。其の様子を一瞥した末に、再びアリステリアの背を追い掛けた俺は、彼が吐いた言の葉を反芻していた。

 別段、深い意味が在った訳では無いのかも知れない。言って仕舞えば、俺の無用な勘繰りか。

 彼が大地と空を分かつ境界の様に分かり易い男で無ければ、斯くも無駄な推察に迫られる事は無かったのだろう。だが、彼が初めて見せた真摯な態度の裏には、其れ相応の意味が孕んでいるに違いないと、俺の心は意識に語り掛けたのだ。

 如何とも仕様が無い。人間とは、斯く生き物だ。


「行こう。対戦相手が発表されている」


 斯くして、俺は斯く無用な思考を断ち切る様に、アリステリアから目を背けた。


「おお。初戦は大事だよな!」


 声音は大きく、シャルの鍔広の帽子を叩いて、アルスは胸中に渦巻く気合を表現して見せる。然して、アルスに叩かれるシャルは彼の腕を掴んだ儘、「うるさい」と、アルスの気合を一蹴した。


「必要以上の気合は禁物だよ」

「違いない」


 無駄に気合が入り過ぎて、本来の力を出せない有様では意味が無い。無論、諸々の進展が掛かった訓練だ。頑張って貰いたいのは山々だが、此の訓練が魔族討伐を見据えた訓練である意識は持っていて欲しいが……。


「なんだなんだ。揃いも揃って気合が足りねえな」


 どうも、気合の矛先を間違えている様子のアルスを一瞥、俺は溜息を吐いた。


「お前は、何時も変わらんな」


 普段は能天気に振舞う癖に、いざ重要な局面では気丈な姿で事を熟し、終わって仕舞えば結果で語る。何か大きな信条を抱えている事実は表に出せど、決して其の信条は黙して語らず、彼の深淵を埋め尽くした弛まぬ信条は、分厚い鉄扉の奥に仕舞われた儘だ。其の鍵は疎か、鍵穴の在り処さえ隠し通す所以は何か。

 斯く男が、「そうともさ」と、堂々たる立ち姿で言って退けた肯定の台詞は、俺とシャルの耳から意識に触れた。


「俺は何時だって本気なんだぜ」


 然れば、其の言葉には、俺が信用に値する確かな価値が宿っている様に感じた。

 彼の言動を踏まえれば、俺は頷けたのだ。


「なあ。シャルもそう思うだろ?」

「……知らない」


 顔を背けたシャルも、きっと同様に思っているのだろう。アルスから窺えない場所に咲いた茜は、確かな思慕の証左だった。

 然して、「でも」と、言葉を繋いだシャルの視線は地に向いた儘、虚空を揺蕩う言葉のみ二人を捉えた。


「私も頑張る」


 確かな覇気の宿る声音。短い言葉だが、其の表情が彩る言葉に孕んだ意志を拾う為には、延々長々と語られる必要は無かった。


「できる事は少ないけど、できる事はあるから……」


 サポートとして出来る事は限られた訓練だが、相応の地力を持つシャルだ。アルス同様に、此の手の届かぬ深淵に、大きな意志と信条を抱えるシャルならば、きっと見せて呉れる。


「流石はシャル。いい女なだけあるな!」


 一瞬、細めた目を歪めて、口角を吊り上げて、帽子の上からシャルの頭を力強く撫で回したアルス。呼応する様に響いた打撃音は、何時もの見慣れた光景だ。此れを見て憂う事は、何も無かろう。

 斯くして、無意識に逸らした視線の先に居た何某が、見覚えの在る人間の前に居る事に気が付いたのは、其れから間も無くの事だった。

私事ですが、自宅等で物を落とす度に、「ニトロだったら死んでた」と、自分自身に言い聞かせる事にハマっています。私事ですが。

12月も近付いて、外出が億劫になりました。執筆のために、喫茶店に通うのが関の山です。


さて、本話から魔族掃討を見据えた模擬戦闘訓練が始まりました。

名目上の訓練ですが、対人戦闘競技大会の側面が強いので、観客も盛り上がる事でしょう。きっと、盛り上がる事でしょう。

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