第二話 -夢の旅路-
すみません。前回の投稿から、だいぶ空きました。
言い訳を堂々と抜かしますが、設定がブレてブレて仕方が無いのです。
なるべく早々に固める覚悟です。
荘厳たる雰囲気を纏って、深いフードを被って顔を隠した魔導師二人を護衛に引き連れた彼の名はアクラス。俺が在学するエクセリア魔力学校の学長だった。
「学長⁉︎」
アルスは驚愕に歪んだ表情を此方に向けて、張り詰めた内懐を態度で示した。
然して、シャルも勢い良く立ち上がって、焦りの色が滲んだ表情で学長を見据えた。
「畏まらんで良い」
快活に笑った学長は伏せた掌を上下に振って、アルスとシャルの態度を制した。
アクラス・コーウェン。本学の学長にして、過去には魔族討伐の第一線を張っていた勇猛な勇者の一人だ。彼が魔族討伐の第一人者として活躍していた過去は、エクセリア魔力学校の内外に広く知れ渡っている。父の旧友であり、公国内では英雄的な存在として慕われていた。
斯く所以が在って、幼少の頃には直々に稽古を付けて呉れていたのだが、最近は無沙汰だった。
「ミラと会うのも数年ぶりか」
「ええ。稽古を付けて貰って以来ですね」
厳しく鍛えて貰った過去は記憶に新しい。在りし日の記憶を懐古する学長は、「早いものだ」と呟いた。
斯くして、上天を仰いでいた学長は此方に向き直った。
「まずは、みな合格おめでとう」
伸びた立派な白髭を縒って、俺たち三人を一瞥した学長に、俺たちは声を揃えて、「ありがとうございます」と謝辞を述べた。
直立不動のアルスとシャルは、如何ほど緊張しているのだろうな。二人の張り付いた真顔を横目で見れば、緊張の色味は何と無く汲み取れた。
俺は手に持っていた剣戟を腰に据えた。
「君たちの実力に関しては、我々も一目おいている」
学長の言葉に、アルスの表情は明るい色を灯した。
シャルも満更では無い様子。然して、学長は俺を見据えて笑った。
「ミラ。君には特段の期待を寄せている」
「俺、ですか?」
問い返した俺に、学長は、「ああ」と頷いた。
「第三等級魔法で、あれほどの力を示した生徒は初めてだ」
先刻の修了試験で、受験者全員が使った魔法の等級だ。本学では、感覚的に習得可能な基本魔法と位置付けられている。生活魔法、第三等級魔法、第二等級魔法、第一等級魔法、最上位魔法と区切られる魔法は、対敵魔法として有用と言われる第三等級魔法から習得する。俺たち新入校生は、当然ながら第三等級魔法に加えて生活魔法を習得する訳だ。
「無論の事、アルス君も必要十分以上の出来だった」
アルスは握り締めた左拳を腰に据えて一礼した。
「シャル君のヒーリング試験は、評点でトップの成績だった」
シャルも魔道書を胸元で強く抱えて一礼。柔らかく微笑んだ。
此処にいる三人は無事に合格を勝ち取ったが、本課程の試験に於ける合格率は低い。身体の細胞質に含まれる魔力を意の儘に操る術さえ知らない人間が、入学から百八十回の日没を数える時までに、第三等級の魔法を使える様に仕上げる必要が在るのだ。加えて、細胞質内の魔力生成物質の魔力生成能力には個人差が在る。此の試験が、才能を篩に掛ける機会とも言われる所以だ。
俺は、結果を勝ち取った自分自身の掌を眺めた。
「故に、近々に開催される予定の模擬戦闘訓練の結果次第では……」
言葉尻が掻き消えた学長の言葉は、肝心な要点を語る直前だった。
訪れた静寂を掻き消した周囲の喧騒が支配する世界で、学長の話に耳を傾けていたアルスとシャルの表情が変わった。
二人の張り詰めた背筋は、弛緩する様相を見せない。斯く言う俺も、身体の隅々まで緊張が張り詰めていた。
いったい何事を語るのか。模擬戦闘試験の結果次第では如何なるのか。
然して、一呼吸おいた学長は口を開いた。
「本校の特待生としての権利を与える」
「マジっすか⁉︎」
先程まで座っていた足元の椅子から身を乗り出して、砕けた口調で真偽を問うアルス。背筋の硬直は何処へ消えたのか。シャルも真偽を疑う様に口元を両手を覆っていた。
「ああ。酷くマジだよ」
然し、至極真面目な調子で告げる学長の言葉に虚言は無いのだろう。
そうだ。彼は元々、真面目で誠実な人だった。
悪を忌み嫌う彼が生前の父と共闘した過去は、全て悪の断絶を正義に掲げていたが故と聞く。
「特待生特権とは、何を指すのでしょうか」
学長が与えて呉れた好機に、俺は胸を踊らせていた事実が此処に在った。
然し、俺は逸る感情を抑えて学長に問うた。
斯く疑問の所以は、俺は特待生と呼ばれる人間の話を聞いた事が無かった為だ。そもそもの話、此の学校に特待生特権を与えられた人間が居るのかも分からない。
然して、俺の疑問に対して学長は二本指を立てた。
「細かい特権を省いて、ふたつ在る」
中指を曲げて、学長は言葉を紡ぐ。
「ひとつは、本学の全施設の利用が可能となる」
「全施設⁉︎」
アルスは歓喜と驚愕が入り乱れた語調で叫んだ。
「調薬施設も使えるのですか?」
「左様。特定の講習科目に合格せねば使えない施設も、全て解放される」
溢れる感情が抑え切れない様子のシャルの目は爛々と輝いた。
「聞いたかミラ!」
俺の真横で騒ぎ立てるアルスは、俺の肩を叩いて感情を共有する。俺はアルスを一瞥、「聞いたよ」と告げて、学長に向き直った。
「二つ目とは?」
「受講可能な科目の制限が解除される」
受講制限の解除。要は、特定の科目を受講する為に必要な受講要件が解除されるのだろうか。
アルスとシャルの様子を伺えば、俺と同様に理解に欠けている様子。斯くして、俺たち三人は学長の言葉を待った。
「そうだな。簡単に言って仕舞えば、等級および過程に囚われる事なく、科目の受講が可能になる」
「どんな科目でも……」
魔導書を抱えて息を飲んだシャル。然して、シャルと学長の間に割り入る様にアルスは挙手した。
「つまり、俺がヒーリング過程の科目も受講できるって事ですか?」
「そう言う事だよ。アルス君」
然して、学長は柔和な微笑を浮かべた。
本学に於いて、新入校講習の修了試験に合格した場合、次の講習科目の選択を以って今後の学業で培う魔法種別が確定する。殆どの場合は、新入校講習の修了試験で受けた魔法種別に係る科目を選択するのだが、此の時点では別の魔法種別の選択が可能だ。然し、此処で選択した科目を以って魔法種別は変更不可となる。本来ならば、十分に検討して選択しなければならないのだが……。
「上位魔法講習の受講制限も解除される認識で宜しいでしょうか」
「左様」
学長は大きく頷いた。
「次の模擬訓練で成果を残せば、次の選択講習に最上位魔法講習を選択する事も可能だ」
「やっべえな……」
最早、アルスは畏敬の念さえ忘れて仕舞ったのだろうか。言葉も態度も砕けた儘、アルスは惚けた表情で学長を見据えていた。
然し、俺も此の時ばかりはアルスの内懐が理解できた。
荒ぶ風に戦ぐ白髭を縒った学長は、観客も疎らな周囲を見渡して、此方を一見した。
「新入校生講習の修了時点では、最上位魔法を真面に使い熟せる可能性は極めて低い」
斯く言う学長の言葉を、俺は自明の理と理解していた。
疑問符を浮かべているアルスは首を捻ったが、俺とシャルは揃って頭を縦に振った。
「特待生特権とは、当の常識を乗り越えられる実力を見出された者に与えられる特権だ」
俺たち三人の目を交互に見据えて紡がれた学長の言葉には、彼の胸中を映した覇気が宿っていた。
常識が集合知から生まれた偏見と言われる所以は、証明された正解が其処に存在する事に起因する。大多数の人間が経験して来た叡智を寄せ集めて生まれた集合知が”常識”だ。
然し、開拓され尽くした常識に囚われた儘では、未踏の地は開拓できない。常識の要らない正解は、必ず存在する。斯く故に、腐れた頸木を薙ぎ払って切り捨てる覚悟は、少なくとも俺には在った。
「君たちの実力に、我々は絶大な期待を寄せている」
俺の拳に握る汗は、俺が求めた魔族掃討への久遠の夢と見る。
「模擬戦闘訓練の様子は、私と護衛の二人も鑑賞する予定だ」
真面目な表情から一転して微笑んだ学長は、フードを被った儘の護衛二人を一瞥した。
斯くて、大いなる一歩を踏み出す旅路の中継地点は此処に生まれたのだ。
「目一杯の奮闘を期待している」
俺たち三人の肩を順々に叩いた学長は、身を翻して復路を辿った。
然して、俺は護衛を背後に連れて立ち去る学長を見据えて、ただ呆然と立ち尽くした。
「よお、聞いたか?」
「ああ。聞いた」
「夢じゃないのかな……」
三者同様に、今し方の学長の言葉が信じられない様子だった。三者三様の表情を浮かべて、三者同様に学長の背を見送る。
「夢か否か。アルスの顔を殴れば分かる」
「おい待てよ」
力強く首を回らせて、身体の前面で腕を交差させた。
だが、アルスの制止の声も虚しく、シャルは魔道書を振り翳して慈悲の無い一撃を振り下ろした。
延々と揺蕩う静寂に響いた刹那の衝撃音。首を垂れて、「いってえ」と叫んだアルスの正気は、いま証明された。
「夢では無いらしい」
「最高だな。ところで、俺の頭が痛いんだが」
「知ってる」
シャルは頷いて、銀鼠色の髪が揺れる頭を押さえたアルスは俺とシャルを睨め付けた。
頭が痛くて如何した。素晴らしい未来の可能性に片足を掛けたのだ。
俺の胸中を焦がす焔に焼べられた薪は良く燃える。凡ゆる憂愁を焼き尽くす焔を見せて遣りたいが……。
「とりあえず、帰ろうか」
此処に居ても始まらない。俺は競技場のエントランスを一瞥して、再び大きな一歩を踏み出した。
追従して、二人の足音も後方から聞こえる中、俺は暮れ泥む世界を見据えた。
「模擬戦闘訓練かあ」
憂愁を言の葉に乗せて呟いたアルスは、遠い目で焼けた上天を眺めた。
「人間を相手に、対敵魔法を放つ訳だ」
「いくら魔力障壁が張られるとは言え、妙な気分だよなあ……」
アルスの胸中に蟠る感情は、俺も同様に抱えていた。
寡黙に歩を進めるシャルも然り。
今回の模擬戦闘訓練は、学内の任意の三人がチームを組んで参加する、娯楽的な意義が強い競技大会だ。予め参加を表明しておけば、習得した魔法の程度に拘わらず参加可能で、俺とアルスとシャルの三人は腕試し感覚で出場する予定だった。
だが、此の競技大会が訓練である事に相違は無く、対敵魔法を生身の人間に放つ訳には行かないのは自明だ。
依って本競技大会では、アルカディア公国の外界隔絶を担う魔力障壁を生み出している魔術師六人の協力の下で実施される。魔術師が、魔力障壁を競技大会に参加する各個人に付加し、あらゆる魔力攻撃を吸収させる。怪我自体は防ぐ事が可能だが、衝撃で吹き飛ばされたと判断された場合には、競技から退場となる。
「アルスは良いとして、シャルは大丈夫か?」
「魔力の範囲伝播魔法と簡単な攻撃魔法ならば……」
魔道書を捲って、巻末の頁に記したメモを眺めたシャルは、眉尻を下げた。
「まだ、魔力の体外統率は難しいか」
「ええ。勝手が難しいので……」
魔導書を閉じて、目を伏せるシャルを眺めたアルスは、何故か誇らし気に堂々たる佇まいで腕を組んだ。
俺たち人間が扱う魔法は、魔力を自分自身の意志で自由自在に操る力の事だ。身体に揺蕩う魔力は、保有者の意志に依って汎ゆる物質の代替を果たす。エクセリア魔力学校の座学講習の大半は、魔力の統率方法や物質の代替として変性させる為の概念の学習に充てられる訳だ。
然し、シャルが習得しているヒーリング魔法やアシスト魔法は、自分以外の他者に作用させる必要が在る魔法が殊更に多い。回復魔法も然り。自分自身の体内で魔力を統率する事は比較的に容易いが、体外に於いて魔力を別の物質に変性させる魔法は桁違いに難しい。対象の物質の組成や構造等の幅広い知識が必要になるのだ。
アルスの頭骨にシャルの魔導書が何度も振り下ろされる衝撃音を耳に、俺たち三人は観客席を抜けて、人気の無い階段を並んで歩く。履物が敷物に擦れる音に合わせて、俺たちの声や叫声、打撃音は残響の余韻を残して消えた。
「この大会って、ここに長年いる生徒も参加するんだろ?」
「らしいな」
聞く所に依れば、本競技大会は学年不問の勝ち抜き戦らしい。詰まる話、場合に依っては初戦から強豪チームと戦う羽目になる可能性も在る訳だ。
同時期に入校した生徒の力量は、本日の修了試験で大方は把握したが、他時期の生徒に関しては情報が不足していた。
何方にせよ、負ける気は更々ないが……。
「でも、このチームにはミラが居ますので……」
「そうだが、飽くまでもチーム戦だからな」
俺の隣に並んだシャルの魔女帽を小突いた。
斯くして、エントランスを抜けた此処は競技場の外。視界に飛び込んで来たのは、橙色の世界。俺たちの生きるアルカディア公国の一角を見据える此処は、只管な赤に包まれていた。
然して、振り向いた先に在るエクセリア魔力学校の競技場の外観は、暮れ泥む日の朱に染められていた。
「明日も基本座学か……」
「アルスは座学きらいだよね」
魔導書を胸元に寄せたシャル。朱に染まるアルカディア公国の街を眺めて、先程まで寡黙を貫いていたアルスは頷いた。
「そりゃあな。もっと身体を動かして、魔族を斃す力を養う方が有意義だ」
此処からアルスの顔色は伺えないが、呟く様に吐いたアルスの言葉。俺は背後からアルスを見据えて、隣に並んだシャルはアルスを見上げた。
「座学が大切ってのは分かってるんだがな。性に合わねえ!」
唐突に叫んで武具を振り上げたアルスに、シャルはいつもの一撃を加える。だが、思った以上に軽い一撃だった様に思う。
「アルスは無駄に真面目」
「いいじゃねえか。こいつに負ける訳には行かねえだろ」
然して、アルスは俺を見返した。
「あれを超えなけりゃ、半人前だ」
頭上で武具を振り回して俺に突き付けたアルスは、「いつか追い抜かす」と言ってのけた。
その姿を見据えて、妙な高揚感を覚えた俺は剣戟に手を据えて、口角を吊り上げた儘、アルスを睨め付けた。
「十年分、鍛え直して来い」
「一年ありゃ十分だ」
真白い歯を見せて笑ったアルスは、真摯な視線を俺に呉れた。
良い顔だ。俺は、そう思った。
そうだ。だから、俺はアルスとシャルと共に居るのだ。アルスとシャルだから、此処に共に在るのだ。
斯くして、俺は二人の横に並んで、眼下に広がるアルカディア公国の一角を眺めた。
「まあ、とりあえずは模擬戦闘訓練で勝ち抜かねえとな!」
「そうだね。まずは結果を出さないと……」
威勢の良いアルスと自分自身に言い聞かせる様に呟いたシャルの声音を耳に、「そうだな」と、俺は呟いた。
「少なくとも全勝だ!」
武具を振り翳して、アルスは意気揚々と叫んだ。然して、シャルは茶化す訳も無く、魔導書を胸元に抱えた儘、アルスの様子を眺めていた。
私は、恐らくシャルみたいな子が好きなのでしょう。