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第十三話 -第二戦目-

第二戦目の対戦相手とアリステリアの力量を把握した一向。続きです。

 翳る日の仄かな光で塗り重ねる場内。暖かな茜色に彩られた此処で、いま開戦の狼煙は焼けた上天を貫く。俺は剣戟に手を据えた儘、何時の間にやら聞き慣れた歓声を此の身に浴びた。

 此の際だ。魔族を斬り捨てる為にある剣戟を、同志である人間に差し向ける抵抗感など忘れて仕舞おう。


「シャル。アルス」


 運営本部から視線を逸らさず、俺は此の身の双翼を担う二人の名を呼んだ。


「開戦直後が勝負だ」


 然して、目の端にある影法師は揺れた。

 力強く根を張る若芝を踏み締めて、自陣の三者は所定の位置に散る。剣戟に手を触れた儘、視線は茜色の上天を映した運営本部の硝子窓を捉えた。

 いちど引き抜いた剣戟は、眼前に立ち塞がる壁を切り崩さぬ限り、鞘に収まる事は無い。彼等を討ち斃さぬ限り、自陣の同志に此の手は届かないのだ。

 然らば、斃す。シャルが提唱した妙策で以て、敵方三者を粉微塵に散らす。彼女にしか使えない妙技が実れば、瞬く間に雌雄は決する筈だ。

 だが、其の妙技には限度がある。彼等が同じ戦法を取る保証は無く、彼女の妙技が悪手と化ける可能性は否めない。

 然しだ。存在の有無さえ知らぬ彼等の手の内を眺めた儘、悶々と苦悩を抱えていても仕方が在るまい。

 衆人観衆の喧騒は変わらず、場内に張り詰めた緊張感は高まる。

 いざ、運命の二戦目だ。


『この瞬間を以って、対人戦闘の規制を解除します。任意のタイミングで訓練を開始して下さい』


 開戦を告げた放送を合図に、鞘から引き抜いた剣戟の切っ先は、張り詰めた空気を薙ぐ。其の切っ先は眼前のオーラルを捉えた。


「……」


 土壌を蹴る音は無い。魔法詠唱の旋律も聞こえず、此処は停滞していた。

 案の定、此方の出方を伺った彼等は体勢を下げた儘、悠然と聳える樹木の如く、其の場に深く根を張っていた。

 斯くして、場内に貼り付いた六本の暗影は伸びる。各々の姿勢を固く保った儘、茜色に染まった芝を切り抜く様に伸びる。先刻の有り様を想起させる此処には、各々の思索が交錯していた。

 彼等も相応の策は練って此処に来た筈だ。此方が彼等と同様に意識の範囲外から攻撃して来る事も、当然、視野の内だろう。此方の陣営が先手を打って攻勢を仕掛けて来る事も、想定の範疇だろう。

 だが、其の受身な出方が彼等の命運を刈り取った。


「ッ!」


 仮令、先刻の一戦と異なる策に依る出方だったとしても、もはや遅過ぎた。

 戦ぐ風は凪いだ。だが、若芝は揺れ動く。


「うあッ!」


 事態を把握した彼等が、手前の足元に視線を向けた時を最後に、彼等の雄姿は凄まじい速度で丈を伸ばした無数の緑の奥に消えた。

 突然に訪れた異常に、衆人観衆は響めく。


「ふふ。できた」


 響めき止まぬ場内で、シャルは踊り舞う様に後方に飛び跳ねる。彼女の貴重な嫌らしい微笑を一瞥、俺は此の身を後方に引いた。

 然して、間を空けて俺の右方に並んだ野郎は、「シャル!」と、今回の主役の名を呼んだ。


「やるじゃねえか!」


 アルスと同様の距離を空けて、俺の左方に並んだ彼女は、「うん」と、朗らかな笑顔を振り撒いた儘、小首を傾げた。

 当の少女と、歓喜の表情を浮かべる野郎は、寸刻の逢瀬を経て眼前に向き直る。其の二人に意識を向けて、俺は交互に目を配らせた。

 其の意味を汲み取った頼れる同志二人は、敵方三者の周囲を覆う様に鬱蒼と茂った若芝を見据えて、力強く頷いた。

 其の刹那、間隙を切り裂いた二対の氷塊が、若芝を薙ぐ様に此方へ飛来する。だが、氷塊は此方を捉え切れず、俺たち三人の間を擦り抜けて、後方の壁に弾けて霧散した。


「氷塊しか使えねえのか」


 余裕綽々なアルスの言葉を脳の隅に除けて、俺は意識の統率を図る。下手に隙を与えても此方に得は無い。此れで終いだ。

 意識の令に従って、体細胞から伝播する魔力は剣戟に宿り、燃え盛る業火を纏う真紅の剣と化す。腰を落として、若芝を捻じ切る様に踏み込んだ脚は土壌を抉り抜いた。

 宙を焼き尽くす業火を翳して、いま振り下ろす剣戟が掴み取る未来は……。


「インフレアッ!」

「紫電一閃ッ!」

「レイルフォトンッ!」


 薙いだ剣戟の軌跡に舞う残滓に隠された世界。三者三様の詠唱に追従して、轟音は空間を埋め尽くす。熱波を纏って頬を撫ぜた衝撃は、須臾の間を置いて徐々に凪いだ。


『そこまで!場内の生徒は、その場から動かないで下さい』


 決着は運営本部の放送で以て確定し、炎撃の残滓が遮った場内の有り様は、衆人観衆の歓声で以て語られる。振り切った剣戟から迸る火焔の残滓は、未だ統率を図る意識の残り香だ。


『目視確認結果。アリステリアチームの残存勢力。三人』


 其の残滓は霧散し、衆人観衆が語る勝敗の結果が視界に飛び込んだ。


『ミラチームの勝利』


 いま掴み取った未来は、果てし無い未来に向かって飛躍する大きな勝利だった。

 自陣第二戦の結末に流れる勝利の凱歌は、此方の三者を讃える甘美な音色を奏でる。見渡す四方八方から絶え間なく降り注ぐ歓声を浴びて、俺は口元を綻ばせた。


「呆気ないな」

「終わって仕舞えば、そんなものだ」


 俺の真横に歩み寄った野郎を一瞥、俺は澄んだ視界に点々と横たわる敵方三者を見据える。背丈を越えて生い茂る若芝を刳り貫いた此方三者の詠唱魔法は、確かな技術の証左だった。

 斯くして、俺は手に携えた剣戟を薙ぎ払い、甘美な勝利の味を噛み締めながら、手前の鞘に剣戟を収めた。

 妙策を練らなくとも、此方の三者が備える技量で押し通せたのだろう。個々の技術で、彼等を粉微塵に散らせたのだろう。終わって仕舞えば、斯く思えるのだ。案ずる労力は徒労に終わる場合が大半だと、在りし日の爺さんが言っていたな。


『場内の参加者は、中央に集合して下さい』


 目紛しく変わる観衆の声音に意識を傾けて、俺は同志二人を左右に連れた儘、誘導員の待つ競技場中央に向かって一歩を踏み出す。其の間隙に、「しっかしまあ」と、アルスは呆れた様な口調で言葉を吐き出した。


「ヒーリング魔法の用途は幅広いと聞いてたが……」


 俺たちの眼前で常軌を逸した成長を見せた若芝を眺めて、アルスは感嘆の声を漏らした。


「シャル。どうやったんだ?」


 唐突に投げられた野郎の無理難題に、「うーん」と、シャルは困惑した様に唸った。

 言葉ひとつで端的に説明できる様な能力でも無かろう。手前で獲得した能力だが、言語で解釈せず感覚的に会得した部分も多い筈だ。だが、真面目な彼女は懸命に頭を捻って、徐に口を開いた。


「対象の治癒能力と成長能力を司る細胞を、魔力で構築して……」


 指折り手順を数えて、シャルは殊更に頭を捻る。首を傾げて、また唸る彼女を見た野郎は、「分かった分かった」と、シャルの思考を遮った。


「シャルが凄いってのは分かったぜ」

「まだ全然だよ。失敗することも多いし……」


 然して、シャルは眉尻を下げて笑った。


「ともあれ、良く頑張って呉れたな」


 照れた様に笑う少女を見据えて、アルスと俺は手を叩いた。

 其の賞賛に対して、シャルは身体を縮こめた。

 然して、自陣三者は競技場の自陣側中央を踏む。此の一戦で拳を交えた彼等は、遠方から諦観した様な表情を浮かべた儘、此方に向かって歩を進めていた。

 当の三者の後方では、運営本部の人員が密生した若芝を刈り取り、次戦の開催に備えて準備を進めている。其の合間にも、敵方三者との距離は徐々に縮まり、顔の輪郭さえ鮮明に映す距離を辿って、遂に彼等は俺等の眼前に立った。


「敵わないねえ……」

「相手が悪かったな」


 両腕を広げて首を横に振る代表の男を見据えて、俺は胸中で彼等の健闘を讃えた。


「だが、初手に動かれたら、また話は変わっていた」

「ああ。やっぱりね……」


 大きな溜息を吐いた男は、同様に溜息を吐いた両脇の男二人と視線を交わした。


「付け焼き刃の作戦より良いと思ったんだ……」


 代表の男は、初手の出方を後悔した様に肩を落とした。

 然し、打って変わって笑顔が咲かせた男は、「でも」と、軽快な口調で言葉を紡いだ。


「いろいろ学べて良かったよ」

「此方も、諸々を学ばせて貰った」


 然して、大きく頷いた彼は、両脇の男を従えて其の身を翻した。

 途端に湧き上がった歓声が意識に触れる最中、俺は彼等の憂愁さえ見透かす背を眺めた。


「行くか」

「はい」


 並んで前進する俺たち三人は、揃って身体を反転させて、喝采の渦巻く競技場に背を向ける。魔導書を抱いて、衆人観衆の視線から目を逸らして歩くシャル。武具を挟み込む様に腕を組んで、口を一文字に結んだ儘、歩を進める野郎。


「如何した。アルス」


 何か意識に棘が刺さった様な感覚を覚えた俺は、仏頂面を浮かべている様にも見える野郎に声を掛けた。


「ん?ああ……」


 だが、其の面は即座に崩れる。不意を打たれた様に目を見開いた野郎は、直様に思索に耽る様に観衆席を見詰めた。


「やっぱりさ。ミラなのかって思っただけさ」

「ふうん?」


 暈す様な曖昧な言い回しが気になるが、真意は何と無く察した。


「別に、ミラが羨ましいと思ってる訳じゃねえぞ」


 手前の曖昧な文言を踏まえて、自ら釘を刺す野郎は地に視線を落として、「だが」と、寂寥感の漂う表情を浮かべた。


「超える壁は高いなってな」


 然して、自陣三者は運営本部側の出入り口を潜る。其処には次戦の参加者三人と、運営本部の誘導員が満面の笑顔を咲かせた儘、俺等の到着を待っていた。

 此方に手を振った儘、聳える壁を突き破った俺たち三人を労って呉れる。


「ミラ。お疲れさん」

「三人とも。おめでとう」


 彼等の横を擦り抜ける度に投げ掛けられる健闘を讃える言葉に、俺は相応の言葉で以て返した。

 斯くして、俺たち三人は待機場を抜けて、数十段を数える幅広な階段の手前に差し掛かった。

 観客席に続く此の階段に、空蝉の影は無い。皆々、直に始まる次戦を待ち侘びて、観客席で待機しているのだろう。

 茜に染まる叢雲を見上げる採光用の全面硝子から差し込んだ夕陽に、俺は目を細めた。


「さっきの連中を見れば、分かるだろ?」


 俺の真横を歩く野郎は、武具を地に突き突き、憂愁を感情の前面に押し出して語り始める。


「ミラか。ミラのチーム全体に向けられた言葉だった」


 寡黙なシャルと相対する野郎は、諦観した様な顔で自分の掌に視線を落とした。


「俺とシャルに向かって語り掛けられた言葉じゃあない」


 其の言葉を最後に、アルスは口を噤んだ。入れ替わる様に、遠く霞んだ彩り豊かな声音が意識に割り込む。騒々しい彼等の元に続く、長い長い階段を打ち鳴らす靴の音が余韻を残す此処で、三者は各々の感情に浸った儘、歩幅を合わせた。

 斯くして、真正面の全面硝子から学校の全貌に視線を這わせて、俺は階段を折り返した。

 客観的な視点か。当の野郎しか見ていない観客も居たのだが、彼が憂愁に沈む理由は其処では無いのだろう。根幹に潜む本質的な部分だ。

 一般大衆の客観的な判断が有意な判断基準である事は、アルスも確実に理解している。客観的な判断に依り代を求めるのでは無く、自分自身を冷静に判断する為に、客観的な意見を取り入れる事は大切だ。

 だが、客観的な視点に囚われて、自分自身が抱える信条を見失って仕舞えば、如何だ。達成すべき目的を見失っているのにも関わらず、手段に尽力する意味が、果たして在るのか。何の為に、アルスは自分自身を鍛えるのか。俺を超えたい理由は、いったい何処に在るのか。

 靴の音が奏でる単調な旋律が響き渡る此処に、俺は呼吸にも似た溜息を織り交ぜた。


「お前は、俺を超えたい理由が在るのだろう?」


 紡いだ俺の言葉は、此処に流れる旋律の奏者を減らした。


「俺を超える事で、其の目的を達成できる証明が欲しいのだろう?」


 然して、旋律の奏者は消える。シャルと同調して背後を振り返れば、夕陽を背に此方を見上げる野郎の阿呆面が在った。


「ヘンな顔してる」


 温かい橙色の陽光に揺蕩うシャルの優しい微笑を一瞥、俺は口角を上げて、野郎の暗く沈んだ双眸を見据えた。


「然らば、目的を見失うな。目的を達成する為の手段、努力すべき箇所を見誤るな」


 目的を見失わず、目的を達成する為に手段を行使する。己の限界まで目的の為に奮闘する。たったの二つが守れたのならば、いつか摑み取れる未来は明るい筈だ。

 暫くの間、呆けた野郎と視線を交わした俺は、彼の言葉を待たず、身体を翻した。

 此の背にシャルが追従して、二人は歩を進める。再び奏でられる旋律に踊る二筋の影は、蒼穹を切り取って映す観客席への出入り口を目指した。

 其の瞬間、唐突に強く踏み鳴らされた靴の音が、俺の鼓膜を叩いた。


「おっと……」


 俺を追い抜いた其の背を視線で追いながら、俺は無意識に脚を止める。此の身を映した影さえ追い抜いた野郎は、「ミラ」と一言、肩口から垂れる装飾布を勢い良く翻らせて、此方に振り向いた。


「ありがとう」


 然して、彼は直様に其の身を反転させて、軽快な靴の音を奏でた儘、切り抜かれた蒼穹の奥へ消えた。

 消えた背を見透かす蒼穹を眺めた儘、俺は止めていた脚を前に投げた。


「奴らしくも無いが……」

「アルスらしいと言えば、アルスらしいですね」


 斯くして、暖かな陽光に包まれた此処に、大と小の笑い声が木霊した。

暖かい日と寒い日の差が激しい季節です。今週には、近場の桜を楽しめたら良いのですが、まだ厳しいかも知れません。

美しくも儚い桜の絨毯を踏み締める日を待ち侘びながら、自宅の庭でサツマイモを焼いて待っています。


第二戦目は華麗な勝利で飾りました。

強いですね。果たして、彼等の勢いを削ぐ強者は現れるのでしょうか。

次回は四月上旬の更新予定です。暫くお待ち下さい。

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